深縁
2-7
「巫女になったらどうすればいいんでしょう?」
帰りの電車内。
行きに比べて人の少ない車内で琉奈がぽつりと呟いた。
琉奈自身はあまり実感は湧かないが、それでも自分が他人と違う能力を得てしまったのは事実だ。
果たしてこれから自分はどうしていくべきなのか、この能力とどう付き合っていけばいいのか、まだ掴めずにいた。
「無理にその力をどうこする必要はないと思うよ」
隣に座る誠一が優しく語りかける。
「琉奈ちゃんはやっとトコヨノ国から解放されたばっかだったんだから、無理してまたトコヨノ国に関わる必要なんてない。琉奈ちゃんは久留井の人間じゃないわけだし」
「それはそうですけど……」
「今日行ってみて分かったと思うけど、うちの一族って結構閉鎖的だから、琉奈ちゃんが巫女の力を得たからってみんながみんな歓迎するとは思えないしさ」
苦々しく、吐き捨てるように言う誠一。
彼の横に座る彰は、現実から視線を逸らすように目を伏せている。
誠一の言う通りなのかもしれない。
今日、久留井家であったことを思い返し、琉奈は胸中でひとりごちた。
大きな屋敷も、中にいる人々も、琉奈の日常とは違う、異質な世界に住んでいた。
もし今後、自分が巫女として能力を役立てていくならば、本家の人々とも関わることになるだろう。
それは自分にとっていいことではないような気がした。
けれど、もし自在にトコヨノ国へ行けるようになれば、誠一たちの力になれるかもしれない。
トコヨノ国という、異世界で戦う彼らの力に、自分が――。
琉奈、誠一、彰の三人を雨雲のように重く垂れ込めた空気が包む。
それを打ち破ったのは、突然鳴り出した電子音だった。
流れるメロディは『津軽海峡冬景色』。
レトロな着信メロディを奏でる携帯電話の持ち主は、彰。
「なんでその曲だよ。つーか、マナーモードにしとかなきゃダメだろ」
誠一に注意され、「すみません」と殊勝に謝りつつ、彰は鞄の中から携帯電話を取り出す。
「あれ? お前、いつの間にスマホにしたの!?」
演歌を流し続けるスマートフォンを自慢げに掲げ、操作する彰。
「メールか。……げ、野乃さんだ」
げんなりした顔で彰が呟く。
野乃という名前を聞いた誠一もまた、心底嫌そうな表情を浮かべる。
「あの、野乃さんって誰なんですか?」
「……由香理さんの娘」
疲れきった表情で答える誠一。
琉奈はなんとなく誠一が嫌な顔をしている理由を察し、「ああ……」と漏らす。
「由香理さんにそっくりでさぁ。自分は特別だって考えがちで、自己中で。親類じゃなかったら関わりらないタイプだね。関わらなきゃいけないのがホント残念。んでもって、祥ちゃんのことが大好きなの」
「祥吾くんの方はどうなんですか?」
「祥ちゃんも苦手なタイプだと思うけど、邪険にはしてないよ。優しいからね、祥ちゃん。俺だったら蹴飛ばしてやるね。まぁ、俺は嫌われてるからいいんだけどさ。つーか、彰はいつの間にあいつとメアド交換したわけ?」
「交換したわけではないですよ。今日、父さんのところに行ったら鉢合わせして、強制的にメアドを奪取されたんです」
答える彰はきつく顔を顰めていて、眉間にはたくさんの皺が刻まれている。
「そりゃ大変だったなぁ。で、メールには何て?」
「ええっと……要約すると、帰りの挨拶をしなかったことに対するお叱りと、祥吾兄さんを連れてこなかったことに対する文句ですね」
「何様だよ、あいつ」
誠一が言い捨てる。
どうやらよっぽど野乃という女の子を嫌っているようだ。
「何をどう考えたら祥ちゃんが本家に来るって思うのかね?」
「あの人のことだから、自分のためになら来てくれると思ってるんじゃないですか?」
「おめでたい思考回路だな。生きるの楽そうで羨ましいよ」
誠一と彰の辛らつな物言いに、琉奈は珍しいものを見た気分になる。
「……あっ、琉奈ちゃん! 俺たちいつもはこんなこと考えないからね!?」
「そ、そうですよ! 誤解しないで下さいね! 普段は至って善良な一市民なんですよ僕たち! ていうか駅に着きましたよ! ちゃんと送っていきますからね、アスカ先輩!」
恥部を見られたかのように慌てふためく兄弟の姿に、琉奈は思わず苦笑した。
琉奈を自宅へ送り届けた誠一と彰が帰宅したのは、夜九時を回った頃だった。
「お帰り、二人とも」
二人を迎え入れたのは、自宅で休日を過ごしていた次男の祥吾だ。
「今、恭子さんが夕飯の支度してるよ。今日は恭子さんのカレーライスと、俺が作った鶏肉の炒め物だよ」
「ホントですか!? 嬉しいなぁ。僕、ちょっと母さんのところに行ってきますね」
彰は靴を脱ぎ、足早にキッチンへと駆けていく。
「ちゃんと手ェ洗ってうがいしろよー……って聞いてないな、あいつ」
やれやれ、と言わんばかりに誠一は頭をがしがしと掻く。
「ところで祥ちゃん」
「何?」
「俺、カレー大好物」
「? 知ってるけど」
「彰は祥ちゃんが作ったものが好きじゃん」
「まぁ、そうだけど」
「今日の夕飯、祥ちゃんがリクエストしたでしょ?」
「……うん」
祥吾の返答を聞いた誠一は、おもむろに膝で祥吾を蹴った。
「っ! ちょっと、痛いんだけど」
「ばか」
「はぁ!?」
「兄弟に気ィ遣ってんじゃねぇよ」
「――!」
祥吾は目を見開き、不機嫌になった兄を見つめる。
「祥ちゃんは普段から気ィ遣ってんだから。俺らに対してまで遣ってたら気がなくなっちゃうじゃん」
「なくなるって、回数券じゃあるまいし」
「ものの例えだよ、例え! 俺が言いたいのは――」
「……分かってるよ。ありがと、兄貴」
祥吾が柔らかく微笑む。その姿に、誠一は安堵の溜息を零す。
「それと、一応報告。琴子さんも啓太も元気そうだったってさ」
「そっか。なら良かった」
「ん。じゃ、早くリビング行こうぜ。俺、腹減ったわ」
「今日の炒め物、超美味しいよ」
自慢げな祥吾に、「そりゃ楽しみだ」と誠一が笑った。
「母さん」
忙しくキッチンで夕食の準備をしている恭子の背に、彰が声をかける。
「あら、お帰りなさい、彰。今日はカレーよ。そうそう、祥吾ったら酷いの。私が干し柿入れようとしたら全力で止めるの。いい出汁が出て美味しくなると思うのに」
「……それは祥吾兄さんが大正解だと思いますけど。それより、聞きたいことがあるんです」
「何?」
振り返った恭子の目に映ったのは、いつになく真剣な目をした息子の姿。
つられて恭子も真顔になる。
「母さん、僕……女の兄弟っていますか?」
「――」
恭子は彰の問いの真意を掴みかね、小首を傾げる。
「……妹が欲しいの?」
「! ち、違いますよっ!」
顔を真っ赤にして否定する彰を恭子が鼻で笑う。
「そうじゃなくてですね……何て言えばいいんだ、もう」
「何? 向こうで何かあったの?」
「はい……。今日、トコヨノ国に行ったんですけど、そこで会った老婆の魂に言われたんです。僕とそっくりの顔した女と会ったことがあるって」
「……は?」
恭子は首を傾ける角度を深めた。
「言っておくけど、私はトコヨノ国に行ったことないわよ?」
「知ってます。ていうか、そもそも僕はどちらかと言えば父さん似ですし。でも、父さんは男だし。意味分からないんですよ」
「ホント分からないわね……。あまり厄介なことにならなきゃいいけど」
心配する恭子に「そうですね」と答え、彰は嘆息した。
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