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不平穏

2-8


「琉ー奈ー!」

 翌日。月曜日。

 教室に入るなり、友人の松下綾が琉奈に詰め寄ってきた。その顔は怒りで満ち溢れている。

 綾の怒りを買った覚えのない琉奈は困惑しつつ、「落ち着いて、綾」と友人を宥める。

「ごめん、なんでそんなに怒ってるのか全然分かんないんだけど……」

「昨日! 誠一先輩と出かけたんだって!?」

「え? あ……うん。調べものしに一緒に」

「あたしが誠一先輩のこと好きだって知っててなんでそんなことすんの!? 酷くない!? 二人で出かけるなんて、それでも友達なの!?」

「二人って、違うから! 彰くんも一緒だったから!!」

 綾の怒りの炎を鎮火すべく、早口でまくし立てる琉奈。

 琉奈の弁明に綾は目を点にする。

「……二人きりじゃなかったの?」

「違う違う! あたしと先輩と彰くんの三人!」

「……ホントに?」

「先輩か彰くんか、なんなら祥吾くんに確認取ってくれていいよ。マジで先輩と二人きりじゃないから」

 力説する琉奈に綾もようやく納得し、「それならいいけど」と胸を撫で下ろす。

「二人きりだったらちゃんと綾に言うよ」

「そっか。でも三人でも誠一先輩とあたし抜きで出かける時は教えてよね。抜け駆けされちゃたまんないし」

「抜け駆けって……。友達が好きな人を好きになったりしないよ」

 苦笑している琉奈の言葉を綾は「甘い!」という力強い一言で一蹴する。

「恋ってのはね、相手がどんな人だろうと、気付いたら落ちちゃってるもんなの。例え相手が身分の差がある人だろうと、テレビの向こうでしか会えないアイドルだろうと、友達との好きな人だろうとね」

「そういうもんなの?」

「そういうもんなの!」

 琉奈は「ふぅん」と、納得している成分と納得していない成分を半分ずつ含んだ呟きを漏らした。

「ずい分賑やかだね、二人とも」

 遅れて登校してきた祥吾が琉奈と綾に声をかける。

「あ、おはよう、久留井くん」

「おはよう。ごめんね、うるさくて」

「おはよ。いいんじゃないかな、二人ともいつも明るくて」

 微笑みかける祥吾。その瞬間、星のように瞬く光が無数に飛び散ったように琉奈と綾の目に映った。

 何故か照れてしまった二人は「あ、ありがとう」と口ごもりつつ言う。

「なぁに朝から殺し文句炸裂させてんだよ、久留井」

 三人の会話に新たな声が割って入る。

 声の主は、朝の部活を終えたばかりの秋川浩太だ。

 浩太に睨まれた祥吾は肩を竦める。

「殺し文句って……。俺は思ったことをそのまま言っただけなんだけど?」

「それがダメなんだよ。久留井はただでさえ顔で得してんだから、せめて言うことはもっと気ィ遣ってくれよ。俺に不利じゃんか」

 褒められているのか貶されているのか判然としない浩太の台詞に、祥吾が苦笑する。

「不利って何なの、浩太?」

 顔を覗き込みながら尋ねてくる幼馴染に、浩太はやや顔を紅潮させつつ「何でもないっ」とそっぽを向く。

 さっぱり事情が分かっていない様子の琉奈に、祥吾と綾は「鈍感さもここまでくると清々しいな」と内心呟く。

 祥吾と浩太は以前、琉奈のトコヨノ国関連の件を解決する際に協力し合い、浩太は祥吾を敵視するのをやめていたのだが、事件以降、琉奈が祥吾のことを名前で呼ぶようになってから、再び祥吾を勝手にライバル扱いするようになった。

 とはいえ、祥吾はほとんど相手にしていないが。

「あ、久留井くん。今日の放課後、お願いね」

「あー……あれかぁ。うん、こっちこそよろしく」

「放課後って何?」

 小首を傾げる琉奈に、綾は不敵な笑みを浮かべる。

「校内新聞の特別企画で、学内のプリンス&プリンセスを決めようっていうのが持ち上がったの! 新聞部が周囲の意見プラス独断と偏見込み込みで、中等部と高等部から合わせて、男女それぞれ六人候補に出して、メールで投票してもらって一位を決めようっていう。で、候補者には事前の新聞に載せるインタビューをお願いすることになってて、それが今日なの」

「へぇ、そんなことしてたんだ、新聞部。ていうか、祥吾くん選ばれたんだね」

「うん。正直、こういうのはちょっと苦手なんだけど」

「そうなの? 同じように選ばれた誠一先輩は結構ノリノリで、さっきも「インタビューではよろしくね」ってメールが来てたけど」

 綾の言葉に琉奈と祥吾は顔を見合せ、思わず吹き出してしまう。

 その横で浩太が嫉妬の炎を燃え盛らせているが、二人は全く気付いていない。

「ちなみに、中等部から彰くんも選ばれてるの。インタビューのお願いしに行った時に超渋い顔されたけど」

「彰くんの渋い顔……」

「めっちゃ顔に皺寄ってそうだね、あいつ」

 彰の超渋い顔を想像し、今度はお腹を抱えて笑い出す琉奈と祥吾。

 その様子を涙目でじっと見つめる浩太の姿に、綾はもらい泣きしそうになってしまった。




「なぁんだ、じゃあ結局俺たち三人とも選ばれてんだ」

 昼休み。低く雲が垂れ込める灰色の空に、久留井誠一のつまらなそうな呟きが響いた。

 ここ最近、誠一、祥吾、彰の三兄弟は琉奈、綾と共に屋上で昼食をとっている。

 青空の下で食事をするのが思いのほか気持ち良かったのと、食堂は人が多く、落ち着いて食事ができない、というのがその理由なのだが、今日は朝から太陽が分厚い雲に邪魔されて顔が出せない、生憎の空模様となっている。

「せっかく祥ちゃんと彰に自慢しようと思ってたのに」

 不満げに呟きつつ、誠一はナポリタンとカルボナーラを挟んだ、パスタミックスドックを頬張る。

「残念だったねぇ、兄貴」

「すみません、僕もハンサム認定されてしまいまして」

 弁当に箸をつけつつ、全く悪びれることなく謝る祥吾と彰。

 誠一はそんな弟たちを見て、フン、と鼻を鳴らす。

「先輩はもちろんですけど、祥吾くんも彰くんも選ばれないわけないじゃないですか。みんなカッコイイんですから」

「それはそうかもしれないけどさぁ。つまんないじゃん、三人とも選ばれるなんて」

「でも、決戦はこれからですから! きっと誠一先輩が一番ですよ!」

 拳を握り、力説する綾。

 その言葉に、荒々しくパンに歯を立てた誠一の目が不敵に歪む。

「にしても、新聞部も頑張るよね。準備とか大変なんじゃない?」

「大変は大変ですけど、部としては楽しい話題を提供して、学校を盛り上げていきたいんです。あ、そうそう。これも新聞部情報なんですけど、明日、高等部の一年A組に転校生が来るらしいですよ」

「転校生? また来るんだ。でも、一年生じゃ誰も一緒じゃないね」

 高等部二年A組の琉奈の言葉に、同じクラスの綾と祥吾、三年B組の誠一、中等部の三年A組の彰がそれぞれ頷く。

「でも、もうクラスまで分かるんだ。新聞部の情報って早いね」

「それもあるけど、うちの学校って試験結果でクラスが決まるから、すぐ分かるんだよね」

 綾の説明を聞き、祥吾と誠一は「そうなの!?」と目を丸くする。一方、彰は知っていたようで、驚いている兄たちを見て嘆息する。

「てっきりランダムにクラス分けされてるんだって思ってた」

「クラスは全学年試験結果で決まるんです。誠一先輩たちは多分、編入試験の結果ですね」

「なるほど、そんで俺はB組で……」

 そこまで口にしたところで何かに気付いたらしい誠一は、一瞬目を大きく見開いたかと思うと、急に表情を曇らせ、肩を落とした。

「気に病むことはないですよ、誠一兄さん」

「そうだよ、兄貴。一人だけB組でもいいじゃん」

 誠一が落ち込んだ理由――自分以外全員A組――に気付いた祥吾と彰が兄の方を優しく叩く。

 慰められてしまった誠一は、「どぉせ俺はB組だよ。つーか、B級品なんだよ」といじける。

「て、転校生は男子なの? それとも女子?」

「女子らしいって話だよ」

 慌てて話題を変えた琉奈に綾が答える。

「まぁ、どんな子が来ようと、あたしたちには関係な……あ」

 話している途中、綾がおもむろに視線を天へと持ち上げる。

 琉奈たちもつられて空を見上げた。

「!」

 琉奈の額に一粒の水滴が降ってきた。雨だ。

 そうこうしているうちに空は本格的に泣き出し、涙の量を次第に増やしていく。

 五人は急いで広げていた昼食を片付け、屋上から退散する。

 今日雨が降るなんて、天気予報で言ってなかったのに、

 屋上から走り出しながら、琉奈は胸中でひとりごちた。

番外編的短編小説を書いてみました。

浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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