決攻入
今は麻酔のせいで眠っているが、じきに目が覚めるだろう。
十日間の安静が必要。その後ならば通学も可能。
病院に急患として運ばれてきた彰の怪我の処置を担当した医師はそう告げて、彰の眠る病室を後にした。
病室に残された久留井誠一、久留井祥吾、飛鳥川琉奈、松下綾、秋川浩太は、真っ白なベッドで眠る久留井彰を見遣る。
「恭子さん、もうすぐこっち着くって」
先ほど届いたメールの内容を祥吾が誠一に伝える。誠一は「ああ」と生返事をするだけで、祥吾の話に意識は全く向けられていない様子だ。
傷だらけで廊下に倒れこんでいる彰の姿を確認するなり、誠一は琉奈に救急車を呼ぶように手配し、祥吾には、彰の母親である恭子に連絡するよう指示を出した。また、綾と浩太にはまだ養護教諭が校内にいるのか確認に行かせ、まだ残っているならばすぐさま来てもらうように手配した。
幸い、養護教諭の女性は帰宅する準備をしている最中だったため、救急車が到着するまでの間、彰の傷の手当をしてもらった。
やがて到着した救急車に、怪我人である彰他五名が(半ば強引に)救急車に同乗し、病院へ直行した。
「彰君……なんで、こんな……」
麻酔の影響で眠り続けている彰に視線を落としたまま、琉奈が呟く。
「きっと、彰に何かあったんだと思う。おそらく、トコヨノ国で」
「トコヨノ国……」
祥吾の言葉を琉奈が反芻する。
トコヨノ国の魂の一部は時に強い力を持つ。その魂が彰に手酷い傷を負わせた。自らの魂の力を引き出し、トコヨノ国で戦う能力を持つ彰を。
「着いたわよー」
ガラッ、と勢いよく病室のスライドドアが開け放たれ、佐虎野乃の能天気な声が響き渡る。
「! 野乃、なんでお前まで……」
「何よ。あたしも恭子さんと一緒に家にいたから来ただけじゃない。それに従兄が怪我したなんて言われて来ないわけにはいかないでしょ! ま、怪我したのがあんただったら来なかったけど」
相変わらず憎まれ口を叩く野乃に誠一は苛立ちを隠せないが、今はそれどころではないので、喉元まで出かかった反論の言葉は、己の腹に戻すことにした。
「彰……!」
すっかり血の気の引いてしまった顔の恭子が、ベッドに横たわっている我が子の元に駆け寄り、その頬に両手を添える。掌から伝わる体温を感じ、その生命に危険がないことを確認したらしい恭子は安堵の溜息を洩らした。
「ごめん、恭子さん……。俺がもっとしっかりしてればこんなことには……」
頭を垂れる誠一に、恭子は首を横に振る。
「誠一のせいなんかじゃないわ。それに、祥吾のせいでもない。これはここにいる誰のせいでもないの。だから、気にするんじゃないわよ」
きっぱりと言い放つ恭子に、誠一と祥吾は目を見開いて恭子を直視、やがて唇を噛み締める。
お前のせいじゃない。そう断言してくれた恭子に有難さは感じたが、それでも。
「でも、側にいたら何か違ったんじゃないかって……」
そう零す祥吾の頭を、恭子はそっと撫でた。
「だめよ、祥吾。そういうのはきりがなくなるから」
「……はい」
祥吾の返答を聞き、恭子は「よし!」と笑う。
「息子の能力が能力だし、いつかこういう日が来るっていうのは覚悟してるつもりだったけど。いざこういうことされると……殺してやりたいわね、その相手」
はっきりと言う恭子を、「ちょっと、ストレート過ぎるっしょ」と誠一が宥める。
「もうちょっとさ、ほら、恭子さん、大人なんだから」
「大人でもムカつく時はムカつくし、殺したい時は殺したいもんなのよ。こういう時に大人も子供もないの」
更に言い募る恭子に、誠一は返す言葉を失う。
「で? どぉするの? そいつ、殺すの?」
「の、野乃!?」
恭子に便乗して野乃が周囲に尋ねる。その顔にはいつの間にか、無邪気な笑顔が浮かんでさえいる。
「殺すなら野乃も手伝うよ! 楽しそう!」
「野乃、これは遊びじゃないんだ。現に彰がこうやってやられてる」
「だって、彰の力は守りの力でしょ。殺すなら野乃みたいに攻める力じゃないと」
窘める祥吾に対し、野乃は口角を釣り上げ、更に笑みを深めながら答える。その瞳に宿っている光は、肉食獣のそれと同じだ。
「つーわけで、そこの人」
野乃の小さな人差し指が琉奈を指す。
「あたしをトコヨノ国に連れてって。彰に怪我させた魂にお仕置きしなくちゃ」
琉奈は強張った表情のまま硬直する。
トコヨノ国に行くには、魂に引き込まれるのを待つしかない。但し、トコヨノ国への転送能力を持つ巫女がいれば、自らトコヨノ国に飛び込んでいける。
現在、巫女は飛鳥川琉奈しかいない。即ち、今攻め入るためには琉奈の力が必要だ。
しかし、トコヨノ国への転送時、巫女自身もトコヨノ国へ足を踏み入れる必要がある。つまり、琉奈自身にも危険が及ぶ可能性がある。
しかも相手は彰に傷を負わせるほどの魂だ。
「俺たちも行く」
どう返答しようか迷っている琉奈の肩に手を置き、誠一が告げる。
「俺と祥ちゃんも行く。で、琉奈ちゃんを守る。野乃は好きにすればいい。……これでどうかな、琉奈ちゃん?」
「琉奈さん、俺からもお願いできないかな? 絶対琉奈さんに怪我させたりしないから。俺たちも彰のために何かしたいんだ」
誠一、そして祥吾に懇願され、琉奈も覚悟を決めた。
「……分かりました。行きましょう」