矜持
2-12
気が付けば、琉奈たちは進路指導室に戻っていた。
侍たちの魂が倒されたことにより、トコヨノ国から脱出できたらしい。
「守護霊のわりに大したことなかったなぁ。もっと手ごたえがあると思ったのに」
腰に手を当てて呟く野乃。先ほどまでその手が握っていた大鎌は既に消え失せている。
「彼らはただ、子孫を守りたかっただけだったんだよ」
「そうかもしれないけど、野乃や祥吾を殺そうとしたのよ? 攻撃するのは当然でしょ。ああしなくっちゃ野乃たちが殺されてたのよ」
「けど……」
「祥吾は甘いのね。そういうところも大好きだけど」
野乃は組んだ両手を朱の差した自分の頬に寄せ、祥吾の側で囁くが、祥吾は険しい表情を崩さぬまま、野乃を見つめるばかりだ。
「あの……祥吾くん、浩太たちの守護霊は……」
沈黙している祥吾に、琉奈がおずおずと話しかける。
「ああいうのはいないとマズイって、前にテレビか何かで見たことがあるんだけど。浩太、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、アスカさん」
視線を野乃から琉奈に移し、祥吾が答える。
「不測の事態で守護霊が消えてしまうことはたまにあるんだ。その場合、すぐに次来る予定の魂がトコヨノ国から来る。今回もきっとそうなると思うよ」
「……祥吾『くん』?」
野乃が琉奈と祥吾の会話に割って入る。
琉奈を見つめる大きな瞳には、ナイフに似た鋭い光が宿っている。
美しい眼に射抜かれた琉奈は全身を縫いとめられたように動けなくなり、無言で野乃と視線を絡める。
「さっきから気になってたんだけど、なんで平民が祥吾を名前で呼んでるの?」
「俺がそう呼んでって言ったんだ」
抑揚のない声で問い詰める野乃に、祥吾が代わりに答える。
「どうして?」
「別にいいじゃん、友達なんだから」
「友達? 平民風情と?」
「……さっきから聞いてりゃ、平民平民って……」
琉奈の後ろにいる綾が静かに呟く。力のこもっているらしい彼女の両肩は激しく震えていた。
「ちょっと他人と違う力があるからって何なのよ偉っそーに! あんたなんて力がなければちょっと可愛いだけのただの小娘じゃない!」
額に青筋をたて、野乃を指差しながら、綾が怒りを爆発させる。
綾の発言に、野乃も不機嫌そうに眉を顰める。
「小娘……? なんて無礼な奴なの、無力なくせに。あの男たちのように魂の力削がれたいわけ?」
「野乃!」
祥吾が野乃の脅しを制止する。
注意された野乃はばつが悪そうに俯く。
「野乃。せっかく教室まで来てくれたのに悪いけど、先に帰っててもらえる?」
「え? でも野乃は――」
「帰ってて」
野乃は不満げな表情を浮かべつつも、黙って進路指導室を後にした。
従妹の姿が見えなくなったのを確認した祥吾は肩を竦め、
「じゃ、秋川くんたちの様子見に行こっか」
と琉奈と綾に笑顔を向けた。
佐虎野乃から目に見えぬ攻撃を受けた秋川浩太他三名の男子は、琉奈たちが教室に戻って来た時にはすっかり元気を取り戻し、教室掃除に励んでいた。
「浩太! もう大丈夫なの?」
「もうすっかり良くなったよ。五分くらいしたら普通に」
力瘤を作る仕草で元気になったことをアピールする浩太の姿に、琉奈は安堵の表情を浮かべる。
「久留井」
浩太が真剣な面持ちで、琉奈の後ろに立つ祥吾に声をかける。
「ちゃんと説明してくれよな」
「……うん、分かった」
祥吾は真摯な眼差しで浩太に答えた。
掃除が終わり、大半の生徒が部活や帰宅で去っていった二年A組の教室で、久留井祥吾は飛鳥川琉奈、松下綾、秋川浩太の三人に、佐虎野乃について話し始めた。
トコヨノ国の魂に干渉する能力を持つ久留井一族の一人、久留井由香理の娘であり、祥吾たち三兄弟同様、魂を散らす能力を有していること。
その能力を現世で用い、浩太たちの魂の力を削り、一時的に立てなくなるほどまでに消耗させたこと。
能力者ゆえのプライドと、他者に対する強烈な優越感を持っていること。そのため、極端に他者を見下す傾向があること。
そして、由香理同様、祥吾の兄である誠一を嫌っている一方、祥吾のことは好いていること。
これらのことを祥吾は身振り手振りを交えながら説明した。
「久留井くん自身はどうなの? あの子のこと、好きなわけ?」
「恋愛感情はないよ。ただ、従妹だから蔑ろにはできないし」
「そういえば、前に先輩が、親戚じゃなかったら関わらないタイプって言ってた」
「兄貴は特にそうだと思うよ。兄貴も野乃も、お互いに嫌ってるし」
「さっきアスカから、あの子が誠一先輩を嫌ってるのは、あの子の母親と誠一先輩の母親が関係してるって聞いたんだけど、具体的にどういうことなの? なんで先輩のお母さんは嫌われてんの?」
「簡単だよ。兄貴のお母さん――咲良さんが久留井の人間じゃないからだよ」
祥吾が告げたストレート過ぎる理由に、三人は返す言葉を失った。
「俺の母親と、彰の母親の恭子さんは久留井の人間。だから兄貴のように伯母さんや野乃から嫌われてはないんだ。昔から久留井一族は近親婚が多くて。今も、遠縁との結婚が多いとはいえ、その風習は残ってる。きっと俺たちも、久留井の血筋の女性と結婚させられるだろうね。
けど、咲良さんは久留井とは全く無関係の人だった。当時、父と咲良さんの結婚に反対した人間は多かったらしいよ。だから、伯母さんと同じ理由で咲良さんを嫌ってる人は他にもいると思うよ」
「……なんで、それでも二人は結婚したの?」
ぽつりと零した琉奈の問いに、祥吾が答える。
「恭子さんが生前の咲良さんに同じこと訊いたら、咲良さんは「好きになっちゃったから」って答えたんだって。咲良さんらしい、ストレートな答えだったって、恭子さん笑ってたよ」
天気はすっかり回復し、帰路は茜色に染まっている。
前日高校に置いていった時点のペダルをゆっくりと踏んでいる綾が、「ねぇ、アスカ」と声をかける。
「んー?」
「あたし、今の普通の家に生まれてきて良かったわ」
「あたしも。今の普通の家に引き取られて良かったよ」
「ね。自由に恋愛もできないなんて辛いし」
「だね。まして綾は恋愛体質だもんね」
太陽は燃えるような赤をその身に宿している。
コンクリートの山の中に埋もれつつあるそれは大きく、手を伸ばせば届きそうな気さえする。
「ねぇ、アスカ」
「んー?」
「誠一先輩も、一族の人と結婚しちゃうのかなぁ?」
「どうだろ? 先輩はお母さんが一族の人じゃないから、大丈夫じゃないの?」
「でも、久留井くんは俺たちって言ってたし」
「綾、彰くんのこと忘れてるでしょ」
「あ」
「その当たりは分かんないけど……少なくとも、祥吾くんはそうなのかなぁ?」
「どうだろうねぇ?」
女子高生二人の、答えの出ない問答は片方の家に到着するまで続き、その後もなお、彼女たちの胸中で続いた。
番外編的短編小説を書いてみました。
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