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三人目

1-4


「アスカ……おはよ……」

 翌日。

 登下校に使っている自転車を駐輪スペースに置き、鍵を掛けていた飛鳥川琉奈の背中に、元気のない声がかけられた。

 琉奈は振り返り、声の主の姿を見て絶句した。

 そこにいるのは、生気をすっかり失い、目の下ははっきりとした隈まで作っている松下綾だった。

「ど……どうしたの、綾!?」

「後で説明するよ……。一緒に教室行こ」

「う、うん……」

 琉奈は負のオーラを漂わせている綾と共に、自転車の籠に入れていた鞄を肩に掛け、校舎へと歩を進める。

 昇降口へ向かう途中、突然二人の鼓膜を劈かんばかりの歓声が下駄箱の方から聞こえてきた。

「な、何!?」

「特ダネの匂いがする! 行ってみよ、アスカ!」

 先ほどまで、世界中の不幸を背負ったかのような顔をしていたのが嘘のように元気を取り戻し、テンションのギアを一気にトップに入れた綾に引きずられ、琉奈も歓声の中心へと向かう。

「……あっ、アスカ! 見てみ!」

「わっ……!」

 足を止め、何かに見惚れている女子の波を掻き分けた先にいたのは、靴から上履きに履き替え、廊下を歩く三人の男子生徒たち。

 そのうち二人の顔に、琉奈も綾も見覚えがあった。

「あ、琉奈ちゃん、綾ちゃん。おはよ!」

 三人のうちの一人が琉奈と綾に気づき、暢気に手を振ってきた。

 周囲の視線が一気に琉奈と綾に集中する。

 二人はいたたまれず、とりあえず声をかけてきた男子生徒――久留井誠一に小さく手を振り返す。

 誠一の隣に佇む男子生徒――弟の久留井祥吾は手を額に当て、呆れ果てた様子で頭を振る。

「? どうしたの? 元気ないよ、二人とも。特に綾ちゃんは隈すごいし」

 周囲の様子が目に入っていないらしい誠一は二人の下へ歩み寄り、心配そうに尋ねる。

「大丈夫です、ちょっと寝不足なだけで……」

「だめだよ、ちゃんと寝ないと! 女の子はいつも元気じゃないと!」

 にこりと優しげに微笑む誠一。それを見た綾は――何故か周りの女子まで――頬を朱色に染める。

「おはよ、飛鳥川さん」

 綾と誠一のやりとりをぼんやり見ていた琉奈に祥吾が声をかける。

「おはよう、久留井くん」

「ごめんね。うちの兄貴、考えるよりまず行動しちゃうタイプでさ……」

「ううん、大丈夫。……後ろにいるのは弟くん? 名前は確か……」

「彰だよ。彰、こっちおいで」

 祥吾に呼ばれ、中等部の制服に身を包んでいる男子生徒が琉奈の前にやってきた。

 垂れ目が印象的な、彰と呼ばれた男子生徒は二人の兄同様顔立ちが整っているのだが、彼は特に、神の手で造形されたかのような美しさを持った顔立ちをしている。また、兄たちよりも長身で、手足も長い。

 彰を茫然と見つめるクラスメイトを、祥吾が弟に紹介する。

「彰。彼女は俺と同じクラスの飛鳥川琉奈さん」

「は……初めまして。飛鳥川琉奈です」

「……ども。久留井彰(くるいあきら)です。名前は母親が付けましたが、由来は分かりません」

 低く小さな声で久留井彰が言う。

 俯きがちの顔に表情はない。何か気に障ることを言ってしまったのかと琉奈は心配になった。

「気にしないでね。こいつ、すんごく人見知りなだけだから」

 琉奈の心に不安が渦巻いたことを察したらしい祥吾がそう言ってフォローする。

「じゃぁ、また後でね」

 祥吾はそう告げ、周りの女子とあれこれ話している誠一と自分の名前についてぼそぼそと何かを呟いている彰を連れ、その場を後にした。

「なんか……一人ずつでも十分目立つのに、三人揃うとすごいね。ただの廊下もレッドカーペットに見えるっていうか。……綾、聞いてる?」

「――え? あ、ごめん。聞いてる聞いてる」

 廊下の向こうに消えていく三人をぼーっと見ていた綾が琉奈の声で我に返る。

 絶対聞いてなかったでしょ、と琉奈は綾を小突く。

「久留井くんの弟、すんごい美形だったね」

「え? そうなの!? 全然見てなかった」

 綾の返答に琉奈は「へ!?」と素っ頓狂な声を上げる。

「イケメンレーダー持ってる綾にしては珍しいね」

「誠一先輩の話が面白くて。そっちほとんど見てなかったよ」

「そっか。ってか、誠一先輩って……」

「あ、話の途中でね。先輩、あたしらのこと名前で呼んでるでしょ?だから、自分のことも名前でいいよって。さすがに先輩をくん付けで呼べないから、名前プラス先輩ってことに落ち着いたの」

「なるほどね。そういえば、初めて会った時から名前で呼ばれてたっけ」

 綾に指摘され、琉奈は自分が誠一に名前で呼ばれていることを初めて自覚する。

 それくらい、彼に名前で呼ばれることに違和感を覚えなかった。

 まして琉奈は親しい友人である綾にすら、名前ではなく苗字から来るあだ名に呼ばせているのに。

「先輩は誰に対しても気さくに名前で呼んだりしてそうだよね」

「だね。ああいうことを自然にできる誠一先輩ってすごいなぁ……」

 ぼんやりと遠くを見つめる綾の瞳には、大きなハートマークが浮かんでいる。

 それを見た琉奈は、また始まった……とぼやいた。




 三時間目。体育。

 今日はバスケットボールの授業。

 男子と女子に分かれ、それぞれ5~6人のチームを作り、短時間の試合を行う。

 琉奈と綾は三人組の女子グループと組むことになった。

 数分の練習時間の後、体育教師が作った対戦表にしたがって試合を進めていく。

「うちらがBチームで、対戦はAチーム……江田さんたちのトコだね」

 貼り出されている対戦表を見た綾が言う。

 対戦相手のチームは、どんな時も同じメンバーで一緒にいる、典型的な女子グループだ。

 特に久留井祥吾に付きまとっているそのグループの中心人物が江田留菜である。

 一年生の時は彼女と別のクラスだったが、彼女とその友人がクラスメイトの女子をいじめ、転校にまで追いやったという噂は知っていた。

 琉奈も綾も正直あまり関わりたくない人物である。

 そして、琉奈が他人に自分のことを「アスカ」と呼ばせている理由も彼女にある。

 同じ「ルナ」の音の名前を持つ者として、一緒にされたくないのだ。

 だから彼女は親しい人には名前の琉奈ではなく、苗字の頭三文字のアスカ、と呼んでもらうことにしている。

 とはいえ、久留井誠一には先に名前で呼ばれてしまったが。

「おーい、女子と男子のそれぞれAとB、試合始めるから集まれー!」

 体育担当の男性教師がボールをドリブルさせながら大声で呼びかける。

 整列のために慌てて駆け出す琉奈と綾。

 ふと視界に入った、男子の試合を行うコートの中に、久留井祥吾の姿があるのが目に留まった。

番外編的短編小説を書いてみました。

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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