エルフ的な料理教室(1) 【11/12】(エンド視点)
これは、学生編アンケートご協力ありがとうございました小説です。今回は2位だった、アスタの同僚のエルフさん事、エンド魔術師視点の話で、全3話を予定しております。
この話は以前拍手御礼で書いた、『傍迷惑な忘れ物』の後日談的話となりますので、よろしくお願いします。
ちゅーどんっ!
もくもくと煙を上げる鍋を見て、私はひっそりとため息をついた。
「何がいけないんだ」
「たぶん全てがいけないんだと思いますよ」
調理場に立って、穴のあいた鍋を手に取りしげしげと眺めていると、リストが呆れたように声をかけてきた。
「というか、材料が勿体ないです。止めて下さい」
「何をいう。失敗は成功の母。いつか、この手であの幻の菓子を作れるはずなんだ」
私は鍋を置くと、自分の手の平に目線を落とした。そしてアスタの娘から貰った、幻の菓子を思い出す。現代には存在しない、不思議な食感のお菓子達。あれはきっと、滅びた古代文明で作られていたものに違いない。
エルフ族に伝わる秘伝の書にも、アレと似たような菓子が記されているのを読んだ事がある。呼んだ当初は、作り方までは明記されていなかった事もあって、空想の話かと思っていた。しかしふわふわなあの食感やとろけるような口触りの菓子は、確かにこの世に実在したのだ。きっと何か特殊な魔法技術を使って作っているに違いない。
特にアスタの娘は賢者と聞く。エルフ族の血も混じっているので、もしかしたら何処かでその秘伝の書を読んで再現したのではないだろうか。
「……失礼を承知していいます。お菓子づくり舐めるなっ!」
突然リストが私を怒鳴りつけた。温厚というか、腰が低いリストにしてはめずらしい。
「いいですか。お菓子は、微妙な配分で構成された材料と、職人の技でできているです。あれは長年細々と伝えられてきた門外不出の知識の結晶です。それを独学で作りだそうなんて、無茶もいいところなんですよ。お菓子には、書物では伝えきれない技が詰まっているんです」
「しかし、アスタの娘はできたようだが?」
「あの子は特別です。きっと、お菓子の神に愛された、お菓子の賢者様なんです!鍋を虹色に光らせるような貴方と比べるなんて失礼極まりない!というか、どうしたらそんな怪奇現象が起こるんですか?!」
どうしてと言われても。
私は普通に料理をしているつもりだ。
「まあ今回は失敗したが、鍋は光るものだろう?」
「光りません。……というか、いつも光っているんですか?」
「私の一族は、光らせるモノが多いな」
色は虹色とは限らないが、発光するのは普通だ。私の親もそうやって食事を作っていた。光る原因は、たぶん魔法反応の関係だとは思う。ただどうにも王都で売られる鍋は、エルフ族が使うものに比べて弱いので、私が料理をすると、すぐに穴が開いてしまうので困る。
「エルフ族って……。というか、虹色に光らせて作った料理って美味しいんですか?」
「おいしい日もあればそうでない日もあるのが普通だろ。まあ、食べれなくはない」
料理は運も大切だ。
「……分かりました。こうなったらお菓子の賢者様に会いましょう。これ以上食材が犠牲になるのは、お百姓さんに申し訳ないですから」
リストは深くため息をつくと、突然そんな事を言った。一瞬何を言っているのか理解できなかったが、理解した瞬間体が震えた。
「ま、まさか、オクトに会いに行くというのか?!」
「ああ。オクトちゃんって言うんでしたっけ。というか、彼女の作るお菓子を作りたいなら、聞くのが一番だと思います。幸い住んでいる場所も知っているわけですし」
あっさりと、とんでもない事を言いだした同僚に、私は動揺を隠せないでいた。
まだ一度しか会っていない娘の家を訪ねるなんて?!どんな暴挙だ。
「お、オクトは迷惑じゃないだろうか?」
「さあ、どうでしょう。僕は会った事ありませんし。どんな子か分かりませんが、でもここにお菓子を届けてくれるぐらいですから、優しい子なんじゃないですか?迷惑そうだったら、止めればいいんですし」
何という行動力。
私は手紙を送るのだけでも精一杯だというのに。いつもはかなり腰の低いリストだが、この時ばかりは、とても頼もしく見えた。
「ただアスタリスク魔術師がいない時間帯を狙わないといけませんね。あのヒト、絶対会わせてくれなさそうですし。となると狙い目は、アスタリスク魔術師が仕事の日でかつ学校が休みの日になりますね」
「な、何をプレゼントしたらいいんだ?!」
こういう時はどうするべきだ?
女子の家を訪ねるなんて、村に居た時以来だ。どうしよう。何をしたら喜んでもらえるのだろう。
「まあ、女の子ですし、無難に花とかでどうです?」
「以前花を送った時は、あまり喜ばれなかったんだが」
「そうなんですか。好きじゃない花だったんですかね?何を送られたんです?」
「何というわけではないが、あの時は玄関を花の絨毯で敷き詰めてみたな」
昔ケーキを貰った御礼に玄関を花で飾ってみた。翌日アスタから止めろと言われて喧嘩になったので、よく覚えている。
「……分かりました。プレゼントは僕の方で用意しますから、エンド魔術師は何もしないで下さい」
「いや。リストだけに任せるのは――」
「いいえ。女の子の事は、僕の方が熟知していますから。いいですね。何もしないで下さい」
いつになく強気でリストに押し切られ、私はコクリと頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇
さてプレゼントはリストが用意する事に決まったが、やはりお菓子を教わりに行くなら、材料ぐらいは買っておいたた方がいいだろう。
そう思い町へやってきたが、はて、あの幻のケーキは何でできているのか。
とりあえずどんな焼き菓子でも小麦は使っているので、小麦は買っていくべきだろうと思い、王室御用達店で10kgばかり注文した。
後は菓子は甘い味がするで、何か甘味料的なものが入っているはずだと思い調味料などを取り扱っている店へ来た。しかしどれがいいのか悩む。
「砂糖といっても、これほど種類があったのか」
目の粗いものから、細かいもの。色々混ざっているものや、ドロリと液状になっているモノまでかなりの種類があって目映りする。
一番高級なものを買っておけば間違いはないだろうと思ったが、粉状のものと液状のものでは使用の仕方も違いそうだ。
「……分からん」
角砂糖はお茶用だという事ぐらいは分かるが、残りは未知の領域だ。今までは、スパイス入りの砂糖を使っていたが、成功しない所を見ると、間違っている可能性もある。
考えた末、近くに居た店員を呼びとめた。
「すまない」
「は……いっ?!」
「焼き菓子を作ろうと思うのだが、どれが一番良いのだろう」
店員ならば何かしら商品について知識があるだろうと思い声をかけたのだが、どうにも挙動不審だ。もしかしたら、新人を呼びとめてしまったのかもしれない。
「あ、あああああのっ!や、焼き菓子は、どのようなっ?!」
「口の中でとろけるのではないかと思うぐらい、ふわりとして、それでもしっとりしており、しつこくない甘みがする、まさに天上のような菓子だ」
思い出すだけで、幸せな気分になる。
一体あの少女は、どうやってあれを作りだしているのか。毎日のようにあの少女の手料理を、アスタがありがたみも分からず食べていると思うと、殺意が沸きそうだ。
「もしくは、とろりと口の中でとろける、レアチーズケーキという白いケーキでもいい。チーズの風味を損ねず、しかし今までのチーズケーキとは明らかに違う軟かな食感だった。甘みはそれほど強くなかったように思う」
「え、えっと。あのっ。えっと、ちょっとお待ち下さい。店長呼んできて、順番に砂糖のご説明しますっ!」
そう言って、少女は店長の名前を叫びながら店の奥へ行ってしまった。
順番に砂糖を説明するとは……、かなり丁寧でかつ暇な店なのだろうか?一応ここも王宮御用達店だと聞いていたが。だからこそ、この対応なのか?
ジャムと思わしき瓶を手にとって眺めながら、とりあえず店主を待っていると、今度はぞろぞろと店員をひきつれてやってきた。
……やっぱり暇なのだろうか。
しかし店主の後ろからやってきた少女たちは、途中で止まるとほうとため息をつきながらこちらを見ている。一体彼女たちは何をしにやってきたのか……。
はっ。そうか。もしかしたらコレは職員研修の一環なのかもしれない。
丁寧に一から教えてもらうのではなく、職人のように、店主が砂糖について説明するのを見て覚えるのがこの店のやり方なのだろう。流石は王宮御用達店。普通とは違う。
「お待たせしました。砂糖について知りたいと聞いたのですが?」
「ああ。頼む。焼き菓子を作ろうと思ってやってきたのだが、何がいいのか分からなくてな」
「では、こちらの席へどうぞ。少しお時間がかかるので、外が見えた方が気分も良いかと思いますので」
砂糖一つでそんなに時間がかかるものなのか。
しかし、完璧な菓子を作ろうと思うならば、そうなるのも仕方がないのかもしれない。
案内された席まで行くと、今度は紅茶を出された。まさに至れり尽くせりである。
「さあ、貴方達、きびきび働きなさいっ!では、お客様順番にご説明しますね。こちらのお砂糖は――」
店主が説明を初めて終わるまでに、じっくり2時間ぐらいはかかったように思う。
ただ砂糖の種類については分かったが、聞いているとどれも良いような気がしてしまい、結局よく焼き菓子で使われていると言われた砂糖を3種類買った。
菓子作りとは奥深いものだ。
「ん?これほど客がいたのか」
気が付けば、周りの客が最初に店に入った時の2倍、いや3倍ぐらいに増えていた。どうやら、私は偶然にも店が空いていた良いタイミングで中に入れたようだ。
「ありがとうございました」
店主に和やかに笑顔で見送りされながら私は外へ出る。やはり丁寧な対応が、客を呼ぶのだろう。
何事も効率だけではないのだなと感心するが、店の外にも客が溜まっているので、もう少し改善が必要なようにも思う。
まあでも、それは私が気にする事ではないだろう。
さてと。後は何が必要だろうか――。
「あっ」
客をかき分けるように道を進んでいき、人ごみからようやく出られた所で、私はバチリと青い瞳と目があった。
その好き通るような青い瞳を見た瞬間、全ての時間が止まり、雷に打たれたような衝撃に襲われる。ど、ど、どうしてここに?!
「あー……えっと、こんにちは。お久しぶりです」
私が驚きの所為で固まっていると、混ぜモノの少女、オクトはふわりと微笑んだ。そして静かに頭を下げる。その瞬間さらりと黄金色の髪が揺れ、ドキリとする。前に見た時よりも、さらに美しくなった気がするのは気のせいだろうか。
それにしても、良かった。1度しか顔を合わせた事はなかったから、覚えていなかったらどうしようかと思った。
「……久しぶりだな」
話たい事はいっぱいある。
しかし予想外の事態だった為に、私はそれを言うだけで、かなりの勇気を有する事となった。