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大忙しなお祭り騒ぎ(4) 【10/11】(主人公オクト視点)

 私はチマチマとお茶を飲みながらチラリと隣で一緒にお茶を飲むヘキサ兄を見た。

 良く考えればヘキサ兄はお貴族様だ。普通に考えて旅芸人の娘から渡された飲み物など飲んでいいような立場ではない。それなのに、一緒にお茶をすすってくれるのは、私とフウリが幼い姿をしているから同情してくれたのか。

 そう考えると、見た目はクールだし、無表情で怖いが、結構いい人なのかもしれない。


「私の分まで悪いな」

 何を話していいのか分からず無言で一緒に飲んでいると、ヘキサ兄がポツリとそうつぶやいた。

「いえ。こちらこそすみません」

「何故謝るんだ?」

 至極不思議そうに言い返されても、上手く表現できず、私は首を傾げた。貴族の方に気を使ってもらったのだから謝ったのだが、お茶を入れたのは、私が気を使ったという事になるのだろうか。

 

「もしも私が誰かを知っていての謝罪ならば必要はない。今日はそういう日だ」

「はあ……そうなんですか?」

「なんの為の仮面だと思っている。身分も何もなく、この祭りの時だけでもすべてを平等とする為だ。所詮仮初だと分かっていても、皆そうしている」

 ……ヘキサ兄、私達の事を何歳だと思っているんだろう。

 私は何とか理解できるが、フウリの頭にはてなマークがいくつも浮かんでいそうだ。仮初の平等とか、ヘキサ兄、凄く話題が硬いです。

 どう答えるべきか分からず、私は曖昧に頷いた。


「そういうお祭りなんですね」

「ああ」

 そして再び沈黙が落ちる。

 周りが賑やかなので、静まり返っているとも違うが、どうにも上手く会話が弾まない。ヘキサ兄って、そう言えば学校でも無口な方だったよなと思い返す。授業の内容は話すがそれだけだ。……もしかして、口下手?

 いや、私もヒトの事は言えないのだけれど。ただ思い返してみると、ヘキサ兄は私に対してだけではなく、誰に対してもあまり話したりしない。


「あの……今日は1人なのですか?」

 私はふとアスタはどうしたのか気になり話を振ってみる事にした。本当ならば、アスタとヘキサ兄は家族水入らずで祭りを楽しんでいるはずだ。なのにここにいるのはヘキサ兄1人。

 もしもはぐれてしまったのならば、こんな所でお茶を飲んでいる場合じゃなく、もっとしっかり探すはずだ。そうでないとすれば、わざと別行動をとっているということなのだろうけど……何故?


「すまないが、君ぐらいの子は何が欲しいのだろう?」

「へ?」

 質問に、全然別の質問で返された私は首を傾げた。

 何が欲しいと言われてもなぁ。……今なら団員を元気にできる特効薬と言うところだろうか。でもたぶんそれは質問の意図とまったく違う答えな気がする。

「実は、私には年の離れた、丁度君ぐらいの妹がいる」

 ……私ですね。

 アスタの子供はヘキサだけだと聞いているので、隠し子がいない限り、ヘキサの妹は私だけだ。顔を隠しているとはいえ、まったく気がつかないという状況ではあるが、書類上は間違いない。


「今日は義父とその妹へのプレゼントを買いに来たのだが……私はどうにもこういう事には疎くてな。一緒に来た義父はお互い土産を買ってまた後で落ちあおうと言い、何処かに買いに行かれてしまった所だ」

 アスタァァァァ!!

 全然駄目じゃないか。それ、まったく親子水入らずじゃないし。しかも祭りを楽しみに来たのではなく、プレゼントを買いにって……これでは意味がない。

 私はこめかみ手を置いた。頭が痛い。


「だからもし良ければ教えてくれないだろうか?」

 ヘキサ兄の顔は真剣だ。まるで主君に任務を与えられた御侍のような目をしている。私は若干引きつった顔でヘキサを見返した。

 ……きっとちゃんとしたものを買えとアスタに言われたんだろうなぁ。アスタにお土産買ってきてなんて言ってごめんなさい。

「……妹さんはどのような方なのですか?」

 まさか本人ですなんで今更言えずに、取りあえずヘキサの中の私の像を聞く事にした。流石に何も聞かずに、私の好きなものを伝えるのも変な話だ。

 

「妹と会ったのはほんの1年前なんだが、とても聡明で、頑張り屋な子だ」

 へ?……うわぁぁぁっ!!

 恥ずかしい、恥ずかしいですって!!

 まさかそういう事を言われるとは思っていなかったせいで、カッと顔が熱くなる。ヘキサの返答で期待していたのは、年齢とか、混ぜモノであるとか、魔法学校に通っているとか、そういう情報だ。まさかこんな風に褒めてもらえるとは思わず、のたうちまわりたい気分になる。

 でもそんな事しては、バレてしまうので、私は必死にこの羞恥プレイに耐えた。


「今はたった9歳なのに、魔法学校に通っている。私の教え子でもあるんだが、覚えが早い。それから、もう少し子供らしくてもいいと思うのだが、君のようにしっかりしている。今まで苦労したのだろうな。造作は可愛らしい方だと思う――どうかしたのか?」

「……いえ」

 このままでは恥ずかしくて死んでしまいますなんて言えず、私は曖昧に頷いた。


「そうか。体調が悪いなら早めに言いなさい。それから、妹はとても優しくてな――」

「あ、あの!妹さんはどのようなものが好きなんですか?」

 話が一度途切れたにも関わらず、再び私への賛美を続けて話そうとするので、私は決死の思いで別の質問をぶつけた。このままでは一体どんな美化された私が出てくるのか分かったものではない。私では、もうこれ以上は耐えられそうもなかった。

 それにしてもまさか、ヘキサがこんな風に思ってくれているなんて……。むしろ突然現れた可愛げのかけらもない妹の事など、疎ましいぐらい思っても仕方がないと思っていたのに。


「それが、まだ妹と上手く話せていなくてな」

「はあ」

「数学が得意なのは分かる。運動は苦手だろうな。ただ何が好きかと聞かれると分からない」

「そうなんですか」

「住んでいる場所が違うし、何を話していいのか分からなくてな」

 ……あー。そうですね。

 それはヘキサ兄だけでなく、私にも当てはまる。いざヘキサ兄と話そうと思うと、授業の内容以外何を話していいのか分からなくなるのだ。


「良ければ一緒に店を回ってもらえないだろうか?」

「あー……でもまだ……」

 何だか可哀そうなので一緒に回りたいのは回りたい。でもなぁ……。

 私はちらりとまだ手元に残っているビラに視線を落とす。舞台の設営は役に立たないから急いでテントに戻る必要はないが、流石にビラは配りきらなければいけないだろう。

 するとヘキサ兄はすっとビラを手に取った。

「これは後で私が責任もって配っておこう。今日は知り合いの貴族も多く来ているはずだからな。彼らにも舞台を見に行ってもらおう」

「えっ、あ。ありがとうございます」

「ます」

 私が御礼を言ったのに続いてフウリもぺこりと頭を下げた。


「なら、案内を頼む」






◆◇◆◇◆◇






「妹の趣味は……すまない。それも分からない」

「それなら食べ物などどうでしょう?」

 私は店を回りながらヘキサ兄から私の情報を聞き出すが、これがさっぱりだった。どうやら折り紙ができるなどは伯爵家で聞いて知っていたようだが、ほとんど私の情報をヘキサ兄は持っていない。

 でも良く考えれば、ヘキサ兄の好きなものを私もまったく知らないのでお互い様である。


「食べ物?」

「はい。この土地の名物やお菓子ならば子供は喜ぶと思います」

 とりあえず、私は好き嫌いがないし、食べモノ関係ならば何を持ってこられても大丈夫だ。

「そうか、ならば全ての屋台から――」

「い、いえ。あの、お兄さんが食べてみておいしかった物などどうでしょう」

「私がおいしかったものか?」

「はい。全てを持ってこられてもきっと食べきれませんし、困られるかと」

 というか、困ります。例え子爵邸の皆と一緒に食べたとしても全ては食べきれない気がする。


「それでいいのだろうか」

「いいと思います。何事も適度が一番です」

 ……一緒に店を回り始めて気がついたが、ヘキサ兄は何処か金銭感覚がおかしい。値切らず物を買うのはまあいいとしても、可愛いなとつい言葉に出した物を片っ端から買おうとするのだ。

 流石アスタの息子だ。アスタよりは常識があったとしても、やはり何処かずれている。もしかしたら貴族だからかもしれないが、正直平民出身としては色々困惑するしかない。


「フウリが飴をなめているだけで満足しているのと同じです。ようは気持ちが大切だと思います」

 先ほどじーっとお店の前でフウリが飴細工を見ていたら、ヘキサ兄がさっと買い与えたのだ。フウリはよほど嬉しかったのか、それを貰ってから、ヘキサを怖がらなくなった。

 ただし、ここでもし10本買ってもらっていたら、フウリは困惑しただけだろう。

「そうか。ならば、一緒に食べてみてくれないか?」

 ヘキサ兄の申し出に頷いて、私はフウリとヘキサ兄と手を繋いで歩く。

 顔を隠している時の方が兄妹っぽくなっているのは何だか不思議だ。


 ヘキサ兄が混ぜモノだから私を差別しているわけではないというのは、先ほどの賛美で良く分かったので、たぶん会話の量の違いの所為だろう。ヘキサ兄の質問に私が答える。又はその反対で私が質問する。ただそれだけの会話なのに、出会ってから1年間の会話数より多くなっている気がした。

 ……流石に今後はもう少し会話する努力した方がいいかもしれない。


 結局最終的に、妹さんがお菓子作りが好きという情報から蜂蜜と、珍しいという事で異国のお菓子であるチョコレート菓子らしきものを買う事になった。

 屋台は結構楽しく、色々見た事のない食べ物もいっぱいあった。伯爵家や子爵邸でふるまわれた事がないので、たぶんこの地域の一般市民が食べるような料理なのだろう。何かのお肉を塩焼きしただけのモノとか少し硬かったが、作りたてだからか凄く美味しく感じた。


「こんなに食べさせてもらってすみません」

「いや、私も助かった」

 一通り見てまわり、最終的にテントまで送ってもらって、私はヘキサ兄に頭を下げた。

 助かったと御礼を言われると、何だか騙しているようで少し心苦しくなる。しかし今更それは私へのお土産ですなんて言えないのでへらりと笑っておく。

 

 それに一緒に買い物をした事で、ヘキサ兄の事が少し分かった気がする。今日の事がなければ、私はこれから先もヘキサ兄に疎まれないようにとびくびくしながら接していたはずだ。

「……いっちゃうの?」

 フウリがヘキサ兄が立ち去ろうとするのを見て、目を潤ませる。ヘキサ兄は見た目こそ怖いものの、ずっとフウリの足並みに合わせて歩いてくれていたし、終始気を使ってくれていた。最初はお菓子で釣られたフウリだが、優しいヘキサをとても気に入ったのだろう。


 ヘキサ兄はすっとしゃがむとフウリと目線を合わせた。

「また舞台を見に来る。素晴らしい技を楽しみにしている」

 そう言ってよしよしとフウリの頭を撫ぜた。頭を撫ぜる癖はまるでアスタのようで、似ていないけれどやっぱり親子なんだなと思う。

「そうだ。名前を教えてくれないか?」

「フウリ!」

「そうか。君は?」

 ヘキサ兄に見上げられ、私はドキッとする。いくらなんでも本名を名乗ったらバレるだろう。えーっと……。


「ノ……ノエルです」

「聖なる夜か……。いい名前だ。じゃあ、フウリもノエルも頑張りなさい」

 そう言って、ヘキサ兄は再度フウリと私の頭を撫ぜると、ふっと笑った。


 ……お兄様、その笑顔は反則です。

 私とフウリはもしかしたら、ヘキサ兄のファンになってしまったかもしれないと思いながら、彼の背中が見えなくなるまでぼんやりと見送った。

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