大忙しなお祭り騒ぎ(1) 【9/5】(主人公オクト視点)
オクトが9歳ぐらいの時の伯爵領でのお祭りの話です。視点は主人公であるオクト視点で、今回は祭りに行く前話です。この話は数話続きます。
「お祭り?」
「はい、そうです!もうすぐ、伯爵領での収穫祭が始まるんです。今年はどうなされます?」
ああ。もうそんな時期か。
伯爵領で行われる収穫祭はアスタの実家という事もあって、私が参加してもパニックが起こる事はない。とくにそのお祭りでは、ベネチアンマスクのような仮面を皆がかぶる為、混ぜモノだと気づかれにくかった。その為私は、毎年アスタに連れられて参加している。しかし去年は学校の入学準備と重なって、中止していた。
「よければ、今年はヘキサグラム様もお誘いしてはいかがですか?」
「ヘキサ兄も?」
「はい。アスタリスク様もこの間お祭りの話をされて、楽しみにされていましたよ。家族水入らずでお祭りを回るのはとても素敵だと思います!」
いや、家族水入らずなら、私はまずいんじゃないのか?
良く考えると、毎年、毎年、アスタは私と一緒にお祭りを回ってくれた。という事は、ヘキサ兄とは全然行っていないという事になる。
ヤバい。このままだと、ヘキサ兄の私に対する好感度がますます下がってしまう。
1年前に、ようやく会う事ができた義兄は、クールビューティーだった。とにかくクールで、学校では勉強の話以外した事がない。まあ学校だし、先生と生徒だし、おかしくはないのだけど、家族だと考えるとやっぱりおかしいような。
……あれ?もしかして嫌われている?というか、今までの行動と振り返ると、私が好かれる要素が見当たらない。そもそも私はあまり学校の先生と話したりしないので、同じく先生であるヘキサ兄とはあまり話さない。……何だこの、赤の他人以下の関係。
「今年はアスタとヘキサ兄が水入らずの方が……」
考えれば、考えるほど、残念な関係に涙が出そうだ。いや、うん。いきなりひょっこり現れた妹、しかも可愛くないでは、ヘキサ兄の心にブリザードが吹きあれててもおかしくはない。可愛い妹なんて2次元だけというのが相場だが、それにしたって、残念すぎる妹だろう。
しかも少し話してみた限りでは、たぶんヘキサ兄は、少々ファザコンっぽかった。だとしたら、2人を水入らずで楽しませてあげるのが、義妹の役目ではないだろうか。
「そうなんですか?オクトお嬢様は忙しいですものね。でも今年はグリム一座がお祭りで公演するそうですよ。珍しいものが見れますし、その時だけでも息抜きがてら参加されてはいかがです?」
「えっ?グリム一座?!」
「はい。そう聞いていますけど。グリム一座を知っていらっしゃるのですか?」
ペルーラの言葉に私はコクリと頷いた。
知っているもなにも、グリム一座って、あのグリム一座だよね?
この世界にどれぐらい旅芸人がいるか分からないけれど、同名の一座は中々ない気がする。だとすれば、グリム一座は、きっと私が小さい時にお世話になっていた旅芸人に違いない。
そっか。あれから数年経っているのだから、またこの国で公演したっておかしくはない。
グリム一座が来るとなればやっぱり私も祭りに行きたい。でもヘキサ兄とアスタの親子水入らずの邪魔もしたくないし、どうしたものか。
「……公演は見たい」
「旦那様にお願いをしてみてはいかがですか?オクトお嬢様が頼めば連れて行って下さると思いますよ」
「うーん」
見たい。見たいけれど、2人の邪魔もしたくない。
「よろしければ、私と一緒に公演だけ見に行きますか?そうすれば、ヘキサグラム様に気を使われる事もありませんし」
「……いいの?ペルーラこそ、用事はない?」
他の家は分からないが、祭りの時は、いつも子爵邸の皆に休んでもらうのが通例だ。どうせ、客が来るわけでもないし、一日ぐらい掃除などをサボっても問題ない。それに私とアスタは、元々宿舎で2人暮らしをしていたぐらいなので、誰もいなかったとしてもなんとでもなる。
「むしろ、お嬢様と一緒にお祭りを回れるなんて夢のようです!」
ペルーラは、犬耳をピコピコと動かした。ペルーラは嬉しい時に、無意識に耳を動かす癖があるので、本当に喜んでくれているらしい。
折角の休みなのに、私の面倒を見るという仕事が嬉しいなんてモノ好きだ。それでも、一緒に回るのを嫌がられない事が嬉しくて、私は小さく笑った。
「ありがとう」
◆◇◆◇◆◇
「ええっ。オクト今年も行かないのか?」
今年も祭りに参加しない事を伝えると、アスタがとてつもなく残念な顔をした。もしもアスタが獣人だったら、耳がへにょんと垂れていそうだ。
「勉強が忙しくて……」
これほどまで落ち込まれると、少々心が痛い。実際は、一部とはいえ、お祭りには参加するのだ。
でもこれは、円滑な家族関係を築くためには大切な事。妹が親を独り占めすると、兄が拗ねるとというのは、いつの時代だって変わらない。新参者の妹ならば、なおの事気を使うべきだ。
「だから今年は、ヘキサ兄と祭りを見に行ってくれると――」
「何言っているんだい?娘の勉強を、親が見なくてどうするんだ。ちゃんと付き合うさ。なんの宿題が出されているんだ?」
「いや、1人で大丈夫だから」
いつからそんな、育児熱心なイクメンになったんだ。いや、前から勉強は見てくれていたか。でも今回の場合はありがた迷惑だ。
「分からない事があったら、俺に聞いた方がはかどるだろ。それで、早く終わったら遊びに行こうな?」
「いや、自分で調べながらやった方が身につくし……」
何ですと?
アスタが想定外に食いついてきて、内心焦る。このままでは、私の計画は大失敗だ。私の勉強を見てもらった上に、一緒に祭りを回る……。ヘキサ兄がハンカチを噛んでキイィィッとなってもおかしくはないレベルだ。まあ、実際はそんな事しないだろうけど。
こうなったら、最後の手段だと、私はアスタを上目づかいで見つめた。
……いや、別にだから何だって感じだろうけどね。私の上目づかいに特殊能力は備わっていない。
もっと可愛い幼子なら萌えとかあるのだろうけれど、私の性格ではひたすら残念な感じである。ただペルーラがこれで大丈夫だと一押しするので、やるだけやってみたが……どうなのか。これで駄目なら、残る手段は女の涙だけだが、混ぜモノではその技は成立しない気がする。
「あのね。今年はいけないから、ヘキサ兄とお土産買ってきて欲しいな……なんて」
駄目かな?
そう言おうとしたところで、アスタの目がきらきらと輝いているのが分かった。そして不穏な空気に私が気がついた時には、すでにぎゅぅぅっと内臓が出て来そうな勢いで抱きしめられていた。
「あ、アスタ?」
「任せておけ。食べ物でも、洋服でも、魔法具でも、土地でも地位でも、何だって買ってきてやるからな」
「……いや、後半、すでにお土産じゃないから」
止めて。土地とか、地位とか、買ってこないで。
想像以上のセリフに、私は凍りつく。
「分かってるさ。ああ。久々の、オクトのお願いかぁ」
妙に浮かれたアスタの様子に、若干不安になる。土地や地位は買ってこなくても、何か金銭感覚がぶっ飛んだお土産を買ってきそうな勢いだ。
「あの、アスタ。お土産なんだけど……」
「オクトが喜びそうなモノを色々買ってくるからな」
なんて、いい笑顔。
いっそすがすがしいぐらいの様子に、私はアスタに常識を求めるのを諦めた。そもそも私に甘過ぎるお父さんなのだ。そんなお父さんにお願いごとなどした日にはどうなるかなんて目に見えている。
うん。無理だ。
ヘキサ兄。後、よろしくお願いします。
私は今頃学校で仕事をしているヘキサ兄がくしゃみをしているんじゃないかなと思いながら、全てを丸投げする事にした。