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常世国

1-7


 誠一に連れられ、琉奈・綾・浩太の三人は久留井家のリビングへやって来た。

「いらっしゃい、飛鳥川さん、松下さん、秋川くん」

 三人の姿に気付いた祥吾が声をかける。

「ごめんね、まだ準備ができてなくて。適当に座っててもらえる?」

「うん、ありがとう」

 琉奈が礼を言い、近くのソファに腰掛ける。

 リビングにはソファやダイニングテーブル、テレビなどの家具が置かれており、それらは黒や茶色などのシックな色で統一されている。

 ソファの側にあるコンポの横に佇む棚には数多くのCDが収納されている。

 有名な日本人アーティストのものから、聞いたことのない外国人のもの、中には演歌もある。

「うち、音楽の好みがバラバラでさ」

 琉奈がCDを注視しているのに気付いたらしい誠一が言う。

「邦楽のは俺とか恭子さんの。洋楽はほとんど祥ちゃんのかな。彰が好きなのはゲーム音楽と演歌。変わってるでしょ?」

「すごい組み合わせですね」

 琉奈が笑いながら答える。

「誠一先輩、恭子さんって誰ですか?」

「ああ、母親だよ。久留井恭子っていうの」

「お母さんを名前で呼んでるんですか……?」

 綾が不思議そうに尋ねる。

 誠一は一瞬言葉に詰まるも、「うちって変わり者ばっかだからね」といつもと変わらない、明るい口調で答えた。

「おまたせー」

 そんな台詞と共に、ティーポットとカップを載せたトレイを手にした祥吾が四人の元へやって来る。

 祥吾の後ろには、同じくトレイを持った女性が一人。

「初めまして。母の久留井恭子です」

 ソファ近くに置かれたテーブルにトレイを置きながら、女性――久留井恭子が琉奈たちに自己紹介する。

「飛鳥川琉奈と申します」

「松下綾です!」

「秋川浩太といいます」

 三人はしゃちほこばって挨拶した。

 思わず姿勢を正さずにはいられないほど、久留井恭子は見目麗しかった。

 彼女の輪郭をなぞるのは、短くも艶やかな黒髪。彼女の顔の白さを際立たせている。穏やかな目元と、紅を差している唇の右下にある小さなホクロが印象的な麗人だ。

「久留井誠一です!」

「知ってるわよ!」

 琉奈たちを真似て自己紹介した誠一に、恭子が素早くツッコミを入れる。

「お菓子、遠慮しないで食べてね。……ちょっと合わないかもしれなくもないかもしれないけど」

 そう複雑に忠告しながら恭子が三人に差し出したのは、籠の中に大量に入った煎餅。

「なんで煎餅買うかな……」

 ティーポットからカップに紅茶を注ぎながら祥吾が愚痴を言う。

「だって、お茶に合うお菓子って言われたらお煎餅を思い浮かべるじゃない、誰だって!」

「恭子さん、俺が紅茶好きなの知ってるでしょ!? なんで緑茶を思い浮かべちゃったの!?」

「違うわよ、煎茶を思い浮かべたの!」

「そんなのどっちでもいいわい!」

「いいじゃない、お煎餅も美味しいんだから! ……じゃ、ごゆっくりね」

 自分の主張を終えてすっきりしたのか、恭子は一方的に話を切り上げ、キッチンへと戻っていった。

「……なんか、色々面白いお母さんだね、久留井くん」

 琉奈は素直な感想を述べる。祥吾は疲れた表情で「まぁね……」と答えた。

 綾と浩太は茫然と恭子がいた場所を見つめ、誠一は必死に笑いをこらえている。

「……さ。お茶どうぞ」

「祥ちゃんのお茶は格別だよ!」

 祥吾と誠一薦められるまま、琉奈たちは出された紅茶や煎餅に口をつける。

「そういえば兄貴、彰はまだ帰ってないの?」

「うん。何してんだろな? まぁいなくても大丈夫じゃない?」

「……だね。あいつがいると話が脱線しかねないし。さてと」

 祥吾は真剣な表情で三人へ向き直る。

「じゃあ、飛鳥川さんが襲われてる現象について説明するね。多分長くなると思うけど、出来る範囲できちんと説明するから」


「分かってると思うけど、飛鳥川さんの身に起きてることは、常人にはあり得ないことなんだ。あり得ないし、あってはならない」

「あってはならない……」

 琉奈は祥吾の言葉を繰り替えす。

「じゃあ、なんでその、あってはならないことがアスカには起きるんだ!?」

「順に説明していくから」

 興奮気味の浩太に誠一が話しかける。

 祥吾は話を続ける。

「飛鳥川さんが引き込まれている世界は違う次元にある世界で、そこには本来、死者の魂しか存在しない世界なんだ」

「ってことは…天国!? それとも地獄……とか?」

 綾の質問に祥吾は首を横に振る。

「天国とか地獄っていうのは、あくまでも生者が作り出した架空の概念で、実際には存在しないんだよ。死者の魂はどんな悪行も善行も関係なく、全て一つの場所に送られる。そこは……そうだな、鏡の向こうの世界とでも考えてくれればいいかな。生者に干渉されることのない、異次元の世界。

 日の差すことのないその世界を、俺たちはトコヨノ国って呼んでる」

「トコヨノ国……」

 琉奈たちは口々に復唱する。

 祥吾は更に説明を続ける。

「トコヨノ国は魂の集積所みたいな役割を果たしてるんだ。トコヨノ国に辿り着いた魂は、トコヨノ国の中に生前の自分と深い関わりのある場所を作り出し、その場所に居ついて次の転生の時を待つ。トコヨノ国はそういう場所なんだ。

 そして、飛鳥川さんが引きずり込まれた世界こそ、このトコヨノ国ってわけ」

「次の転生を待つ場所……。でも、どうしてあたしがそんな場所に?」

「それについて、俺たちも分からない点があるんだ」

 琉奈の疑問に答えたのは誠一だ。

「トコヨノ国は魂のエネルギーが大きく作用する世界でね。

 元々トコヨノ国は何もない、広く暗いだけの空間だったんだ。けど、次第に多くの魂が集まり、その魂たちが記憶している生前の風景が次々と作られていった。その結果、今のトコヨノ国は様々な建物とかが無秩序に、流動的に構築されている状態になってる。

 魂があらゆる事象に関わるトコヨノ国においては、例えば魂が現世に行きたいと願えば、魂の状態ではあるけど行けるし、逆に誰かをトコヨノ国に引きずり込みたいと願えばそれも叶う」

「じゃあ……誰かの魂があたしをトコヨノ国に引きずり込もうとしてるってことですか……?」

「そういうことだね。神隠しってあるでしょ? あれって実は死せる魂が生者をトコヨノ国に完全に引きずり込むことを言うんだよ」

 そう説明した後、誠一は手にした煎餅を前歯でパキリと割る。

「で、飛鳥川さんのケースで俺たちが分からない点が二つ」

 祥吾はそう言って、人差し指と中指を立てる。

 隣で誠一が握り拳を作り、「勝った!」と呟く。「違うでしょ」と祥吾がツッこむ。

「一つは、誰の魂が飛鳥川さんをトコヨノ国に引きずり込もうとしてるか。……心当たり、ない? 身内で君に強い思いを抱いて亡くなった人とか」

 琉奈には心当たりはないらしく、彼女は小さく首を傾げた。

「……そっか。まぁ、それについてはこれから調べるとして。二つ目は、飛鳥川さんが現世に戻ってきてる点」

「アスカが戻ってきちゃマズイってのか!?」

「違う違う。そうじゃなくて、どうしてこっちに戻ってくることが出来るのかってこと」

 祥吾が慌てて浩太に弁明する。

「あそこまで引きずり込まれたら、普通はそのままトコヨノ国から出られなくなって野垂れ死に、っていうパターンになるはずなのに、飛鳥川さんは戻ってこれてる。それが不思議なんだよ」

「それも誰かの魂の意志、とか……?」

「あり得なくはないけど……まだ何とも言えないね」

 綾の問いかけに答え、祥吾は紅茶を口にする。

「こうやって一気に説明されても良く分からないかもしれないけど、いつか全てをからだで実感せざるを得ない時がくると思う。でも、安心していいからね、琉奈ちゃん。その時は俺たちもついてるから」

 誠一が力強く宣言する。

 琉奈はその言葉を信じ、深く頷いた。

番外編的短編小説を書いてみました。

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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