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加害者

1-9


「アースカ! おはよ!」

 翌日。

 昇降口にある下駄箱から自分の上履きを取り出そうとしていた飛鳥川琉奈に、松下綾が猪突猛進という言葉を体現したかのような勢いで突進し、抱きついた。

「お、おはよう、綾。朝からテンションMAXだね……」

 綾の元気っぷりに気圧されつつ、琉奈が言う。

「ふっふっふ。昨日の夜、誠一先輩と電話でいっぱい喋っちゃった!」

「ホント!? っていうか、いつの間に電話番号を……」

「昨日先輩の家にお邪魔した時にね。アスカがトイレ行って話が中断してた合間に。ついでに久留井くんの番号もゲット!」

 綾は歯を見せてにんまりと笑い、更にブイサインまで作る。

「ついでにって……。この前まで久留井くんにもキャーキャー言ってたのに」

「今はもう誠一先輩一筋なの」

 組んだ両手を右頬に寄せながらはしゃぐ綾。周囲にはハートマークが飛んでいる。

 綾が恋をする度に見るお決まりの光景に、琉奈は肩を竦めて苦笑した。


「ア、アスカ……おはよう……」

 教室に入るなり、琉奈にそう声をかけるクラスメイト。秋川浩太だ。

 浩太の顔を目にした途端、昨日言い放たれた言葉が琉奈の頭にこだまする。

「あの……昨日は急にキレたりしてごめん……」

「ううん、大丈夫」

「もうあんなふうにキレたりしないから。できれば忘れて欲しいんだけど」

「……うん、分かった」

「え? 何? 何の話?」

 琉奈と浩太の間に何があったのか知らない綾が二人の間に割り込んで探りを入れるが、二人は何も答えず、琉奈はさっさと自分の席へと去ってしまった。

 やれやれ、と言わんばかりにため息をついて椅子に座った琉奈は、自分の机に違和感を覚えた。

 琉奈は恐る恐る、机の中に入れっぱなしにしていた教科書を取り出す。

「!?」

「琉奈、それ……」

 遅れて自分の席――琉奈の前の席だ――についた綾が、琉奈の教科書を見て顔を顰めた。

 琉奈の数学の教科書はズタズタに裂かれていた。

 とてもではないが、もう教科書としての機能を話しそうにない紙の束を見つめ、茫然とする琉奈と綾。

 刹那。琉奈は全身を射抜かれたような感覚に陥る。

 明確な殺意を持った矢の放たれた方へと視線を向けると、そこには今にも取って喰わんばかりの鋭い眼光で琉奈を睨む江田留菜がいた。




 穏やかな蒼穹には、ふんわりとした小さな雲があちこちに浮かび、太陽からは暖かな陽光が降り注いでいる。

「江田さんの仕業だね、多分」

「多分っていうか。確実にそうだね。アスカに嫉妬してるんだよ、久留井くんのことで」

 いつものように昼食を屋上のベンチでとる二人。

 どちらもその表情にいつもの明るさはなく、深い苦悩の色に塗れている。

「あの人は敵に回すと厄介だよ。部活でもたまにあの人の黒い噂聞くし」

「だよね……。まいったな、久留井くんとは何もないのに」

 琉奈は箸を咥えたまま、海よりも深いため息をついた。

「江田さんはきっと久留井くんを独占してるつもりでいるんだよ。で、自分の許可なく久留井くんと親しげにしてるアスカがムカつく、とか」

「何その思考回路……意味分かんない」

「……正直あたしは分からなくもないんだけど。でも自分の彼氏でもないのに。極端だよ、あの人。どうにかならないかなぁ?」

「何が?」

「「!?」」

 突然、背後から会話に割り込んできた第三の声――しかも男の声――に驚き、思わず飛び上がる琉奈と綾。

 そんな二人を見て、「ビックリし過ぎだって」と笑っている声の主は、久留井誠一だった。

「誠一先輩!」

「脅かさないでくださいよ! すっごくびっくりしたんですから!」

「ごめんごめん、まさかそんなにビックリするとは思わなくて」

 誠一は顔の前で両手を合わせ、小さく舌を出す。

 他の男子――例えば秋川浩太あたりに同じことをやられたら余計に腹立たしくなりそうだが、誠一の場合は素直に許してしまいたくなる。

 イケメンは得だなぁ、と琉奈は内心呟いた。

「ところで、二人は何の話してたの? 俺が二人のベンチの後ろに回り込んでの気付かないくらい真剣だったけど」

 誠一の質問に、琉奈と綾は顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。

 今回の、江田留菜によるいじめの一件には、確実に久留井祥吾が絡んでいる。

 そのことを祥吾の兄である誠一に素直に話していいものか逡巡したのだ。

 二人の様子から、おいそれと話せない事情があると悟ったのか、誠一は優しげに微笑み、

「まぁ、話したくなった時に話してよ。オレで良ければいくらでも聞くからね」

 と語りかけた。

「じゃ、オレは食堂に行くから」

「ま、また久留井くんのお弁当ですか、誠一先輩?」

「オレも彰も、祥ちゃんの手作り弁当! じゃ、またね!」

 そう言い残し、誠一は爽やかに屋上を後にした。

「……あたし、母親から料理習おうかな」

 去り行く誠一の背中を見つめながら、綾がぽつりと呟いた。




 丁寧にとっているノートのあちこちに、大きく書かれたバカだの死ねだのという罵詈雑言が踊っている。

 数学と現文、日本史のノートが犠牲になった。

 こんなことしている暇があったら、昼寝でもしていた方が充実した昼休みを送れたのではないか。

 ノートを開いたまま沈黙している琉奈は胸中でそう吐き捨てた。

 と、微かな笑い声が琉奈の鼓膜を震わせる。

 声のした方へ視線を巡らせると、教室の隅に江田留菜とその取り巻きが琉奈を見つめたまま、クスクスと小さく笑っている姿があった。

「アスカ……」

 琉奈のノートの惨状を目の当たりにした綾が、心配そうに琉奈を呼ぶ。

 久留井祥吾はそんな琉奈と綾を無言で見つめていた。


 それから数分後。

 授業が始まってからしばらくして、琉奈のケータイがスカートのポケットの中で震えた。

 琉奈はポケットからケータイを取り出し、教師に見えないようにして開く。

 ケータイのディスプレイには、「新着メール受信」の文字。

 メール受信ボックスを開いてみると、未登録のアドレスからのメールが届いていた。

 放課後、屋上へ来い。

 恐る恐る開いたメールには、その二言しか書かれていなかった。一体誰からのメールなのかも分からない。

 だが、心当たりはある。

 江田留菜。

 琉奈は彼女のメールアドレスを知らないし、命令形で書かれているのも彼女らしいと思った。

 指示に従おうかどうか迷ったが、従うことに決めた。

 ここで突っぱねたら嫌がらせが悪化する可能性があるし、面と向かって彼女の誤解を解いておきたい。

 自分は久留井祥吾とは何でもないのだと。

番外編的短編小説を書いてみました。

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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