交錯心
1-8
「……一つ、訊いてもいいですか?」
おずおずと手を上げ、綾が言う。「何?」と誠一がそれに応じる。
「誠一先輩や久留井くんは、どうしてそんな話を知ってるんですか?」
「……さっきの話の中に、現世に戻ってきてしまった魂や、琉奈ちゃんのように生者をトコヨノ国に引きずり込む魂が出てきたよね。そいつらの多くは生者に危害を加えたり、時には死に至らしめることすらあるんだ。
俺たちの一族は古くから、人々をそういう悪い魂から守ってきたんだ。だから、こういったことには詳しいわけ」
「一族……ってことは、先輩たちも悪い魂から人を守ることができるんですか?」
「もちろん。オレにも祥ちゃんにも、彰にもね。だから、オレたちはその力で琉奈ちゃんを守る」
「……もし、狙われるのがあたしでも、同じように守ってくれますか?」
「? 当然! 綾ちゃんのことも守るよ、全力で」
綾の質問の意図を図りかねたらしい誠一は戸惑った表情を浮かべたものの、すぐにいつもの笑顔に切り替え、断言する。
その言葉を聞き、すっかり頬を紅潮させて喜ぶ綾を見た琉奈の胸を、ある考えが過ぎった。
話題を次第に学校の先生や授業内容、最近人気のドラマやゲームに移しつつ、紅茶と煎餅をみんなで堪能し終えた時、太陽はその身をコンクリートの山々の向こうにすっかり沈めていた。空は宝石のように輝く星たちを塗した漆黒の帳に完全に覆われている。
「ごめんね、長居しちゃって」
履いた靴のつま先を地面に数回、軽く打ちつけながら琉奈が謝った。
「ううん。わざわざ来てくれてありがとね。帰り、送っていかなくて大丈夫?」
祥吾の気遣いを、琉奈は首を振って遠慮する。
「まだそこまで遅い時間じゃないし、みんな帰り道はほとんど同じだから」
「浩太くんもいるもんね」
琉奈が挙げた理由に誠一が付け加える。
急に自分の名前が出てきたことに驚いたのか、浩太はびくりと体を震わせる。
「そうですね。まぁ、久留井くんや先輩に比べたら頼りないかもしれないですけど」
苦笑しながら琉奈が答える。
側でそれを聞いていた綾は、また浩太が落ち込むのではないかと思い、憐憫の視線を彼に向ける。
が、すぐにその目は小さな驚きに包まれることになった。
浩太は一切落ち込んではおらず、むしろ挑戦的な目で祥吾たちを見つめてすらいた。
「あたし、誠一先輩のこと好きになっちゃった」
帰路の途中。
家路を急ぐ足を止め、綾が突然言い放つ。
驚き、唖然としている浩太に対し、琉奈はやっぱり、と言わんばかりの表情で溜息をついた。
「桜井先輩はどうするの? 振るの? まさか二股?」
「桜井先輩とはもう別れたの。昨日の夜、電話で振られちゃった。でも、思ってたよりはショックじゃなかったんだよね。きっとあたし、屋上で初めて誠一先輩と会った時から、桜井先輩より誠一先輩の方が好きになってたんだと思う」
「……そっか。なんとなくそんな気はしてたけどね」
「やっぱアスカにはバレてたか。あたし、アスカに感謝してるんだ。アスカのおかげで誠一先輩との接点ができて。……アスカは大変かもしれないけど」
申し訳なさそうに俯く綾に、琉奈は優しく微笑みかける。
「そんなこと気にするなんて、綾らしくないよ」
「……それってあたしがいつも無神経ってこと?」
「あれ、自覚なかったの?」
「アスカ~!?」
「うそうそ。……応援、するからね」
軽口の応酬の後、琉奈が真面目な顔で言う。
綾は心底嬉しそうな表情を浮かべ、「ありがとう」と答える。
浩太はそんな二人を無言で見つめていた。
「俺、そんなに頼りない?」
道の途中で綾と別れ、二人きりで歩いている時。
浩太が急に足を止めるなり、そんなことを言い出した。
「え?」
「なぁ、俺ってそんなに頼りないのか?」
「なんなの、突然……」
しつこく問い続ける浩太。
琉奈はそんな浩太に戸惑いを隠せない。
「久留井くんたちに比べて頼りないかもって言ったの、気にしてるの? あんなの、いつもの――」
「あいつら見てるとムカつくんだ!」
忌々しげに言い捨て、浩太は側にある電柱を蹴りつける。
「あいつら……自分たちは特別だってふんいき丸出しでさ。自分たちならお前を守れるって……。んなこと、俺にだってできるし! 俺だってお前のこと守れるし! それに、あの誠一とかって先輩、お前のこと名前で呼びやがって。なんで俺とか松下には苗字で呼ばせてんのにあいつはいいんだよ!? なんで――」
「浩太!」
琉奈が浩太の言葉を遮り、彼の名を叫んだ。
「何をそんなに怒ってるの? あの人たちはあたしのために協力してくれるって言ってるんだよ。なのになんで? 彼らがあたしを助けてくれることの何が不満なの?」
息もつかず、一気にまくし立てる琉奈。
琉奈を直視していた目を背けた浩太は、小さく「ごめん」という言葉を捻り出した後、嵐のように走り去っていってしまった。
琉奈はただ、遠ざかっていく浩太の背中を見つめることしかできなかった。
久留井彰が自宅に帰ってきたのは、夜八時を過ぎた頃だった。
「遅かったね、彰。ケータイにも出ないから心配してたんだぞ」
彰が帰宅したと聞き、玄関に駆けつけた祥吾が話しかける。
「今日も女子に追い掛け回されてたのか?」
続いて玄関にやってきた誠一が冷やかす。
彰はいてつくようなま眼差しを二人に向け、答えた。
「女性ね……うん、女性でしたよ。トコヨノ国からのお客様は」
「「!!」」
誠一と祥吾は目を見張る。
「僕の能力は防御中心で、某RPGで言えば後列に配置しなくちゃいけないキャラなので、多少は苦労しましたが、どうにか散らしてきました」
「そっか……。ごめんな、助けに行けなくて」
謝る誠一に、「いえ、自力で何とかなりましたから」と答えた彰は、顎に手を当てつつ言葉を次いだ。
「それにしても……思ってたより危ない場所かもしれないですね、この町は」
番外編的短編小説を書いてみました。
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/




