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敵視線

1-5


 甲高いホイッスルの音が体育館中に響くと同時にバスケットボールが宙に放られ、それぞれのチームの代表がボールに手を伸ばす。

 弾かれたボールは琉奈のチームメイトの手に渡った。

 チームメイトはドリブルをしながら敵陣へとコートを駆けていく。

 途中、相手チームのディフェンスに進路を阻まれたチームメイトは近くにいた綾にボールをパス。

 綾はドリブルしながら更に進んでいく。

「ねぇ、飛鳥川さん」

 琉奈をマークしている江田留菜が声をかけてくる。

「何?」

「祥吾くんとはどういう関係なの?」

「……はぁ?」

「はぁ、じゃなくて。ちゃんと答えなさいよ!」

「今そんな話してる場合じゃないでしょ!」

 綾の側を駆けていく琉奈。

 追い抜きざまにパスされたボールを受け取る。

「人の気も知らないで、抜け駆けなんて信じらんない!」

「ちょっ……意味分からんないんだけど」

 江田留菜が投げつけてくる言葉に呆れつつ、琉奈はジャンプシュートを放つ。

 放物線を描いたボールはゴールリングにぶつかり、相手チームの手に渡る。

 全員、一斉に反対側のゴールへと駆け出す。

「さっきだって祥吾くんのこと見てたじゃない!?」

「一瞬目に入っただけだってば!」

 いい加減、他人の被害妄想に構うのも面倒臭くなってきたのか、琉奈はスタミナ無視で走るスピードを上げた。

「! 待ちなさいよっ!」

 慌ててそれを追いかける江田留菜。

 彼女の手が琉奈の着ているジャージの裾に掛かった。

「――ッ!」

 バランスを崩した琉奈の体が一瞬宙を舞う。

 次の瞬間、琉奈は派手な音を発てて体育館の床に倒れこんだ。

「アスカ!? 大丈夫!?」

 試合そっちのけで駆けつけた綾に、琉奈は「大丈夫だから」と答える。とはいえ、全身に痛みが走った琉奈の表情は険しく、眉間に皺が寄っている。

「飛鳥川、大丈夫か?」

 体育教師もやって来る。

 体育館中の視線を浴びた琉奈は恥ずかしそうに立ち上がった。

「すみません。大丈夫です。試合の続き、始めて下さい」

「そうか? ならいいが。無理はするなよ」

 体育教師はそう忠告すると、試合再開のホイッスルを鳴らす。

 再び走り出した琉奈を江田留菜は無言で見つめていた。




「ひっどい女! 信じらんない!」

 試合が終わり、休憩のために空いているスペースに腰を下ろすなり、松下綾が叫んだ。

「ちょっと、綾! 声が大きいってば」

「ドリブルの音で聞こえないよ! 見た!? アスカのことを見つめるあいつの目! あんたが勝手に転ぶから悪いのよとでも言わんばかりでさ! ああもう思い出しただけでムカつく!!」

「まぁまぁ、あたしはちょっと擦りむいたくらいだから……」

 大声かつ早口で一気にまくし立てる綾を、転ばされた本人である飛鳥川琉奈が宥める。

 もし綾が肉食獣だったら今頃、江田留菜を噛み殺していることだろう。

「ホントに信じらんない! 何様!? きっと水道管レベルのぶっとい神経してんだろうね!?」

「水道管って……すごい例えだね」

「いや、もっと太いかも……。水道管より太いのって何だろう?」

「うーん、光通信用の海底ケーブルとか?」

「それ何……?」

「アスカ! さっきは大丈夫だった!?」

 会話の方向がずれ始めた琉奈と綾の間に、男子の試合を終えたばかりの秋川浩太が割り込んでくる。

「浩太! うん、ちょっと擦りむいたくらいでたいしたことはないよ。そっちの試合、どうだった?」

「もちろん勝ったよ。でもさ、あの転校生があんまり使えなくて。大変だったよ」

「秋川と同じチームだったんだ?」

「うん。すぐスタミナ切れるもんだから、使いもんにならなくて。それでもギャラリーの女子は、あいつがボールを持つだけでワーキャー言ってさぁ」

 話しながら、江田留菜を中心とするグループに早速囲まれている久留井祥吾を睨む浩太。

「アイドルが何か食べたり飲んだりするだけで歓声があがるのと同じだと思うよ。でも、久留井くんにも苦手なことってあるんだ。勉強すごくできるし、短所なんてなさそうだったけどなぁ。誠一先輩共々」

「松下、誠一先輩って誰?」

「久留井くんのお兄さん。三年生」

「え!? 知り合い!? しかもアスカも!?」

「うん。色々あってね。すごく明るい人なんだよ」

「で、イケメンなんだよね」

 琉奈の説明に綾が補足する。その表情は新しいおもちゃを見つけた子供のそれだ。

 綾の言葉に「そうそう」と、何の悪気もなく素直に同意する琉奈。

 浩太の顔はすっかり青ざめている。

「? どうかしたの、浩太? 顔色良くないよ?」

「いや……何でもないよ。ホントに何でもな――」

 突然、綾と浩太の声が遠のいていくのを琉奈は感じた。

 速攻、と叫ぶ声も。ボールをドリブルする音も。外の雀の泣き声も。

 体育館中に充満する熱気さえも。

 やがて訪れる、全身が沼の中に沈み込んでいく感覚。

 来た。

 またいつものあれだ。

 こうなった以上、またあの古びたアパートの一室の情景を目にし、その後自然に戻るまで待つしかない。

 そのはずだった。


「飛鳥川さんっ!!」


 気が付くと、琉奈の意識は体育館に戻っていた。

 ……違う。戻ったんじゃない。

 琉奈はそう確信した。

 戻らされたのだ。

 琉奈の腕を強く掴んでいる久留井祥吾によって。

番外編的短編小説を書いてみました。

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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