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襲来

2-10


 昼休みになっても雨は止まず、琉奈と綾、そして久留井三兄弟は、昼休み中は使用していないという新聞部の部室で昼食をとることにした。

「食堂だと人多いし、俺ら三人が揃うと目立っちゃうみたいだから。でも、ホントに部室使っちゃっていいの?」

 購買で予め購入しておいたパンが入った紙袋を机に置いた久留井誠一が言う。

「全然。他の部は結構部室でお昼食べたりしてますし」

 ちゃっかり誠一の向かいの席を確保しつつ綾が答える。

「確かに、浩太もバスケ部の部室でお昼食べたりしてるし」

「そうなんだ。どこで食べてるんだろうって思ってた」

 琉奈が綾の隣に座り、その向かいの席に祥吾が座りながら話す。

「おおぅ! 祥吾兄さん、今日もまた美味しそうなお弁当ですね!」

 祥吾の隣に座る彰は弁当箱を開け、その彩り鮮やかな中身に目を輝かせる。

「いいなー、俺も購買パンをコンプしたらお弁当作ってもらおっ」

「やだよ、面倒だから。兄貴は恭子さんに造ってもらいなよ」

 顔を顰めた祥吾の提案に、「それはヤダ」と誠一も顔を顰める。

「恭子さんのお弁当、そんなにすごいんですか?」

 琉奈の問いに、三兄弟は揃って頷く。

「昔、タッパーいっぱいのうどんと、水筒いっぱいのビーフシチュー持たされて、うどんにかけて食べろって言われたことがある」

 渋い顔で話す誠一の体験談に、琉奈と綾は何も言えなくなる。

 女子二人の沈黙を重く感じた祥吾の「じゃ、食べよっか」という言葉をきっかけに、口々に「いただきます」と告げ、一同は自分の昼食に口を付け始める。

 その時だった。

「見つけたっ!!」

 突然、ものすごい勢いで部室のドアが開かれたと同時に、女の子の声が飛び込んできた。

 一体何事かとドアへと視線を向けた十個の目に映ったのは、高速で琉奈たちの方に向かってくる、二本の尻尾のようなものが生えた物体。

 それは猛烈な速さで部室内を駆け、祥吾の体に突撃した。

 ようやく動きを止めた物体の正体は、長いツインテールの小柄な少女で、強く祥吾に抱きついている。

「あ……あの……?」

「やっと見つけた! 会いたかったよ、祥吾!」

 祥吾の胸に埋めていた顔を上げ、彼を見上げる少女。

 その顔を見た誠一、祥吾、彰は「はぁ!?」「ええ!?」「なんで!?」と零す。

「やだ、転校生!?」

 思わず叫んだ綾の言葉に、三兄弟は「「「なにぃ!?」」」と同時に声を張る。

「んふふ、びっくりした? 野乃、祥吾に会いたくて、こっちに来ちゃった」

 野乃、と名乗った少女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「彼女は佐虎野乃(さこのの)さん。伯母の由香理さんの娘で、俺たちの従姉妹」

 動揺が落ち着いたらしい祥吾が琉奈と綾に紹介する。が、野乃は祥吾のことしか見ておらず、二人には全く関心がないようだ。

「こんな可愛い親戚がいるなんて、久留井家って美形しか生まれない家系とか?」

 野乃を見つめながら綾が溜息混じりに尋ねる。

 佐虎野乃は身長が一五〇センチあるかないかと小柄だが、顔も小さい。しかし長い睫に縁取られた瞳は大きく、アイラインが引いてあるかのようにぱっちりとしている。ふくよかな唇が印象的な彼女は、可憐という言葉をそのまま人間にしたかのようだ。

「本とは前から転校するって決めてたんだけど、祥吾をびっくりさせたくて、ずっと内緒にしてたんだよ」

 両耳の上で結った、腰の辺りまである長いツインテールを揺らしながら野乃が言う。

 そっぽを向き、野乃から視線を逸らしている誠一はそれを聞き、はん、と鼻で笑う。

 琉奈は野乃という名前と誠一の態度から、久留井本家からの帰りの電車内での会話を思い出していた。

 自己中で、あまり関わりたくないタイプ。祥吾のことが大好きだが、誠一のことは嫌っている。

 今見ている限り、誠一と彰が話していた通りの人物のようだ。

「野乃、こちらは俺のクラスメイトで、飛鳥川琉奈さんと松下綾さん」

 祥吾に女子二人を紹介され、ようやく野乃は琉奈たちを見るが、その宝玉のように美しい瞳は冷たく、彼女たちに興味がないのは明らかだった。

「なんでこんな平民が祥吾と同じクラスで、野乃は違うクラスなの?」

 愛らしい唇が零した「平民」という言葉に、琉奈と綾は絶句する。

「学年が違うからに決まってんだろ。小学生でも分かるぞ、んなこと」

「うるさい、誠一」

「年上を呼び捨てにしてんじゃねぇよ、ガキが」

 誠一と野乃の刺々しい言葉の応酬に、久留井家の人間ではない琉奈と綾は口を挟むことができず、沈黙する。

「二人とも落ち着いて」

 琉奈と綾の戸惑いを察し、祥吾が慌てて誠一と野乃の仲裁に入る。

 誠一は苛立った感情を剥き出しにした顔のまま、荒々しく立ち上がる。

「どこに行くんですが、誠一兄さん?」

「教室に戻る。こいつが一緒じゃどんな飯も不味くなるから」

 そう言い捨て、誠一は新聞部の部室を出て行ってしまった。

 普段と全く違う誠一の態度に、琉奈と綾は――特に綾は茫然とし、ただ誠一を見送ることしかできなかった。

「短気な男ね。品もないし。同じ久留井の人間として恥ずかしいわ」

「野乃。それ以上兄貴のこと悪く言ったら、今度は俺が怒るから」

「! ごめんね、祥吾。もう誠一のことなんて何も言ったりしないから許して」

 野乃は科を作り、祥吾に許しを請う。

 祥吾は答えず、ただ深い溜息をつくばかりだ。

「あの……あたしたちも邪魔だったら教室に……」

「! だめ、ここにいて!」「すぐ教室に戻って頂戴」「できればこのままいて下さい、先輩!」

 すっかり居心地が悪くなってしまった琉奈の発言に、祥吾、野乃、彰が一斉に食いつく。

 どう対応すればいいのか分からなくなり、たじろぐ琉奈に祥吾が、

「アスカさん、お願いだからここにいて」

 と、捨て犬のような瞳で懇願する。

 琉奈と綾は見つめ合い、このまま部室に残ることに無言で決めた。




 結局、その後も終始祥吾に引っ付く野乃の姿を見せられ、琉奈、綾、彰はほぼ無言で昼食を済ませた。

 やや疲れた面持ちで先に教室へと戻った琉奈と綾の携帯が同時に鳴り出した。

 二人が携帯電話のディスプレイを確認すると、誠一からのメールが届いていた。

 開いたメールに書かれていたのは、途中で部室から出て行ってしまったことに対する謝罪と、その後を心配する文章だった。

「あんな態度取られたら、誰だって出て行くよ。ね、アスカ?」

 綾の問いかけに琉奈が深々と頷く。

 佐虎野乃の態度は彼女の母親を彷彿とさせた。

 三兄弟の伯母である、久留井由香理。

 彼女は誠一に対して常に冷たく対応しており、その光景は琉奈も綾も目の当たりにしている。

 そして、野乃の誠一に対する態度は由香理のそれと全く同様であり、年上に対する敬意の欠片もなかった。

 彼女の態度には、琉奈も綾も傍らで見ていて気分が悪くなった。

「いつもにこにこ笑顔で優しい誠一先輩があんなにキレるってことは、あの子よっぽど酷い性格してんだろうね。ああもう、アイドルみたいとかはしゃいでた朝の自分を殴りたいよ!」

「あの子や伯母さんの先輩嫌いは、先輩のお母さんと関係あるらしいけど、見てて気分いいもんじゃないね」

「ホントだよ! 誠一先輩、可哀想だよ……」

「……心配かけてごめんね、アスカさん、松下さん」

 遅れて教室に戻ってきた祥吾が、琉奈と綾に開口一番謝った。

「! 祥吾くん、大丈夫だった?」

「なんとかね。無理やり一年の教室に置いてきた」

 心配する琉奈に祥吾が苦笑しつつ答える。

「まさかあいつがこっちに来るなんて……。先が思いやられるよ」

番外編的短編小説を書いてみました。

浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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