閉口
2-15
「はい、綾ちゃんの」
誠一が差し出した切符を受け取る綾。
切符には見慣れぬ地名と、四桁を超える金額が書かれていた。
「誠一先輩、ここ、どこなんですか……?」
「うちの本家がある所」
「本家って、この前アスカと一緒に行ったっていう?」
「うん。でも、今日は本家には用はないんだ」
色々突っ込みたいトコあるだろうけど、まずは聞いててね、と野乃に前置きし、祥吾が説明し始める。
「アスカさんは幼い頃からよくトコヨノ国に引きずり込まれてたんだ。原因は彼女の実の父親の魂。父親はアスカさんのことを憎んでいたから、トコヨノ国に引きずり込んで、殺そうとしてたわけ。でも、いつも実の母親の魂がそれを阻止して、彼女を現世に戻してあげてたから無事だった。
少し前、俺たちがアスカさんの両親の魂を散らしたんだけど、その時に両親の魂がアスカさんに降り注いだんだ。その後、彼女はトコヨノ国への転移能力――巫女の力を得てしまった。俺たちは、それが彼女に降り注いだ両親の魂が悪さでもしてるのかなって思ってた。
でも、そうじゃない。多分、アスカさんの両親の魂は自ら進んでアスカさんの魂の中に取り込まれ、彼女の魂の力をより強いものにしてるんだよ。そして、長い間トコヨノ国に引き込まれてたことによる親和性が相まって、巫女の力を得て、更にトコヨノ国においても強力な魂の力を使って、空間を変化させることができるようになった。多分、そういうこと」
「なるほど……。それなら辻褄が合いますね」
右手の指先で顎を摩りながら彰が言う。
「つまり、実の両親の魂の、おかげって言えばいいのか所為って言えばいいのか分かんないけど、あたしは普通じゃない力を持っちゃったってこと?」
琉奈の台詞に祥吾が深々と頷く。
「そういうこと。単純な魂の力の強さだけで言えば、俺たちより上だと思うよ」
「信じられない……。そんなの野乃、聞いたことないよ!?」
困惑する野乃に、「俺だって聞いたことないけどさ」と祥吾は肩を竦める。
「でも、それ以外にアスカさんの身に起こったことを説明しようがないし」
「あたしの、本当の親の魂が……」
祥吾の推論についてそれぞれ沈黙し、頭の中で思案を巡らせている琉奈、祥吾、野乃に、彰が「あの、ちょっといいですか?」と切り出した。
「別件について、皆さんに相談と言うか、お願いしたいことがあるんですが」
二つ並んだ空席を見つけ、久留井誠一と松下綾はそこに腰を下ろした。
一度、大きく体を揺らした車両は次第にスピードを上げ、駅のホームを走り去っていく。
「途中の乗り換えとかは俺が言うから」
そう言ったきり、いつもはお喋りな誠一は黙り込んでしまった。
綾もまた、口を閉ざすしかなかった。
本当は訊きたいことがたくさんある。
本家ではない、どこへ行くのか?
何をしに行くのか?
どうして自分を連れて行くのか?
何故、祥吾でも彰でもなく、自分なのか?
しかし、綾は訊くことができなかった。
小刻みに震える誠一の拳を見てしまったから。
街の風景でも、自分でもない、別の何かを常に見つめている誠一の瞳に気付いてしまったから。
飛鳥川琉奈、久留井祥吾、久留井彰、そして佐虎野乃の四人の姿は、複合型アミューズメントパークの一角にあるカラオケボックスの中にあった。
彼らがこの場所に移動したきっかけは、
「本家からトコヨノ国に行った時に会った老婆の魂と、もう一度話がしたい」
という彰の申し出だった。
「ずっと気になってるんです。僕にそっくりな女というのが」
彰の吐露した言葉に、琉奈と祥吾は「あ……」と小さく零す。
一方、またしても事情を知らない野乃は「女って?」と首を捻る。
「前にトコヨノ国で彰が会った老婆の魂が、彰そっくりな女と話したことがあるって言ったんだy」
「彰にそっくりって、彰、お姉さんか妹いたの?」
「いませんよ。母さんにも確認しましたし。だから気になってるんです。真相を知るには、もう一度あの老婆に話を聞いてみる必要があります。そのために、アスカ先輩の力をお借りしたいんです」
「あたしの力……って、あ」
彰が言わんとしていることに思い当たったらしい琉奈に、彰は頷き、告げる。
「先輩の巫女の能力で、僕をもう一度あの老婆がいる空間に連れて行って欲しいんです」
彰と、彼の願いを聞き入れた琉奈、そして同伴を申し出た祥吾と野乃の四人がわざわざカラオケボックスにやって来たのには理由がある。
琉奈の部屋でトコヨノ国への移動を行った場合、彼女の親が部屋にやって来て、彼らの以上に気付いてしまう可能性があるからだ。
その点、カラオケボックスなら、他者に邪魔される可能性は低くなる。
とはいえ、店員などが入ってくる可能性もゼロではないので、
「野乃はこっちに残って見張ってて」
と命令してきた祥吾に、野乃は「はぁ!?」と眉間に深く皺を刻んだ。
「何よ、野乃だけ仲間外れ!?」
「じゃなくて。何かあると困るから。……お願い」
手を合わせ、困ったような表情を浮かべながら小首を傾げる祥吾。
可愛らしい仕草で惚れた弱みに付け込まれた野乃は、頬を紅潮させつつ、「し、仕方ないなぁ」と了承する。
その姿に、彰は「祥吾兄さん、策士だな」と呟いた。
電車とバスを乗り継ぎ、松下綾が久留井誠一に連れられてやって来たのは、とある大学病院だった。
「大きな病院ですね」
「そだね」
気のない返事をする誠一。彼は慣れた足取りでエントランスをくぐり、多数の受付が並ぶ通路を通り、長椅子が大きく佇む待合所の前を通り過ぎ、エレベーターホールに到着する。
三機あるエレベーターのうち二機は上昇中で、一機は下降している。
「知り合いの人が入院してるんですか?」
「うん。五階で入院してるんだ。三年くらい」
数を減らし続ける階数表示を見上げながら、誠一が答える。
「誰なんですか?」
「幼馴染だよ」
6……5……4……
「女の子、ですか?」
「うん。同い年」
「お見舞いですか?」
「ううん」
3……2……1
「殺しに行くんだ」