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物思い

2-5


 琉奈は朱里に連れられ、屋敷の隣に建っている蔵へとやって来た。

 朱里は慣れた手つきで閂を外し、歴史を感じさせる重厚な木の扉を開く。更に、その向こうにある鋼鉄の扉を、複雑な形をした鍵で開ける。

「ここにトコヨノ国に関する資料が収めてあるの」

 朱里が説明しながらスイッチを入れると、天井に吊るされている電球に明かりが灯り、闇の中に眠っていた資料が姿を現す。

 琉奈はぽかんと口を開け、周囲を見回す。

 広々とした蔵の中に所狭しと棚が並び、その中には本や巻物などが隙間なく積まれている。

「すごく古そうな資料ばっかですね……」

「最近の資料は家にあるんだけど、あたしが知ってる限り、久留井の人間以外に巫女の能力持ってる人っていないから。昔の方から調べた方が早いと思って」

 じゃ、適当に資料漁ってみて、という朱里のアバウトな指示を受け、琉奈は彼女と共に蔵の資料を調べ始める。

 途中で彰も合流し、三人で次々に資料を見ていく。

 古すぎて琉奈や彰では解読できないものを朱里が担当し、それ以外のものを学生コンビが担当する。

 資料にはトコヨノ国に関する様々な記述があった。


 転生の時を待つ、魂の集積場。トコヨノ国。

 常夜であり、常世である場所。

 魂はそこで生前の記憶を濯ぎ、転生に備える。

 しかし、生前の記憶を宿し続ける魂も時に存在する。

 正にしろ負にしろ、強い想いを残して死んだ魂ほど記憶が残りやすい。

 その記憶が、トコヨノ国に新たな場所を創造する。

 魂たちが一番、強烈に記憶している場所がトコヨノ国に造られては消え、造られては消えていく。

 トコヨノ国は魂の力が強く作用する世界。

 魂の力が全て。

 人間の力では干渉できない世界。


 ……でも、久留井くんたちは違うんだ。

 琉奈は資料を読みながら、内心独りごちる。

 誠一、祥吾、彰はトコヨノ国で、己の魂の力を武器の形に具現化し、現世の人間に危害を及ぼす魂と戦う。

 他の人間とは異なる力を持っている。

 昔から、と言っていた。

 幼い頃からずっと、あんなふうに彼らは戦ってきたのか。

 苦しくなかったのだろうか。

 辛くなかったのだろうか。

 己の力を憎み、疎み、周囲にその怒りをぶつけたりしなかったのだろうか。

 琉奈は資料のページを繰っている彰を見て、ふとそんなことを考えた。




 数時間後。

 陽が傾き、木組みの小さな窓枠に切り取られた橙色の空から西日が差し込む蔵の中に、膝を折って座り込む琉奈、彰、朱里の姿があった。

 三人は肩を落とし、ほぼ同時に深い溜息をついた。

「こんだけ資料があるのに、久留井以外の巫女に関する情報が全然ないなんて……」

 力ない朱里の呟きに、琉奈と彰も無言で頷く。

「……こうなったら」

「「なったら?」」

「琴子さんに見てもらおう!」

 朱里は勢いよく立ち上がり、言い放つ。

「ええ!? 琴子さんにですか!?」

「何よ、文句あるの、彰?」

「文句って訳ではありませんが……琴子さん、大丈夫ですかね? 見知らぬ人と会うなんて……」

 朱里は腰に手を当てて、「んなことも言ってられないでしょ」と彰の苦言を切り捨てる。

「とりあえず、琉奈ちゃんが本当に巫女になっちゃったのかだけでも確かめなくちゃ。じゃないと、わざわざここまで来てもらったイミがないし」

「……それもそうですね」

「琉奈ちゃん、これから琴子さんっていう、祥吾のお母さんに会いに行くんだけど……彼女の前では祥吾の名前を出さないでもらえるかな?」

「え?」

 琉奈は思わず眉を顰めた。

 祥吾と、彼の母親である琴子の間には何か問題がある。

 先日、祥吾に彼の母親について尋ねた時の彼の反応から、琉奈もそれには気付いていた。

 しかし、母親の前で息子の名前を出すことを禁じられるほどとは、さすがに思わなかった。

 一体祥吾と琴子の間にどれほどの事情があるのだろうか、と琉奈は疑問に思わずにはいられなかった。

「理由はそのうち話すから。ね?」

 胸の内を見透かしたような朱里の言葉に、琉奈は頷くしかない。

 今はとにかく、自分の身に起きたことの真相に辿り着くのが先決だ。


 蔵から屋敷へ戻った三人は、朱里の先導で廊下の奥へと進む。

 歩くこと数分。

 到着したのは、一枚の襖の前。

「朱里様。何の御用ですか?」

 襖の側に立つ、黒い着物の中年女性が問う。

「琴子さんにこの女の子を会わせたいんだけど」

「何故です?」

「巫女の能力を得てしまったかもしれないの。だから、琴子さんに見てもらって、本当に巫女になってしまったのか確かめたくて」

「菊野」

 襖の向こうから突然、女性の声がした。

 玉を転がすように美しく、そして愛らしさも感じさせる声。

 黒い着物は「はい」と答え、膝をつく。

「その方たちを中へ」

「しかし、琴子様……」

「朱里さん、入ってちょうだい」

 美しい声が朱里を中へと誘う。

 朱里は言われるまま襖を開け、室内へと足を踏み入れる。琉奈と彰もそれに続く。

 室内は至って普通の、広い和室だ。しかし、静謐な空気が保たれており、おいそれと歩み入れないような、荘重な雰囲気に包まれている。

 三人を待ち受けているのは、部屋の奥に座っている、白いワンピースの小柄な女性。

「こんにちは、朱里さん。……あら、久しぶりね、彰くん」

 女性はしなやかな動きで立ち上がり、三人に歩み寄り。

 どんな御伽噺の王子でも一瞬でひれ伏すだろう、天女のような美しい女性に、琉奈は言葉を失った。

番外編的短編小説を書いてみました。

浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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