腹黒な副船長 【8/10】(ロキ視点)
ものぐさな賢者で、幼少編でオクトが海賊に攫われた時の小話です。視点は海賊のNO.2であるロキ視点で、本編よりも、『ものぐさな賢者 拍手御礼リサイクル』に掲載している、『嘘つきな海賊少年』の話とリンクしています。
何で、拾ってきちゃったすかねぇ。
女性たちにまぎれこんでいた幼い子供を見て、俺は内心ため息をついた。ただの子供だったら、その辺に捨てておけばいいだけの話だが、その幼子の顔には痣がある。右目の下にある不思議な模様をした痣は、殴られてできる様なものではない。
俺自身初めて見るが、この子供はたぶん混ぜモノというレアな存在だろう。
普段は忌み嫌われていて奴隷商も買うのを嫌がる部類の人種だが、売る場所を考えれば、その価値は計り知れない。ただしハイリターンがあるという事は、ハイリスクでもあるという事だ。
混ぜモノが忌み嫌われる理由は【暴走】するから。何がどう暴走するかは知らないが、下手すれば国が一つ滅ぶと言われている。こんな小さな生き物が?とも思うが、歴史は確かにそう語っている。
「どうするっすかねぇ」
とりあえず、気を失っている子供をどう扱うか。
何処かの国に売れば、その見返りは半端ないだろう。しかし混ぜモノに恨まれてまでやるべき事かと聞かれると困る。そこまでのハイリスクを抱え込んで売らなければいけないほど、この船は困窮していない。
一番いいのは、ちゃんと親元に帰してあげる事だ。
そうすれば、混ぜモノに恨まれる事はない。また上手い事話を作れば、今後も縁だけはできる。それは何かの時に役立つ可能性があった。
「ちょっと失礼するっすよ」
何か混ぜモノの身元が分かるものはないかと、俺は混ぜモノが持っていた荷物を漁った。とりあえず、買い物袋の方は何もなさそうだ。野菜などが入っているだけである。
「こんなに小さいのに、頑張ってるんすね」
子供の体格はどう見ても幼児としかいえないものだ。その子供が買い物をするというのは、とても大変な作業だろう。船を磨くだけでぶーぶー言っている船員に爪の垢を飲ませてやりたい。
あいつ等には我慢というものが足りない。
「身なりはいいんっすけどねぇ。もしかしたら、どこかの貴族の所で働いているんっすかね」
普通は奉公するのは10歳からとされている。というのもそれぐらい育っていなければ、ほぼ使い物にならないからだ。
ただし世の中それが常識というだけで、抜け道などいくらでもある。10歳からしか働けないとするならば、10歳以下で親を亡くした子供はどうするのかという話だ。
親類や保護施設に引き取られるのは、とても運がいい。何処の国だって、そこから漏れた子供は山ほどいる。
「もしも劣悪な環境下だとしたらどうするべきっすかねぇ」
戻しました、暴走しましたは困る。
自分たちと関わりない所ならばいいのだが、この辺りの商店街を歩いていたというのだから、住んでいるのはこの近くだろう。暴走されると、自分たちへの被害も考えられる。
とにかくまずは、子供が何処に住んでいるのかだ。
鞄の中には、あまりたいしたものは入っていなかった。まあ子供の鞄だしなぁと遠い目をする。せめて住所を書いた名札が入っていればいいのだが、この国の一般人の大半が文字を読めないと考えると、入れた所で意味がない。
鞄の底の方に入っている、なにやらキラキラした四角いものを取り出して、俺は首を傾げた。一体何だろう。置物的な装飾品かとも思うが、鞄に入れて持ち歩く意味がわからない。この子供の宝ものか何かだろうか。
他に何かないかと漁っていると、紙が一枚出てきた。もしかしたらそこに何か手掛かりがあるかもしれない。しかしそこに書いてあったのは住所ではなかった。
「クロード……」
龍玉語とホンニ国語で書かれたそれは、住所ではなく名前のようだ。
本来なら意味のない、ただの落書きである。しかしわざわざホンニ帝国という、遠い国の言葉で書かれたそれに、俺はドキリとする。
まさかこの子供が?
いや。多分違うはずだ。あの一族は黒髪ばかりだし、血筋を考えれば、混ぜモノであるはずがない。しかし俺の中にはある仮説が立つ。
もしかしたらこの子供は、この名前の持ち主の関係者かもしれないと。
「荷物は預かっておくっすね」
もしもこの子供と一緒に鞄を置いておくと、手癖の悪い誰かが漁る可能性があった。だとしたら誰かに取られるという恐れが低い場所に移動してやる方が親切だ。
吉と出るか凶と出るかは分からないが、しばらくの間ここで子供を観察してみようと、俺は決めた。
◆◇◆◇◆◇
とりあえず、新人のライ君に子供の世話をおしつけて2日目。
どうやら子供は船長のお目にかなったらしい。そして何故か料理担当となり、厨房に放り込まれていると聞いた。……可哀そうに。
あの体格では、何をやるのも一苦労だろう。何がどうしてそうなったと聞きたいが、あの船長が一度言った事をそう簡単に覆すとも思えないので、しばらく料理担当から外れる事はないはずだ。運が悪いというか、要領の悪い子供だなと思う。
しばらくしたら牢屋からは出してやろうと思っていたのになぁと思うが、そんな事伝えていないので、子供が勝手に動くのも仕方ない。
それにうきうきしている船長を見たのは久しぶりだ。きっと子供は、相当虐めがいのある、面白い言動をとったのだろう。だとしたら、きっと牢屋から出してやった所で、早々に目を付けられて遊ばれていた可能性が高い。となれば、これは必然だ。
「ちーっす。人手が足りないって聞いてきたっすけど、何かやる事あるっすか?」
俺は何食わぬ顔で厨房に足を踏み入れた。
厨房は年中人手不足なのだから、手伝いに来たと言えば、追い返される事はまずない。ヒョイっと中に入れば、例の子供が泣きそうな顔をして寸胴鍋を見ていた。
誰かが手を貸してやる様子はないし、子供もどうしていいのか分からないという心細げな顔をしている。幼児が調理長に料理を教えるという、あべこべな上に、プライドをずたずたに引き裂くような事になっているとは聞いていたので、この状態も仕方がないといえば仕方がない。
唯一の救いは、相手が幼児な為、流石に誰も殴るや蹴るなどの嫌がらせはしない事ぐらいか。いくらなんでも幼児に手を上げて勝ったなんて言ったら、この船で一生馬鹿にされる。やってはいけないというルールはないが、ここに居る限り、誰からも馬鹿にされ続けるのは堪えられないだろう。
まあ最低限、船長も混ぜモノの子供を殺すなと伝達したみたいなので、そこは心配していなかったけど。
「鍋を見てどうしたっすか?」
俺はにっこりと笑ってしゃがむと、子供に話しかけた。子供はいきなり話しかけられておろおろと目をさまよわせる。話すのは苦手なのだろうか。
しかし船長に話したというのだから、喋れないわけではないだろう。
「できた……けど。どうしたらいいか分からない」
少し根気強く同じ姿勢で待ってみると、子供はぽつりと喋った。どうやら鍋の中身は完成したらしい。しかし、それをどうしたらいいのかが分からないようだ。
食べる所に運ぶため、台車にのせれば良い話だが、確かに子供の体格でそれをするのは無理だろう。
俺はタオルで取っ手を持つと、台車の上に鍋を運んだ。
「できたらここに乗せればいいっすよ。持てないようならば、誰でもいいから頼めばいいっす。皆、力だけはあるっすから」
振り返ると、子供は大きな目をさらにまんまるにしていた。
もしかしたら、こんな重い鍋を運べて凄いとか思っているのだろうか。まあ、結構な重量があるが、男なら持てない重さではない。
「あ……ありがとう」
子供はそういうと、ぺこりと頭を下げた。ちゃんとお礼が言えるだけの教育はされているようだ。
「どういたしましてっす」
すると、子供はもじもじとした。何故か凄く照れている。
「どうしたっすか?」
「手伝ってくれるヒト……初めてだから」
どうやら嬉しかったらしい。
手伝ってくれるヒト初めてって……子供虐めてどうする気だよと調理長を睨んでみる。すると料理長は困ったような顔をした。あー……虐めていたというより、どう対処していいか分からないわけね。
ここには子供なんてか弱い生物はいない。ましてや幼児で混ぜモノで、女の子だと聞く。彼らにとって、未知の生物過ぎたのだろう。
「ここに居るヒトは怖い顔かもしれないっすが、根はいい奴っす。お願いすれば、皆、手伝ってくれると思うっすよ」
その言葉に子供は何か言いたそうな顔をしたが、最終的にはコクリと頷いた。
怖い顔だから頼めなかったのだろうかと思うが、船長曰く、結構肝が据わっているらしい。だとしたら、混ぜモノだし、元々居た場所ではあまり我儘を言える相手もいなかったのかもしれないなと思う。誰かにお願いをするとか、慣れていないのだろう。
……それって、子供にとっていい環境なのか?オレが口出すような事ではないかもしれないけど。
「……あの」
「なんっすか?」
おずおずといった様子で子供が話しかけてきた。
「その……手伝って欲しい」
「いいっすよ」
いっぱいいっぱいな顔をして何を言うかと思えば、どうやら俺に助けを求めてきたようだ。そんな力まなくてもいいのに。
「えっと……何の御礼もできないけど……」
「御礼っすか?」
その言葉に子供はコクリと頷く。
もしかして手伝って貰ったら、何か見返りを渡さなければいけないとでも思っているのだろうか。……どんな環境下に居たんだ、この子。
まあ何をやるにもチップが必要な場所もあるわけで、おかしな発想ではない。しかし子供はどう見ても幼児だ。そんな子供に見返りを求めるような馬鹿がいるって……。
このまま、元々住んでいた場所に帰すのがいいのかどうか分からなくなってきた。
「じゃあ、今日の夕食、大盛りにして欲しいっす」
「えっ?」
「手伝ってもらって気が引けるようなら、そうやって言うといいっすよ。大盛りってだけで喜ぶヒトがここには多いっすから」
心底驚いたような顔をしたが、子供はコクリと頷いた。酷い環境下に居そうなのに、かなり素直だ。子供というのは面倒な生き物だと思っていたけれど、これだけ大人しければ結構可愛いかもしれない。
「分かった」
「俺はロキっていうっす。よろしくっす」
俺は今後どうなるか分からないしと考え、とりあえず懐かせておこうと子供に自己紹介をした。
以上、海賊のロキが何を思って、オクトに近づいたのかの話でした。ライは不思議に思っていましたが、ロキにはロキの考えがあってオクトに近づいております。
お腹が真っ黒な優しいだけのヒトではありませんが、常識はそれなりに持ち合わせているので、子供って可愛いなぁと彼なりに思いながらオクトに接していたようです。