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不届心

2-20


「……で、恋愛相談し合ってるうちに、すっかり仲良くなったんだ?」

 卵焼きを箸で二つに割りながら飛鳥川琉奈が言うと、松下綾と佐虎野乃は「うんっ!」と声を揃え、笑顔で頷いた。

「もうすっかり野乃と意気投合しちゃってさぁ」

「そうなの。それに、綾って恋愛経験も豊富だから、たくさんアドバイスしてくれるし」

 既に互いを呼び捨てで呼び合うほどに仲良くなった綾と野乃を見て、琉奈は「まぁ、仲良くなるのはいいことだよね」と、誰かに聞かせるでもなく呟く。

「あれ? 三人とも早いね?」

 女子三人の輪に割り込んできたのは、琉奈と綾の同級生であり、野乃の想い人でもある久留井祥吾だ。

 三人が座るベンチの前のコンクリートにじかに腰を下ろした彼の手には、いつものように弁当箱がある。

「何、久留井くんはまたクラスの女子に引き止められちゃったりしてたの?」

 口角を釣り上げて不敵な笑みを浮かべ、綾が尋ねる。

 それを聞いた野乃は興奮気味に「何それ!? どーゆーこと!?」と祥吾に向かって身を乗り出す。

「ちょっ……松下さん! なんでそういうことを……。全然違うから! 授業中に分からないところがあったから、授業が終わった後に先生に聞きに行っただけだから」

 動物を宥めるように両手の掌を野乃に向けながら祥吾が答える。

「祥吾君って勉強熱心だよね。頭いいのに」

 琉奈が関心しきりに零した言葉を受け取った祥吾は「そんなことないよ」と苦笑する。

「俺はただ、分からないことをそのままにしておきたくないだけだよ。兄貴とかはまぁいっか、で済ませたりできるんだけどね」

 兄貴、という言葉が祥吾の唇から紡がれた刹那、綾の表情が掻き曇ったのだが、話に夢中の琉奈、祥吾、野乃はそれに気付くことなく話を続ける。

「じゃあ彰はどうなの? あいつ、結構マニアックなこと知ってるじゃない?」

「あいつは狭く深くって感じかなぁ。興味があることはとことん詳しいけど、興味がないことはこっちがビックリするくらい知らないんだよ。例えば、好きなマンガのキャラの細かい設定とか台詞とかは知ってんのに、最近話題のアーティストの名前さえも知らない、とかね」

「なんか分かるなぁ、それ。彰君ってそういう感じするよね。……あ、噂をすれば……って、どうしたの、彰くん!?」

 遅れて屋上に現れた久留井彰は、世界中の絶望を背負ったかの如く、どんよりとした表情でふらふらと四人の元へ歩み寄り、祥吾の隣に力なく座り込んだ。

「ど……どしたの、彰?」

 思わず声を掛けてきた野乃に視線を向ける彰。その目の下には、くっきりとしたクマが見て取れた。

「昨日からほぼ不眠不休で、自分と似た女について調べてたんだってさ」

 彰の代理で祥吾が答える。彰はただ、兄の言葉に同意し、頷くだけだ。

「で……手がかりは?」

 琉奈が尋ねる。彰は今度は緩く頭を振った。

「そっか……。じゃあ、またトコヨノ国に行ってみる必要があるね」

「ストップ。彰君に似た女の人って一体何?」

 事情を飲み込めていない綾が一同の話に待ったをかける。

「あのね、前にトコヨノ国に行った時、彰くんにそっくりな女の人がいたの。でも、女の兄弟はいないし、他に心当たりもないから、一体誰なんだろう? って」

 琉奈がこれまでの経緯を簡潔にまとめ、綾に説明する。

 綾は「なんとなく分かった。先へどうぞ」と、自分が止めた話を先に進めるように促す。

「で、いつにする? 今日にしちゃう?」

 琉奈の提案を、「いや、それはやめよう」と祥吾が拒否する。

「何の手掛かりも情報もないまま、闇雲に向こうに行くのはどうかな。こっちである程度情報を確保してからの方がいいんじゃないかな。彰はどう思う?」

「僕もその方がいいと思います」

「分かった。他にあたしが協力できることがあったら言ってね」

「はいはーい! 野乃もガンッガン協力するから!」

 野乃が人一倍大きな声で言う。どうやら野乃は琉奈と競っているつもりらしい。

「……ところで祥吾兄さん、誠一兄さんはいないんですか?」

「そういえば、まだ来てないね。どうしたんだろ? あの食いしん坊が来ないなんて」

 一同はほぼ同時に首を傾げた。――綾を除いて。




 午後の授業が終了し、校舎には帰路を目指す生徒、掃除を行う生徒、部活へ向かう生徒など、様々な生徒で溢れていた。

 その中の一人である久留井祥吾は、週番として担任教師の手伝いに追われていた。

 もう一人の週番であるクラスメイトの女子が教室の黒板の清掃やロッカーの整頓などを担当する一方、祥吾は授業の資料運びなどの力仕事を担当することになった。

 忙しなく階段を下り、廊下を足早に歩く祥吾の両手には二個のゴミ袋があった。

 袋いっぱいにゴミが詰め込まれているそれらを持つ祥吾の向かう先は、校舎の裏にあるゴミの集積場所だ。

 以前は焼却炉でゴミを燃やしていたのだが、現在はゴミの収集業者に纏めて持っていってもらっているのだと、週番となる数日前に飛鳥川琉奈に教えてもらっていた。そして、そのために校内の集積場所に、ゴミ袋を持っていかなければならず、それを週番が担当していることも。

 辿り着いた集積場所は、校内の敷地の奥まった所にあった。

 約二メートル四方の三方がブロック塀で囲まれており、その中に、既に他のクラスの週番が持ってきたのだろうゴミ袋が数個詰まれていた。

 同じようにゴミ袋を積み終え、その場を去ろうとした刹那、祥吾の耳に男女の話し声が飛び込んできた。

 人気のない場所。男女の声。

 その男女がどんなことをしているのか、なんとなく予想がついてしまった祥吾は呆れた表情を浮かべ、さっさと教室に戻ろうと思ったが、不意に聞こえた声に足を止めた。

 そして、逆に男女の声の方へ歩を進めてしまった。

 視界を遮る壁。その向こう。

 相手に気配を悟られぬよう、そっと覗き込んだ。

 着崩れ、乱れた制服。絡み合う肢体。互いを見つめる男女。

 その姿を見た祥吾は踵を返し、逃げるようにその場を後にした。

 予感が確信に変わってしまった祥吾は唇を噛み締め、駆けるスピードを上げる。

 男の声には聞き覚えがあった。ありすぎるほどに。

 女の白い身体を弄る男。

 それは間違いなく、自分の兄である誠一だった。

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