交心
2-18
「「え……?」」
祥吾と彰は同時にそう声を漏らした。祥吾は持っていた箸を、彰は持っていた湯飲みをテーブルに落とした。
「ああ、彰! お茶が零れちゃったじゃん!」
テーブルの上に横たえられた、魚の名前が羅列されている湯のみから緑茶が零れるのを見て、誠一が慌てて台ふきでこれ以上被害が拡大するのを阻止しようとする。
しかし、お茶を零した張本人である彰はもちろん、祥吾も身動き一つせず、呆然と虚空を見つめている。
「マジなの、兄貴?」
しばらくして、祥吾が誠一に問いかける。
緑茶を限界まで吸収し、すっかり薄緑色に染まった台ふきを、雑巾のようにシンクで絞っている誠一は、今日の天気でも教えるような口吻で、「うん。今日、葵の生命維持装置止めたんだ」と答えた。
「なんでそんな大事なこと、僕たちに言ってくれなかったんですか!?」
「そうだよ! 葵は俺たちにとっても大事な友達だったのに……」
祥吾と彰が抗議の声を矢継ぎ早に誠一に浴びせる。
誠一はその声を撥ね退ける言葉を持っておらず、「ごめん」と謝罪するのが精一杯だった。
「……誠一兄さん、ホントになんで俺たちに教えてくれなかったんだよ?」
それまで高ぶらせていた感情を押し込め、改めて祥吾が尋ねる。
誠一は、手にしていた台ふきを力なくシンクに落とし、痛みを堪えるような表情で、それでも笑ってみせつつ答える。
「ごめんな……。俺、祥ちゃんと彰に見せたくなかったんだ。兄貴の情けない姿なんてさ」
「色々と抱え込み過ぎなんですよ、誠一兄さんは」
深夜。祥吾、彰、恭子の三人の姿はリビングにあった。
「たくさん抱え込んでるくせに、それを僕たちにちっとも見せようとしてくれないんです。笑って背中の後ろに隠して……。水臭いったらないですよ。そう思いません!?」
「……恭子さん、彰のお茶にアルコール入れた?」
いつになく多弁な弟を目の当たりにした祥吾が、疑念を恭子に向ける。
恭子は憮然とした表情で、「今日はやってないわよ」と答えた。たまにやってるのか、という新たな疑惑が祥吾の心に渦巻くが、その点について今はあまり掘り下げないことにした。
「誠一、もう寝てた?」
「はい。先ほど部屋を覗いてみたら、ベッドの中で夢の住人になってましたよ。疲れてたみたいで、熟睡してました」
彰が答える。恭子はそれを聞き、深く溜息をついた。
「誠一だけじゃなくて、祥吾も、彰もだけど……あなたたちはもっと子供らしく生きてもいいはずなのに、うちの一族は私たち大人が駄目なのばっかだから、あなたたちに負担をかけちゃってるのよね。ごめんね」
「そんなこと言わないで下さいよ、母さん」
「謝らないでよ、恭子さん。俺たち、恭子さんにすっげぇ感謝してるんだから。ここでこうやって生活できてるの、恭子さんが頑張ってくれてるお蔭なんだし」
「祥吾……彰……」
「あー!! 三人で何話してんの!? また野乃を仲間外れにする気!?」
三人の間に流れる穏やかな雰囲気を粉砕する声がリビングに響き渡る。三人は新たな来訪者――野乃の姿に、一様に疲れた表情を浮かべる。
「別に野乃ちゃんを仲間はずれにしたりなんてしないわよ。こっちにいらっしゃい。今、野乃ちゃんのお茶を用意するから」
そう言って席を外す恭子。野乃はすかさず空いた席を奪い取り、祥吾の隣の席をゲットする。
「にしても、結局彰そっくりな女はなんだったんだろうな?」
野乃の前で誠一を話題にし続けるのは良くないだろうと考えたらしい祥吾が話題を変える。
「本当ですよ……。あまりにそっくり過ぎて驚きました」
「うーん、彰に恨みを持つ魂とか?」
「そりゃ確かにトコヨノ国の魂からなら恨みは散々買ってると思いますけど、だからって、僕そっくりの姿である理由にはなりませんよ。意味が分からないし」
「だよなぁ。それに、彰の能力は防御メインだから、恨みならむしろ俺や兄貴、野乃だって彰以上だろうし」
三人で話し合ってみたところで結論が出るわけもなく、結局三人揃って「うーん……」と唸ることしかできない。
「なぁに、彰そっくりな女の子の話?」
キッチンから戻ってきた恭子が、野乃にお茶を差し出しながら尋ねる。
「ええ。母さん、何か心当たりありませんか?」
「心当たりと言われてもねぇ。そりゃ、次に産むなら女の子がいいとか思ったことはあるけど……」
全く参考になりそうにない意見しか出ず、彰は思わず嘆息した。
「なんで僕そっくりなんだよ、あの人……」
「……もしもし、綾ちゃん? ごめんね、こんな夜遅くに。……うん、大丈夫。ごめんね、連れまわした挙句、心配までかけて。……うん、……うん、…………うん、ありがとう。今度、お礼するから。……いいって、遠慮しないで。綾ちゃんのお願い、何でも聞くから。……うん、ホント。だから、何がいいか考えておいてね。…………うん、ありがとう、綾ちゃん。じゃあ、おやすみ」