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呼謎

2-6


「あなたが巫女になった女の子?」

「は、はい。飛鳥川琉奈と言います」

「私は琴子。久留井琴子よ」

 ワンピースの女性――久留井琴子に微笑みかけられ、琉奈は顔を紅潮させつつしゃちほこばる。

「ごめんなさいね、朱里さん。菊野がお邪魔して。今日は調子がいいって言っておいたのだけど」

「いえ、構いませんよ。……それで、どうですかね? 彼女、巫女ですか?」

 朱里に問われた琴子は琉奈に近づき、彼女の頬に細い指を添える。

 間近の麗人に、琉奈はますます固まってしまう。

 琴子は美しい上に若々しく、とても自分と同じ年の息子がいるようには思えなかった。

「……そうね、この子はおそらく巫女だわ」

 琴子が静かに告げる。

 朱里はそれを聞き、「やっぱり」と頭を振る。

「実際の能力を見せてもらえるとありがたいのだけど。今、彰くんと一緒にちょっと行ってきてもらえるかしら?」

 近所におつかいに行ってきて、とでも言うように話す琴子に、琉奈と彰は思わず「は?」と聞き返す。

「行ってきてって……どうやって帰ってくればいいんですか!?」

「簡単よ。戻ってくるように念じればいいのよ、行くのと同じ要領で。ただ、向かった先にあなた以上の力を持った魂がいた場合、その空間の支配者は魂の方になるから、その時は彰くんに散らしてもらって」

 何か問題でも、と言わんばかりの琴子に琉奈は絶句する。

「朱里さん、誠一兄さんが戻ってくるのを待った方が良くないですか?」

「それが、さっき調べものを手伝わせようと思って電話かけたんだけど、繋がらないのよ、あいつ。多分まだ病院にいるんだと思うんだけど」

 朱里は自分の携帯電話片手に溜息をついた。つられて彰も溜息を漏らす。

「……仕方ありませんね。アスカ先輩、行きましょう。僕が必ず、全てなんとかどうにかこうにかしますから」

 彰から、頼りになるようなならないような後押しを受け、仕方なく頷く琉奈。

 目を閉じ、精神を集中させる。

 彰はその肩に手を掛ける。

 ――行こう。

 あの場所へ。

 魂の世界へ。

 トコヨノ国へ。


 不意に、懐かしい感覚が琉奈の全身を覆う。

 沼の底へ、地の底へ引きずりこまれる感覚。

 トコヨノ国へ向かっている。

 そのことを肌で感じた。


「アスカ先輩」

 己の名を呼ぶ声を知覚し、琉奈は我に返る。

 荘重な和室から一転、琉奈たちの周囲は草木が生い茂り、木漏れ日が燦々と降り注ぐ森林に変わっていた。

「ここは……」

「トコヨノ国ですよ。近くに魂がいて、その魂の生前の記憶がこの森を造っているんです」

 彰は淀みなく説明しながら周囲を見回し、この森林を形成している魂を探す。

 と、突然一つの白い光りの塊が、木々の間から琉奈たちの前に飛び出してきた。

 光は輪郭を崩したかと思うと、一人の老年女性の姿に再構築される。

『あなた方はどなた?』

「お邪魔してすみません。僕たち、たまたまここに迷い込んでしまって」

 老婆は『ここはそうそう迷い込むような場所じゃないのだけど』と彰を訝るが、すぐににこりと柔和な笑みを浮かべる。

『まぁいいわ。せっかく来てくれたんだもの』

「あ、あの……ここは?」

『ここはね、私がプロポーズしてもらった場所なのよ。緑がたくさんあって素敵でしょう?』

 少し照れくさそうに話す老婆に、琉奈は自然と微笑んでしまう。

 しかし、その笑みは老婆の次の言葉であっさりと拭われる。

『私が一番って言っていたのに、知らない間に二番に落として。だからこの手で殺してあげたのよ』

「! 先輩!」

 彰が素早く琉奈の前に立ち、光の壁を出現させる。

 刹那、鋭く尖った木の枝が琉奈の体を串刺しにせんと襲い掛かってくるが、全て彰の壁に弾かれる。

 魂の力。トコヨノ国で大きな影響を及ぼす力。

 琉奈の脳裏を、資料で目にした様々な言葉が次々と駆けていく。

 多種多様な空間を造り出す、トコヨノ国の魂。

 自らの魂の力で戦う彰たち。

 ならば、今トコヨノ国にいる自分は。

 自分の魂の力とは――。

『私、聞いたことがあるのよ。生きてる人間の魂を取り込むと、私たちはもっと強くなれるって』

「誰がそんなことを?」

 鋭い声で問う彰を老婆は笑って指差し、言い放つ。

『女さ。お前にそっくりのね』

「何……!?」

 驚きのあまり、思考を停止させてしまった彰。

 その隙を突き、老婆は予め彼らのは語に浮かばせておいた巨木で、二人いっぺんに押しつぶしてしまおうとした。

 が、それは叶わなかった。

 周りの景色が突然薄れ始めたのだ。

 更に、薄れ行く森林に代わり、学校の教室のような風景が滲み出てくる。

「これは……うちの学校……!?」

『何なんだい、これは!? あたしの森が……! ちくしょう!』

 老婆が心底悔しそうに吼えたかと思うと、次の瞬間、

「「――あれ?」」

 琉奈と彰は元の和室に戻っていた。

 どうやら老婆の魂により、強制的に現世に戻されたらしい。

「お帰りなさい」

 茫然と立ち尽くす琉奈と彰に琴子が声をかける。

「? どうしたの、彰? 琉奈ちゃんはともかく、あんたは何回もトコヨノ国に行ってるでしょ? 何驚いてんの?」

「えっと……、後で説明します。それより、琴子さん。どうでしたか?」

 琴子は深く頷き、告げる。

「飛鳥川琉奈さん、貴女はトコヨノ国への転移能力を持った巫女です」

 琉奈は返す言葉が見つからなかった。

 やっぱり、という諦めに似た気持ちと、この先再びトコヨノ国と関わる破目になることへの不安と、他人と違う力を得たというちょっとした優越感とが入り混じり、心の中に巨大な渦ができていた。

 その渦中では、何を言うのが正解なのか分からなかった。




「おっかえりー」

 琴子の部屋から客間に戻った琉奈、彰、朱里を出迎えたのは、いつの間にか屋敷に戻っていた誠一だった。

「誠一兄さん! いつ戻ってたんですか?」

「ついさっき。蔵にいないから客間かと思って来てみても誰もいないから、てっきり俺を置いて帰っちゃったのかと思ったよ」

「遅かったじゃない、誠一」

「すみません。用事済ますついでに墓参りにも行ってきたんで」

「お墓参り……?」

 琉奈はつい訊いてしまってから、悪いことをしたと後悔した。

 けれど、誠一は全く気にする様子はなく、世間話でもするように「母親のね。俺が生まれてすぐに死んじゃったんだけど」と答えた。

「墓の掃除、朱里さんがやってくれてんの? 思いのほか綺麗だったからびっくりしたよ」

「できる時だけ、だけどね」

「そっか。ありがとーございます。で、琉奈ちゃんの方は?」

「はい。あたし、やっぱり巫女っていうのになっちゃったみたいです」

 琉奈の返答に、誠一は困惑と疲労が入り混じった溜息を漏らした。

「マジなんだ?」

「琴子さんに確認してもらって確定。蔵の資料はめぼしいものはなし。こんなとこよ」

「え? 琴子さんに? 大丈夫だったの?」

 心配そうな誠一に、「今日は大丈夫だった」と朱里がウインクする。

「さてと。そろそろ日が暮れるし、今日のところはここまでかな。こっちでもまた詳しく調べてみるから。何か見つけたら連絡するね」

 琉奈は朱里の言葉に「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。

番外編的短編小説を書いてみました。

浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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