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苦悩者

1-3


「昼休み、あいつと何話してた?」

 放課後。

 机を移動させた後の教室を箒で掃いていた琉奈に、雑巾を手にしている秋川浩太がおずおずと尋ねる。

 ちなみに浩太は昼食をいつもバスケット部の仲間ととっていて、琉奈と綾とは一緒にいなかった。

「あいつって……久留井くん? 別に大した話はしてないよ」

 答えながら、琉奈は教室近くの廊下で、相変わらずミーハーな女子たちに囲まれている久留井祥吾に目を遣る。

 祥吾は女子たちに笑顔で対応しているものの、昼休みに見せていたそれより硬そうに琉奈には思えた。

「どんな話した?」

「ホントに普通の雑談だってば。久留井くんの兄弟の話とか、料理が得意だとか。そんな話だよ」

「料理……。アスカは料理ができる奴が好き?」

「料理ができるから好きってことにはならないけど。でも、できないよりはできる方がいいかなとは思うけど」

「! そうなのか……料理……」

「…………?」

 急に深刻な表情で俯き、何やらぶつぶつと呟く浩太。浩太を不思議そうに見つめる琉奈。

 そんな二人の肩を、鞄片手の松下綾が立て続けにポン、叩く。

「今は掃除の時間だよ、お二人さん! いちゃつくのは掃除が終わってから、ごゆっくり」

 軽快なテンポでからかいの言葉を並べる綾。

 真に受けて顔を赤くする浩太に対し、琉奈は呆れた表情でため息をついた。

「だーかーら、そういうんじゃないって何度も言ってるでしょーに。浩太が久留井くんと何話してたんだってしつこいから、内容を少し話しただけ」

 琉奈に自分との恋愛関係を完全否定され、浩太が激しく落ち込む姿を綾の視界が捉える。しかし、その姿は琉奈の目には映ってないようだ。

 こういった光景に何度も出くわしているが、それでもめげない浩太に綾は最近、尊敬の念すら覚えている。

 ある意味、未だに浩太の想いに気付かない琉奈の鈍感さにも。

「あたしは今週掃除当番じゃないから、部活に行くね。じゃ、掃除頑張って。……あ、そうそう」

 綾は手招きをして琉奈を呼び、彼女の耳元に唇を寄せ、

「昼休みの後、江田さんがアスカのことすごく睨んでたよ」

 と耳打ちした。

 琉奈は眉を顰め、祥吾を取り囲んでいる一団の中心にいるクラスメイトの女子を見つめた。




 飛鳥川琉奈は久留井祥吾に一つ、嘘をついた。

 どうして嘘をついてしまったのか。

 その理由は琉奈本人にも分からない。

 嘘をつく必要なんてなかった。

 けれど、楽しげに話す祥吾の姿を見て、琉奈は本当のことを話したくなくなった。


 夕食。家族揃って食卓を囲む。

 琉奈の向かいに座るのは、いつも穏やかな父。いつも優しい母。

 そして隣には、琉奈の前ではいつも不機嫌な兄。

「ごちそーさん」

 兄はさっさと夕食を済ませ、琉奈が視界に入らない位置にあるソファに座る。

 側に琉奈がいることも、姿が見えることさえも腹立たしいようだ。

「今日は学校どうだったの?」

 琉奈を気遣ってか、母が彼女に尋ねる。

「今日はクラスに転校生が来たよ。すごいイケメンで、クラスの女子の人気独占状態なの」

「そんなにカッコイイのか。お向かいの浩太くんよりもか?」

「ちょっと、お父さんまですぐ浩太を引き合いに出すし。あいつは――」

 ただの幼馴染なの、という言葉を次ごうとしたが、突然テレビの音量が急激に大きくなり、親子三人の会話はアナウンサーにかき消された。

「……おなかいっぱいになっちゃった。ごちそうさま」

 琉奈は箸を置き、静かに席をたつ。

 そして、一切自分と視線を合わせようとしない兄の背を一瞥し、二階にある自室へと急いだ。


 物心付いた時にはすでに兄の対応は冷たかった。

 父と母と話したりする時は普通なのに、琉奈の姿を目にした途端、兄の眼には一瞬のうちにあらゆる負の感情が宿る。

 何故兄は自分に冷たいのか。

 かつて琉奈が理由を尋ねた時、兄はこう答えた。

 存在自体がムカつくから。

 じゃあどうすればいいのかと訊くと、兄はこう答えた。

 死ね。

 事実、兄は自ら手をかけることはしないものの、海で琉奈が溺れてても無視したし、家の階段で誤って転んで頭を強打し、意識が朦朧としている琉奈を放ってテレビドラマを観ていた。

 兄は琉奈という存在が消滅することを願っている。

 兄は大学進学を機に家を出ようと考えていたが、志望校にことごとく落ち、結局近所にある無名の私立大学に通っている。

 不合格通知を見る毎にどんどん落ち込んでいく兄の姿を見ていて、琉奈はとても気分が良かった。

 両親は兄の態度や仕打ちについて怒ることはない。

 両親は兄に対して、何か後ろめたいことがあるだろうか。

 そう思うものの、実際に訊いたことはない。

 気にはなるが、訊いてしまったら両親との関係まで壊れてしまいそうな気がした。


 一つ、嘘をついた。

 けれど、他は全て嘘じゃなかった。

「……久留井くんみたいな兄弟がいるの、羨ましいな」

 ドアを閉めた自分の部屋で、昼休みに久留井祥吾に言った言葉を繰り返す。

 久留井くんみたいな“仲のいい”兄弟がいるの、羨ましいな。

番外編的短編小説を書いてみました。

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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