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長い日曜日

2-17


『あの子もお前も、ぞっとするくらいに綺麗な顔をしているね』

 彰を見て、彼にそっくりだという女性と会った時のことを思い出したのか、老婆が懐かしそうに呟く。

「他には何か言っていませんでしたか?」

『他に、ねぇ……。何を言っていたかしら……ああ、そういえば、なんだか現世に生きる人間を随分憎んでるようだったわね』

「人間を憎んでる……」

 彰は老婆の言葉を反芻し、眉を顰める。

「誰かに殺された魂なのかな? でも、それだと彰そっくりな理由が分かんないか」

 後頭部を乱暴に掻きながら祥吾が言う。

「やっぱりそこだよね。なんで彰くんにそっくりなのかな?」

「僕に恨みを持つ魂の仕業、という線が今のところ有力でしょうか」

「でも恨みなら、トコヨノ国経験からいって、兄貴の方が買ってると思うけど」

 議論が行き詰まり、琉奈、祥吾、彰の三人は互いに顔を見合わせ、うーん、と唸る。

『……良ければ、その女と会ったところまで案内してあげようか?』

 三人の輪に加われず、無言で立ち尽くしていた老婆が助け舟を出す。

「! ホントですか?」

『さすがに会えはしないだろうけど。ここから少し歩いたところよ』

「そう言って、俺たちを罠に嵌めようってんじゃないだろうな?」

 鋭い眼光を向けてくる祥吾に、老婆は呆れ顔で『今戦っても勝ち目がないことくらい、老いぼれでも分かるよ』と言い捨てる。

『ほら、こっちよ』

 老婆の先導で森の中を歩き始める琉奈たち。

 その時だった。

『――あ?』

 突然、周囲の木もろとも、老婆の体が腰から真っ二つに分断された。

 あまりに唐突な出来事に、後ろを歩いていた三人は茫然と、倒れ行く木々と老婆を見つめることしかできなかった。

 霧散し、形を失っていく老婆の魂。

 その向こうに佇む一人の女性。

 槍を持ち、不敵な笑みを浮かべる彼女の顔を見た彰が呟いた。

「――僕?」

 刹那、森林から眩い光が放たれた。




 細田葵の父親が来るまでの間、久留井誠一は眠っている葵に付き添っていた。

 時折、葵の母親と話し、葵の頬や額を、繊細な硝子細工にでも触れるようにそっと撫でた。

 葵を見つめる誠一の瞳は様々な感情を帯びていた。

 彼女に対する慈愛。助けられなかったという後悔。これからやってくる永遠の別れに対する悲しみ。彼女をこんな姿にした魂への、己への憤怒。

 松下綾は病室の片隅で、そんな誠一の姿に胸を詰まらせることしかできなかった。


「ごめんね。こんなことに付き合わせちゃって」

 帰路をひた走る電車内。誠一は綾にそう切り出した。

「怖かったんだ」

「怖いって、何がですか?」

「何もかもが」

 そう答え、誠一は深く息を吐き出した。

「何回も思った。葵があんなことになった本当の理由をあいつの両親に話そうって。本当は転んで頭を打ったんじゃなくて、トコヨノ国の魂にあいつの魂を取られたんだって。けど、信じてもらえるか分からないし、信じてもらえたとしても、次に責められるのは俺だ。俺がしっかりしてりゃ葵はあんなことにならなかったのにって、きっとあの人たちに責められる。それが怖かった。だから、あの時綾ちゃんを止めたんだ。

 あいつと二度と会えなくなるのも怖かった。今日起こる何もかもが怖かった。こんな兄貴の姿、祥ちゃんや彰にはみせたくなくて、強がって一人で駅まで来たけど、すごく不安だった。だから、駅で綾ちゃんを見かけて、付いて来てくれるって言ってくれた時、すごくホッとしたよ。もし、恐怖と不安のあまり倒れそうになっても、寄りかかる場所ができたって。

 本当にごめんね。今日一日、俺の事情に巻き込んで。こんなダメダメな先輩で」

 俯く誠一。綾はそんな彼に明るく微笑みかける。

「……先輩はダメダメなんかじゃないです。それに、もしダメダメだとしても、そんな先輩のことも久留井くんや彰くんは好きだと思いますよ。だって、先輩たち三人って、たまにこっちが嫉妬しちゃうくらい仲良しですもん」

「だったら嬉しいなぁ。ありがと、綾ちゃん。……ごめん、ちょっと寝てもいい? 安心したら、急に眠気が……」

「いいですよ。地元に着いたら起こしてあげますから」




「おかえり。収穫はあったの?」

 現世に戻ってきた飛鳥川琉奈、久留井祥吾、久留井彰の三人に、一人カラオケボックスの中で留守番していた佐虎野乃が声をかける。

 待っている間、野乃は歌っていなかったようで、正面の大きなモニタには人気アーティストのプロモーション映像が流れている。

「……いた」

「? 何が?」

「僕が」

 目を見開いたまま答える彰。野乃は溜息混じりに「そりゃあんたは今いるわよ」と冷静にツッ込む。

「じゃなくて。彰そっくりの女がいたんだよ」

「! 会ったの!?」

 足らなかった言葉を補った祥吾の説明に、野乃は思わず飛び上がる。

「会ったっつーか、見ただけ。俺たちが会いにいったおばさんの魂散らして、少しだけ俺たちを見てた。で、気付いたら戻ってきてた」

「ホントに彰くんそっくりだったね。びっくりした」

 しみじみと語る琉奈に、祥吾が頷いて同意する。

 唯一その女性を見れなかった野乃が「野乃も見たかったのに!」などと喚く中、彰が小さくひとりごちる。

「あの女、一体何者なんだ……?」




 携帯電話のボタンを操作する指を止める綾。

 隣で眠る誠一の頭が肩に凭れ掛かってきたのだ。

 綾は誠一が熟睡しているのを確認し、そっと頭を彼のそれに寄せてみる。

 小さき、力なく開かれている薄い唇から零れる寝息に、綾の心拍数が急上昇する。

 が、それはすぐに急降下することになる。

「……ん、葵……」

 眼前の唇が紡ぎ出した寝言に、綾は体を強張らせる。

 再び携帯電話を操作し出した綾。

 その唇はきつく噛み締められていた。

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