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対面

 久留井彰は力のない足取りで、夕暮れ色に染まる廊下を一人歩いていた。

「誠一兄さん……。どうしてあんな……」

 先ほど会話を交わしたばかりの長男・誠一の様子を脳裏に思い起こしてひとりごち、溜息を零す。

 刹那、強風が吹き抜けるような感覚が全身を駆け抜けたかと思うと、彰の周囲の風景は校舎の廊下から、見知らぬ木造の建物の内部に変化していた。

 彰は動じることなく、辺りを注視する。土や草の匂いが充満している。遠くで蜩が鳴いている。広い室内に人影はない。

 全く心当たりのない風景に、彰は思わず首を傾げる。

「ここは一体……?」

「知らないの?」

 彰が漏らした呟きに答える、澄んだ女性の声が響いた。

 声の主は、いつの間にか彰の眼前に佇んでいた。紺色の襟とスカート、真紅のスカーフのセーラー服を身に纏っているその少女は、くっきりとした二重の瞳で彰を見つめ、柔らかく微笑む。漆黒の髪は腰のあたりまであり、開け放たれている窓から入り込む風を受けてふわりと揺れる。

「あなたはここがどこだか知らないのね?」

 少女が彰に問いかけるが、彰は答えることができなかった。他のことに思考を奪われ、彼女の声が届いてもいなかった。

 眼前の少女の顔が、自分と瓜二つだったから。

「あ……あなたは……誰なんですか?」

 辛うじて投げかけた問いに、少女は表情を崩すことなく答える。

「本当に、何も知らないのね。あなたも、きっとあの人も」

 後ろに回していた右手を彰の前に掲げる。やがて、眩い光がその手に集まり、少女の身の丈ほどはある大鎌の柄を、細い指が強く握った。




「あーあ、綾ちゃんには恥ずかしいところを見られてばっかりだね」

 松下綾に貰ったポケットティッシュで力いっぱい鼻をかむと、久留井誠一はそう言って苦笑した。

「祥ちゃんとか彰にも見せたことないのに」

「そうなんですか? じゃああたしはかなりレアな体験しちゃったってことですね」

「そういうことだね」

 誠一と綾は顔を見合わせ、笑い合う。

「……なんか、こんなふうに何も考えないで笑ったの、久しぶりかも。ありがとね、綾ちゃん」

 一頻り笑った後、誠一が綾に礼を告げる。柔らかく、穏やかな微笑みを向けられた綾は反射的に頬を赤らめつつ、「い、いえっ、そんな……」と言葉を詰まらせてしまう。

「さてと。そろそろ帰ろうか、綾ちゃん。俺もまず彰と祥ちゃんに謝らないといけないしさ」




「綾、大丈夫かな……?」

 窓から夕陽が差し込む2年A組の教室。自分の席に座る飛鳥川琉奈が鞄の紐を弄りながら呟いた。

「どうだろうなぁ。なんか大分気持ちが固まったような顔してたけどな、松下の奴」

 綾の右隣の机の上に腰かけている秋川浩太が言う。

「でも多分、今の兄貴をどうにかできるのは松下さんだけだと思う」

 浩太の右横に立っている久留井祥吾が断言する。

「兄貴が一番辛い時に側にいたの、松下さんだし。きっと今の兄貴の気持ちが分かるのは彼女しかいないんじゃないかな」

「祥吾くんでも彰くんでもなく? 兄弟ですごく分かりあってるって感じなのに」

 琉奈が不思議そうに尋ねると、祥吾は少し寂しげに苦笑する。

「もちろん互いのことをできる限り理解しようとは思ってるけどね。でも、やっぱり限界はあるし。それに、兄貴は俺たちが心配したり不安になったりしないように、自分の気持ちを隠しちゃったりすることがあるんだよね。今回もそうで、何を考えてるかとか何を思ってるかとか、そういうことを全然見せてくんないわけ」

「そうなんだ。誠一先輩は祥吾くんや彰くんのことを大切に想ってるのね」

 琉奈が告げた素直な感想に、祥吾は「そう、なのかな」と照れ臭そうに笑う。

 穏やかな時間が流れる教室。その雰囲気を、不意に遠くから響き渡った女性の悲鳴が切り裂いた。

「な、何、今の!?」

「分からないけど、とにかく行ってみよう!」

 三人は2年A組の教室を飛び出し、悲鳴が上がった場所へと急ぐ。




「! いた! 誠一先輩!!」

 綾と共に廊下を歩いていた誠一の元に、琉奈が血の気が引いた顔で駆け寄ってくる。

「琉奈ちゃん? どうしたの、そんなに慌てて」

「ちょっと、顔白くない、琉奈?」

「あたしのことはどうでも良くて……! 彰くんが……!!」

「彰? 彰がどうかしたの?」

「廊下で倒れてて、すごい怪我してて……! とにかくすぐに来てください!!」

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