大忙しなお祭り騒ぎ(2) 【9/16】(主人公オクト視点)
「今年も凄いにぎわいですね!」
ペルーラの言葉に私は頷いた。
露店が並び、仮面を被ったヒトや馬が行きかう。言葉も、龍玉語やアールベロ国語だけではなさそうなものも聞こえてくるので、旅行者などもいそうだ。
ある場所では、音楽がかきならされ、その音楽に合わせてヒトが踊り、またある場所では、魔法使いと思わしきヒトが、炎を操るという派手な演出をしていた。毎年思うが、地方のお祭りにしてはかなりにぎわっている気がする。
まあ祭りなんて、日頃のうっぷんを晴らす場所なのだし、にぎわっているというのはいい事だろう。伯爵領の娯楽といえば、酒場ぐらいのものでほとんどない。王都に出れば、劇場などもあるが、普通のヒトはなかなか行く事もできなかった。
もちろんこの世界にもチェスっぽいボードゲームやトランプっぽいものは存在しているので、まったく遊びがゼロというわけではない。ただテレビもラジオもゲーム機もパソコンもなく、娯楽雑誌も皆無に近いので、前世に比べると明らかに少なかった。
「お嬢ちゃん達、祝福させてくれないかい?」
ペルーラと一緒にグリム一座の舞台がある場所へ向かっていると、まさに魔女といわんばかりの恰好をした女性に呼び止められた。仮面で顔が見えないので、年齢は分からないが、たぶん声を聞く限り若くはないように思う。
どうしようかと私はペルーラを見上げた。
祭りの時に祝福するヒトの事を『祝い婆』と呼び、占いをした上で今年1年の厄を祓ってくれる。実際に魔力や魔素を使って何かやるわけではないので、気分的な物だと私は思っている。魔法なんてファンタジーな物が発展した世界なのだが、占いなどは相変わらずこの世界でも不思議なものに位置づけられていた。
「まだ時間もありますし、私はどちらでも」
「なら……」
王都には普段から祝い婆がいる。しかし混ぜモノである私は占ってもらう事が難しかった。顔を隠す、こういう時ぐらいしか中々できる体験でもない。折角だと思い、私は祝い婆に近づいた。
「こりゃ可愛いお嬢ちゃんだね。手を出してごらん」
言われるままに手を出すと、祝い婆は少ししわしわとした手で掴み覗き込んだ。
「おやおや。失せ物の相が出ているね。それに病魔の相も。……お嬢ちゃん、アンタ運が悪いだろ。家族運が希薄だし天涯孤独の暗示があるね。恋愛運も多難だねぇ。アンタ悪い男に引っかかるよ」
「はあ」
……最初から、飛ばしてくれる祝い婆だ。せめて占いなら、もう少し良い部分とか、こういう性格じゃないかとか当たり障りのない所を話してもいいのに。これでは占われているのか、呪われているのか分からない。
とりあえず運が悪いのと、天涯孤独はあっているが、9歳児に悪い男に引っかかるとか止めて欲しい。恋愛とかありえないとか分かっていても、将来が不安になるじゃないか。
「ちょっと、オクトお嬢様になんて事を言うんですか!失礼すぎます!!行きましょう、お嬢様。祝い婆なら、ここ以外にもいるんですから」
「失礼も何も、私は見たままを言っているだけだよ。他の所に行くのはかまわんが、それでは運命は変わらんよ」
……やっぱり呪っているだろ。
まあ、占いなんて当たるも八卦外れるも八卦というぐらいだ。話半分ぐらいの聞き方で丁度いいのだろう。たまたまこの祝い婆が、毒舌的な占い師だっただけだ。前世でも、そう言った占い師がもてはやされたりしている事もあったのだし、いい事ばかり言う占い師は信用できないと思うヒトもいるだろう。
「それで、厄は祓ってもらえるの?」
「お嬢様?!」
「全てを祓うのは無理だね。でも緩和はしてやれる。腕を出しなさい」
何でという顔をするペルーラに苦笑いを返す。
占いをあまり信じる方ではないし、今回は興味本位で占ってもらっただけだ。何が何でも知りたい未来があるわけでもない。ならばわざわざ次の祝い婆を探すより、ここで祝福を受けてしまった方が楽だ。
私が腕を出すと、祝い婆は私の手首に紅い絵の具で花の模様を描き始めた。さらに緑の絵の具で蔦を書き手首をぐるりと一周させる。
「紅い花は愛を表す。一周した蔦は縁を表す。これで少しはマシになるはずだよ」
ん?縁と愛という事は、家族運や恋愛運の部分だろうか。だとしたら、失せ物や病魔の相はどうなったんだ?
どちらかと言えば、使いそうもない恋愛運よりも、病魔を退治して欲しい。私は混ぜモノである為、薬の処方が難しいらしく、一度風邪を引くと中々治らないのだ。
「えっと……病魔は?」
「そっちは祝福だけじゃ難しいね。ちょっと待ってな」
そう言って祝い婆は後ろにある荷物をごそごそさせ始めた。もしかして壺とか売りつけてくるつもりだろうか。
いくらなんでも無意味な重い壺を持ち歩いてグリム一座の公演を見る気はない。別に信じているわけではないし、この祝福分だけお金を払って立ち去るべきか。
「あの――」
「あった、あった。これを持って行きなさい」
机の上に小さな袋がおかれた。
「……何、これ」
袋の中を見ると白い粉のようなものが入っていた。……まさか、麻薬とか、そういう危ないモノじゃないよねぇと匂いを嗅いでみるが、よく分からない。
「塩じゃないですか?」
「えっ?塩?」
同じように袋に顔を寄せたペルーラが匂いを嗅いだ。塩なら魔よけっぽいし、塩水でうがいをすると風邪にいいって聞くし、確かにおかしくはない。おかしくはないか……。
「その娘が言う様に、ただの塩じゃ。お金は祝福代だけでいいから、持って行きなさい」
「はあ……」
本当に塩なのか。
しかも霊験あらたかという感じではなく、今日の晩御飯に使う的な感じに見えるのは気のせいだろうか。……まあ、いいか。貰って困るものではないし。
私はお金を払い、礼を言うと席を立った。
◆◇◆◇◆◇
ドンッ。
「ぎゃっ」
「きゃあっ」
フラフラとわき見をグリム一座の公演場所へ向かって歩いていると、今度はヒトとぶつかってしまった。向こうは走っていたらしく、体格も負けた所為で、私は派手に転んだ。
「オクトお嬢様っ!!大丈夫ですか?!」
「……なんとか」
慌ててペルーラに起こされながら、ゴチンと打ち付けた額を触る。
「あれ?仮面?」
どうやらさっきまでつけていた仮面が、ぶつかった衝撃で何処かに飛んで行ってしまったらしい。ヤバい。騒ぎになるとアスタに見つかる。
私は咄嗟に顔を伏せ、地面を見渡した。一体どこに行ってしまったのだろう。
「ちょっと、アンタ。何処見て歩いているの?!」
「それは、こちらのセリフよっ!あなたこそ、うちのお嬢様になんて事してくれるの?!」
顔を隠しながら探していると、ぶつかった相手に怒鳴られた。しまった。仮面に気を取られて、まだ謝っていなかった。
しかし私が謝るより先にペルーラの方が、目の前の少女に噛みついた。待て待て。喧嘩はマズい。私は慌ててペルーラのスカートを掴んだ。
「ペルーラ、止めて」
「……分かりました」
止めるとしょぼんとペルーラの耳としっぽが垂れてしまった。私の為に怒っていたのを考えると、何だか申し訳ない気分になる。
でも今日は目立つわけにいかないのだ。
「周りに気を取られて前を向いていなかった。ごめんなさい」
私は目の前の少女に頭を下げた。どうかこれで穏便に済ませてくれないだろうか。駄目な場合はお金で解決だが……今日は自分のお小遣いしか持ってきていないので、大した金額はない。グリム一座の公演を見る事を考えるとあまり無駄遣いはしたくないのだけど……。
「えっ?ちょっと、アンタっ!!」
突然グイッと顔を上げさせられ、少女がつけた仮面越しに、灰色の瞳と目が合う。
パチパチっと瞬きをしたところで、自分が仮面をつけていない事を思い出した。しまった。混ぜモノだとバレた。
「あ、あの……」
私は無害ですよ。そう言ってしまえれば楽なのだが、今まで私の言葉を信じたヒトに出会った事はなかった。
できたら叫ぶのだけは止めて欲しい。
ああ、私の計画が無に帰る。そう思ったのだが、何故か少女はサワサワと私顔を触りはじめた。
「貴方、一体何なんなの?!うちのお嬢様が大人しいからって、無礼にも――」
「アンタ、もしかしてオクトかい?!」
「……へ?」
「私だよ、私」
そう言って、灰色の目をした少女は仮面を外した。その下から、綺麗に白粉を塗った顔が出てくる。若干記憶よりは年を取っているが、その顔には見覚えがあった。
「……アイリスさん?」
アイリスというのは旅芸人一座のメンバーの1人だ。久々なので、合っているか分からないが、少女はにこりと可愛らしい笑みを見せた。
「マジでオクトなんだね?!団長から魔術師に引き取られたって聞いたけど、この町だったのかい。丁度いいわ」
「はい?」
丁度いい?
何が?と聞く前に私はアイリスに腕を掴まれた。
「これも何かの縁って事で、ちょっと来てよ!」
「へ?」
突然アイリスが私の腕を捕まえたまま走りはじめた。
私の力では抵抗する事も出来ず、結局転ばぬように必死に足を動かす事になった。
「ちょ、ちょっと」
「お嬢様?!」
私やペルーラの声など聞こえない様子で走るアイリスを、私は必死に追いかける。
しばらくすると、当初行く予定だった、グリム一座のテントスペースにたどり着いた。しかしグリム一座の看板に懐かしさを覚えるよりも先に、あまりの息切れに倒れてしまいそうになる。
9歳にして、動悸、息切れ……。これは結構マズいかもしれない。
「アンタ、以前よりも体力なくなってないかい?」
ほっとけ。
引きこもりのような生活を続けていた身としては、ここまで走ってこれた事を褒めて欲しいくらいだ。しかし息も絶え絶え状態では、答える事ができない。
「お嬢様、大丈夫ですか?!水です。飲めますか?」
ペルーラがとりだした水筒から水を受け取ると、私はグイッと飲み干した。
「……ありがと」
コップをペルーラに返してからも私は痛む横腹を押さえて、肩で息をする。このままでは酸欠で死んでしまいそうだ。
「どれだけ体力ないのよ」
「お嬢様は、貴方と違って繊細なの!」
いや、繊細ではなく、これはただの運動不足だから。
「繊細?」
やはりというか、アイリスが胡乱な目で私を見てきた。……うん。分かっているから、あまりそういう目で見ないで欲しい。
「まあ、いいや。昔のよしみって事でちょっと助けて欲しいのよ。ほら、入って、入ってっ!」
アイリスに強引に押されながら、私は従業員用と思われるテントの中に入った。