大忙しなお祭り騒ぎ(3) 【9/29】(主人公オクト視点)
久々に入ったテントの中は、うめき声で溢れていた。まるでホラーというか、まんまホラーな状態に、体がこわばる。一体、何が起こっているというのか。
「団長、ただいま!いい助っ人捕まえてきたよ!」
助っ人?!誰が?
突然のアイリスの無茶ぶりに私はぎょっとした。私はまだ何も答えていない。
「助っ人だ?」
アイリスの声に反応して、のっそりとベッドから巨体が起きあがる。
「ん?んん?もしかして、オクトか?」
久々に見た団長は、少しやつれたように見えた。げっそり肉がなくなったというわけではないが、少し頬がこけている。
とりあえず私は団長の言葉にコクリと頷いた。
「そうか、オクトか。大きく……いや、変わってないな」
あえて言い直さなくてもいいのに。少しは身長だって伸びているんだし。まあそんな馬鹿正直なところは団長らしい。
「久しぶり。少しやつれた?」
「そうなんだよ。実はね、今日出演するはずだったメンバー全員、食べモノにあたったみたいなのよ!」
団長に聞いたはずなのに、何故か隣でアイリスがぺらぺらとしゃべり始めた。
えっ、というか、食べモノにあたったって、食中毒ということ?!出演するメンバー全員で食中毒って、不味くない?もしかして団長も、それの所為でやつれてるのだろうか。
あまりの事態にぎょっとする。
「医者呼んだけど、これが本当にヤブでね。薬が全く効かないんだよ。おかげで皆この通り寝込んでるわけ。だからさ、昔のよしみで手伝いなさいよね!」
「ちょっと、貴方ね!さっきからお嬢様に、何勝手な事いっているの?!」
「アンタには関係ないでしょ?!」
「いいえ。私はお嬢様をお守りするのが仕事です!関係大ありです!!」
茫然としていると、ペルーラがアイリスの言葉に噛みついた。
でもまあ、一応伯爵家の孫娘という立場を考えると、あまり表立って旅芸人の手伝いをするのはマズイかもしれない。今回の場合、仮面で顔を隠す事は可能だけど……、どうしたものか。
「貴方達。喧嘩なら、外でやりなさい!そこなら取っ組み合いでもなんでもしていいから」
「へ?」
止めるのではなく、外でやれとは何とも大雑把なヒトだ。
子供の手を引いてテントに入ってきた女のヒトは、泰然とした様子でアイリスを見た後、私を見下ろした。
「あら。もしかしてオクトじゃない?」
私の前まで来ると女性は目線を合わせる為に屈んだ。薄茶色の瞳とぶつかるが、見た事があるような、ないような感じである。……えっと、誰だっけ?
「ああ、流石に私の事は覚えてないか。まだオクト、小さかったもんね。私は貴方のお母さんの友達だったフウカよ」
「フウカさん?」
うーん?やはり、記憶にあるような、ないような感じだ。私の記憶がはっきりしているのは5歳の時からで、その前となると、かなりあやしい。そんな名前のヒト、いた気もするが……うーん。
「そう。今は一応、団長の嫁という立場よ。そしてこの子は、私の息子のフウリよ」
「一応ってなんだ」
「ほら、フウリ。オクトお姉ちゃんにあいさつしなさい」
フウカは団長のツッコミを無視すると、フウリを前にやった。
しかしラメの入ったチャイナ服っぽい衣装を着た金髪の男の子は、フウカの手を放すとさっとその後ろに隠れる。そして少しだけ顔をのぞかせた。
「……こんにちは」
「こんにちは」
「ごめんね。今人見知りが酷くて」
「いえ」
そうか、人見知りだからか。後ろに隠れたのは、自分が混ぜモノだからかなと思った私は、少し被害妄想が過ぎるかもしれない。ただこんな対応は慣れているので、別に謝ってもらう必要はない。
「そうそう。アイリス、オクトにまた無茶を言ってないでしょうね?」
「またって何?私は何も言ってないわよ」
「貴方がオクトにナイフの手入れをさせていたのはちゃんと聞いているのよ」
ああ。そんな事もあったっけ。
私はそれぐらいにしか思わなかったが、急にアイリスは表情をこわばらせた。
「だって、あの時はオクトが何でもやるって……」
「何でもやるじゃないの。5歳の子にそんな事させるなんて。オクトが器用だったから良かったものの」
確かに私や、かなり器用なクロだったから大丈夫だったが、今考えると結構危ない事だったんだろうなぁと思う。すぱっと手を切って指をなくしている可能性だってあった。
「あの」
「何かしら?」
とはいえ、あの時仕事を強請ったのは自分だ。私はどうしてもここに置いてもらうしかなかったし、その為には何とか自分が使える事をアピールする必要があった。だから一方的にアイリスが怒られるのはフェアではない。
かといって私も怒られるのは勘弁なので、話題をそらす事にした。
「寝込んでいる団員の方は大丈夫ですか?」
「あんまり良くはないわね。薬もそれほど効いていないみたいで、今もトイレの奪い合いよ。団長は丈夫だからまだいいんだけどね。ところでアイリス、伯爵様に薬のお願いはできたの?」
「あっ。ごめん、まだだわ!行ってくる!!」
どうやら私とぶつかった時は、丁度伯爵家に向かっている最中だったようだ。
アイリスはこれ幸いとばかりに、脱兎のごとくテントから出ていった。
「まったく。早くレギュラーになってもらわなきゃ困るのにすぐに周りが見えなくなるから困ったものね。きっとオクトもアイリスに無理やり連れて来られたんでしょ?でもたぶん悪気はないと思うから許してやってくれないかしら?」
別に私もアイリスに悪気があるとは全然思えないので、コクリと頷いた。
「それより、皆はちゃんと飲み物飲んでる?」
「まさか。皆これ以上トイレに行きたくないし、できるだけ飲まないようにしているわよ。まあ、どうしても喉が渇くから少しは水をのんでるけどね」
うわぁ……。思いっきり脱水の危機じゃないですか。
この様子だと、食器の煮沸消毒もしくは次亜塩素酸ナトリウムでの消毒とかなんて、絶対されていない気がする。流石に生水は飲んでいないだろうけれど、このままでは二次感染のリスクも高い。
どうしたものか。
ただ私がいきなり、そんなやり方だと危険ですよと言っても、聞いて貰えないだろう。特にここは、実際にママを知っている人ばかりなので、ママに聞きましたネタも使えない。
「お嬢様は何かいい方法を知らないのですか?」
「えっ?」
どうしようとおろおろ考えていると、ペルーラからそう言われた。
「ん?いい方法って何だ?」
「お嬢様は、私の病気も治して下さった、賢者――」
「あ、あの!!実は今、病気について勉強していて!!」
賢者とか無理。説明できないから。
私は慌ててペルーラの言葉を遮るように伝えた。実際薬師になる為に、魔法学校に入学したのだ。嘘は伝えてない。
「えっと、まず、水を飲まないのは良くない……と聞いた。体の中の水分が足りなくなると、脱水を起こして死んでしまうから……らしい」
でもすでに脱水を起こしているのではないだろうか。
出ていく量よりも、体の中に入る量の方が圧倒的に少なそうだ。
「へぇ。なら水を飲んだ方がいいんだね」
「えっと、水を飲むのもいいけど……ナトリウム、えっと、塩も取った方がいい。後、病気の時はエネルギー……体力を使うから、砂糖を入れて免疫を高める為にビタミンCも加えるといい……らしい」
そしてそれを満たすのが、経口補水液。簡単に言えば、スポーツ飲料だ。塩と砂糖の割合は分かるかなと脳内を検索したら、一応作り方のレシピは入っていた。そこでふと、先ほど老婆に貰った塩を思い出す。
まるでこれを予言したような……いや……まさかね。
「えっと、実際に作ってみる。だから厨房を借りてもいい?」
私はとりあえず、不思議に思った事を頭の片隅にやって、そう申し出た。
◆◇◆◇◆◇
「グリム一座、本日開演です」
「です」
「皆さん見に来て下さい」
「さい」
とりあえず、スポーツ飲料を作って、食器類を煮沸消毒してきた私は、フウリと一緒にビラくばりをしに外へ出た。
ペルーラは難色を示したが、これも何かの縁だ。仮面で顔を隠しているし、たぶん大丈夫だろう。ペルーラには、舞台設置のお手伝いをお願いしてきた。力のない私や小さなフウリでは、設置の手伝いをすると余計に邪魔になってしまうので、客寄せの方に回っている。
最初はとても警戒していたフウリだが、私とさほど年が変わらないと思ったのか、気がつくと怯えた様子はなくなった。
「まあ以前に比べたら上出来か」
凄くいっぱいビラがなくなるという事はないが、以前のようにまったく貰ってもらえないという事もない。どうやら幼い兄弟だと思われているらしく、親切な大人が、知り合いに配ると言って何枚か貰っていってくれたりもした。
うーん。子供ってこう考えるとお得だ。そして混ぜモノって、本当に嫌われているんだなと実感する。いや、だからどうって事はないし、変えられない事なので仕方がない。
それよりも、もっと特技を活かすべきだろう。
折角精霊の血が混ざっているのだ。久々に歌を歌うのもいいかもしれない。それに多少魔法も覚えたし、少し披露しても喜んでもらえそうだ。
特に子供が可愛らしく魔法を使えば、皆関心を持ってくれるのではないだろうか。その魔法がお粗末でも子供というだけで許される。……やっぱり子供ってお得だ。
とりあえず、まずは歌からだ。流石に異世界の歌を歌うと噂になり、アスタが来るかもしれない。その為、歌詞はなしのアカペラだ。それでも精霊の血筋のおかげで音を外す事はない。
「ラッラララ、ラッラララ、ラァラァー」
ついでに踊りもつけたいところだが、獣人としての運動神経は何処かに落としてきてしまったようなので、諦めるしかない。
私が歌い始めると、その横でフウリが手拍子を打った。
ナイス、フウリ。ちゃんと空気が読める子だ。
私が歌い終わった時には、周りを大人たちがぐるりと囲んでいた。私は慌てて下に置いたビラを拾い直すと、大人達に配っていく。
「グリム一座、本日公演です」
「おねがいします」
人だかりがなくなる前にと、慌ててフウリと一緒に配り、あらかた配り終わったころには、丁度人だかりもなくなっていた。
ふう。いい仕事した。
「ちょっと休憩しようか」
「しようか」
私は四次元になっている鞄の中からポットを取り出すと、一緒に持ってきたコップにお茶を注ぐ。そして端によって、地面に座った。
「はい。熱いから気をつけて」
「ありがとー」
フウリはコップを受け取ると、ごくごくとおいしそうに飲んだ。私もそれを見てから自分用にコップにお茶を注ぐ。
「それは、もらえるのか?」
「へ?」
お茶を?
売りモノじゃないんだけどなぁと思いつつ、顔をあげた所で、私はぎょっとした。お茶を飲んでいる途中じゃなくて良かった。もしそうでなければ、目の前の方に力いっぱい吹きかけていたはずだ。
「その紙だ」
「あ、はい。どうぞ」
私は慌てて、ビラを銀髪碧眼の青年……ヘキサ兄に手渡した。
どうしてここに?いや、アスタと一緒に来ているはずだから、いてもおかしくないんだけど。はっ?!だとしたら、アスタもこの近くに?!
ダラダラと冷や汗を流しながら、こっそりと周りをうかがう。
一応……近くにはいなさそうだ。でも油断できない。アスタは転移魔法が得意なのだ。いきなり何処からともなく現れたって、おかしくない。
「こんなに小さい子も働かせるのか」
ヘキサ兄はクールビューティーなので、見下ろされると3割増しで迫力が上がってしまう。しかもそのセリフ、お役所の監査みたいで怖いです。
ピリッとした空気に私は少し泣きたい気分になった。いや、別にヘキサ兄が私達に怒っているのではない事は分かっている。でも分かっていても怖いものは怖いのだ。
フウリも怖がって、今は私の後ろに隠れている。どうしたものか。
「えっと……お、お茶でも如何ですか?」
私は沈黙とこの空気にどうしても耐えられず、気がつけば自分用に入れたお茶をヘキサ兄に差し出していた。