協力者
1-6
「……あれ? 保健の先生いないや。まぁ、その方が好都合だけど」
飛鳥川琉奈は久留井祥吾に連れられ、保健室へとやって来た。
バスケットボールの試合中に転倒したショックで頭がくらくらするみたいなので、などと祥吾が体育教師にぺらぺらと嘘を並べ立て、琉奈を保健室に連れて行く許可を取り付けて、半ば強制的に連行したのだ。
自分と祥吾を見つめる、クラスメイトたちの唖然とした顔が琉奈の脳裏に浮かぶ。
江田留菜の般若のような形相も。
ますます面倒なことになる予感を抱き、嘆息する琉奈。
それに気付いたらしい祥吾が「どうしたの?」と問いかけてくる。
「ううん、何でもない。それより……久留井くんはどうしてあたしをあそこから戻せたの? ていうか久留井くんはあれが何か知ってるの? あれって一体何?」
琉奈は質問を一気にぶつける。
いままで散々困らされてきた現象について知っている人間がようやく、初めて現れた。
その嬉しさから、矢継ぎ早に訊かずにはいられなかった。
興奮気味の琉奈に、祥吾は両手の手のひらを向け、「落ち着いて」と宥める。
「どこから説明すればいいのかな……。とりあえず、飛鳥川さんが連れて行かれそうになった場所は、普通の人間が行くべき場所じゃなくて、本来は死んでから行く場所なんだ」
「死んでから……!? それって天国ってこと? 見る風景は毎回天国って感じのしないアパートだけど」
「天国とか地獄って言う概念は実際のところ、死後の世界を知らない生者が懲罰や宗教的に利用するために作ったとも言うべきものだからね」
「……んん?」
「要するに、実際は天国も地獄もないってことだよ」
祥吾が説明を簡単にすることで、琉奈の思考を混乱の渦から掬い上げる。
「そうなの!? 天国ってないの!?」
「ないない。至極真っ当に生きた魂も、殺人を犯した魂も、死後は全て同じ場所に送られるんだよ。とはいえ、そういう犯罪を犯した魂は穢れが溜まって、次第に魂自体のエネルギーが減っていくんだけど。で、最期は転生する力すら失って消滅したり、他の魂のエネルギーにされて消滅ってことになるわけ」
祥吾は教科書を暗証するようにすらすらと説明する。
が、それを聞いている琉奈は話の内容をいまいち把握しきれていないらしく、彼女の顔には大きなハテナマークが書いてあった。
「できれば全部きちんと説明したいんだけど、もうすぐ三時間目が終わっちゃうし……。何も予定がないんだったら、今日の放課後にでも教室かどっかで話せないかな?」
「予定はないけど……学校では難しいと思うよ。だって久留井くん、学校じゃ女子に追いかけられっぱなしでしょ? 落ち着いて話せない可能性がなくない?」
琉奈の指摘に祥吾は顔を顰め、「確かに……」と答える。
現に今日も朝からずっと、休み時間の度に女子に囲まれ、追いかけられていた。
校内に落ち着いて話せる場所はなさそうだった。
「俺の代わりに兄貴に説明してもらうってのは……無理だよなぁ、多分」
「お兄さんも知ってるの?」
「うん。でも、向こうも俺と似たような状態っぽいし。彰は話をすぐに脱線させそうだし……そうだ!」
祥吾は保健医の机の上にあるボールペンを手に取り、側にあるメモ用紙に何かを書き付ける。
そして、書き終えたメモを琉奈に手渡した。
琉奈は渡されたメモに視線を落とす。
「これ……住所?」
「そう、うちの住所。下校途中に寄ってもらっていい?」
「えっ!?」
「うちでなら落ち着いて話せるでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「あ、できれば少し経ってから来てもらえる? いろいろ準備があるからね」
「えっと……でも……」
「飛鳥川さん」
祥吾が改まって琉奈を呼ぶ。その表情は真面目かつ真剣そのものだ。
「正直、君の状況は楽観視できるもんじゃないんだ。だから、早めにケリをつけないといけない」
琉奈は余命宣告でもされたような気分だった。
握り締めているメモ用紙が、琉奈の手の中でクシャ、と鳴いた。
昼休み。本日も快晴。綿菓子のような雲が蒼穹をふわふわと漂う。
「え!? 帰りに久留井くんの家に行くことになった!? 何それ!? なんでまたそ――もがっ」
驚きのあまり大声で叫んだ松下綾の口を、琉奈は全力で塞ぐ。
「ちょっと、声大きいって!」
「ごめんごめん、あまりの超展開にびっくりして……」
「江田一味の誰かに聞かれたらどうすんの!?」
「江田一味って……もはや敵だね。って、そんなことより! なんでそんなことになったの!?」
綾は手にしている箸をマイクのようにして琉奈の口元に寄せる。
「あたしの体に起こることについて久留井くんが説明してくれるって言うんだけど、学校じゃ落ち着いて話せる場所がないじゃん。で、それなら久留井くんの家で話そうってことになったの」
「なるほどねぇ。確かに久留井くんは四六時中女子に付きまとわれているし、誠一先輩も追いかけられてるみたいだし、弟の彰くんもお兄さんたちと似たような状況って話だしね」
「そうなんだ。……っていうか、その情報はどこから?」
「ふっふっふ。新聞部の情報網を侮るなかれ」
綾は不敵な笑みを浮かべ、ついでにブイサインまで作る。
「でさ……綾も今日は部活パスして一緒に来てくれないかな……?」
「え? あたしも行っていいの!?」
予想外の申し出に、綾は目を見張る。
「うん。できれば、だけど。無理だったらいいんだけど……」
「それは大丈夫だけど。なんでまた?」
「なんて言うか……クラスメイトの男子の家に一人で行くのがちょっと」
「秋川の家は何度も行ったことあるんでしょ?」
「浩太とは昔からお互いの家を行き来してるし、浩太ん家の家族とも知り合いだから、今回とは違うよ」
「ふぅん。アスカもなんだかんだ女子ってことだね」
綾はしみじみと呟きつつ、内心「秋川、哀れなり」と独りごちる。
「学校でよく一緒にいるのは綾だから、綾にも知ってて欲しいって話したら、久留井くんもオッケーしてくれたし」
「よく一緒にいるってのなら、秋川も誘ってみたら?」
「うん、後で訊いてみようかなって。でも、あいつも部活あるし、どうかな……」
「多分大丈夫だと思うよ。十中八九、行くって即答するよ」
「そうかなぁ?」
鶏肉のから揚げを箸で転がしながら零した琉奈の言葉は、穏やかな陽気の中に溶けていった。
下校した飛鳥川琉奈と松下綾、そして綾の予想通り、二つ返事で久留井家への同行を同意した秋川浩太の三人は、久留井祥吾から渡されたメモに書かれている住所を頼りに、彼の自宅へと向かった。
途中で道が分からなくなり、携帯電話で調べたりしつつ自転車を走らせること約二十分。
三人は住宅街の一角に位置する、とある一軒家に到着した。
灰色の外壁に黒い屋根。こじんまりとしたガレージに停められている白の軽自動車は、きちんと洗車が行き届いている。玄関付近には花壇があり、色とりどりの花々がそよ風に揺れている。
インターホンの横に「久留井」という表札が掛けられたその家は、何の変哲もない、ごく普通の一軒家だった。
近くに自転車を停め、簡素な門の前に立つ三人。
意を決し、琉奈はインターホンを鳴らした。
『はい?』
程なくインターホンの向こうから女性の声が返ってきた。
「あ、あの……私、久留井くんのクラスメイトで、飛鳥川と申しますが……」
『クラスメイト……あ、祥吾が言ってた子たちね。今そっちに行かせるからちょっと待ってて頂戴』
そう告げると、女性の声は切れた。
「今の、久留井くんのお母さんかな?」
「かな。ずいぶん若そうな声だったね。あれだけのイケメン三人のお母さん……美人かな?」
琉奈の問いに綾が問い返す。浩太は不機嫌そうに唇を歪める。
そうこうしていると、久留井家の玄関のドアが開かれ、中から久留井誠一が現れた。
「ごめんね、待たせちゃって。祥ちゃんは今お茶の準備してるから、先に入っちゃって」
相変わらずの明るい笑顔で三人に呼びかける誠一。
三人はその言葉に応じ、門を開けて歩を進める。
「「「お邪魔しまーす」」」
玄関に入り、三人は声を揃えて挨拶する。
「どーぞどーぞ。……ところで、君はどちら様?」
三人を自宅へ招き入れた誠一が、ストレートに浩太に尋ねる。
「秋川浩太といいます」
「彼も私の友人なんです。だから、一緒に話を聞いてもらいたくて」
浩太の自己紹介に琉奈が補足説明を加える。
「そうなんだ。俺は三年の久留井誠一。よろしくね。で、浩太くんはどっちの彼氏なの?」
思いもよらない誠一の質問に、浩太は赤面し、「へ!?」と素っ頓狂な声を上げる。
「どっちの彼氏でもありませんよ! あたしと浩太はただの幼馴染で、綾と浩太はただの友人。それだけです」
お決まりの説明をする琉奈。
浩太もいつも通り、がっくり肩を落としている。
誠一は「ふぅん、そうなんだ」と納得の意思を示しつつも、
「でもさぁ、浩太くんの方は琉奈ちゃんのこと好きなんでしょ」
と綾にこっそり耳打ちする。
綾は苦笑しながら頷いた。
番外編的短編小説を書いてみました。
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/