血縁
2-4
何故誠一が朱里の運転する車への乗車を頑なに拒んだのか。
琉奈はその理由を、走り出してから三十秒も経たずに理解した。
とにかく運転が荒いのだ。
常に急停車、急発進。ハンドル捌きは荒々しく、同乗者は前後左右に揺らされ続けた。
車が久留井家本家に到着する頃、朱里以外の三人はすっかり疲れ果てていた。
「みんな、着いたわよ! って、どうしたの?」
顔に死相が出ている琉奈たちを見て、目を丸くしている朱里。
本人は自分が酷い運転をしているという自覚がないらしい。
「さ、さすが朱里さん。非常にワイルドな運転でした……」
目を回し、頭を揺らしながら彰が親指を立てる。
朱里は「それって褒めてんの?」と眉根を寄せる。
「しゅ、朱里さん、早く中に入ろうよ。調べるんでしょ、巫女のこと……」
「なんか誠一もダメダメ状態だけど……。まぁ、いいか。行きましょ」
唯一元気な朱里と、彼女曰くのダメダメ状態三人組は、久留井家本家へ向かうべく乗用車のドアを開けた。
「でっ……か……!」
大きな門をくぐり、久留井家本家を目の当たりにした琉奈は思わずそう零した。
広大な敷地に悠然と腰を下ろしている大きな屋敷は、テレビドラマなどで見る、代々続く名家の屋敷そのものといった風情だ。
「ただ大きいだけの古い家よ」
建物の巨大さに慄く琉奈に、朱里が溜息混じりに言う。
「さ、入って入って。誠一と彰は琉奈ちゃんと客間に行っててくれる? あたしはお茶の用意させてくるから」
「はいよ。じゃ、行こっか、琉奈ちゃん」
「は、はい」
屋敷内も非常に広く、玄関から客間までは歩いて数分かかった。
滅多に目にすることのない、古き良き日本家屋の趣を残した屋敷に、琉奈は視線をあちこちに泳がせてばかりだ。
「そんなに珍しい?」
客間に到着してもなお、そこら中を見回している琉奈に誠一は苦笑した。
「あ、すみません。うち、親戚とかみんな都会に住んでて田舎がないから、こういう家に来たことなくて……」
「そうなんだ。でも、居住性はあんま良くないよ。な、彰?」
「ですね。広さがある分、エアコンの効きが良くないので、夏は暑いし冬は寒いし。僕は今の家の方が好きですね」
「あたしもそっちの家に住もっかなぁ」
茶碗を載せたお盆を持って現れるなり朱里が呟く。
彰は「それいいですね!」と同調しつつ朱里からお盆を取り、各人に配る。
「ダメですよ。あの家は四人が限界です」
「じゃあ誠一、あたしと交代ね」
「無理」
きっぱりと拒否する誠一に、朱里は「冷たい奴め」とむくれる。
「さてと。お茶飲んだら、誠一と彰は兄さんに挨拶してきなさい」
「「!」」
「本家に来た以上、それくらいは当然。琉奈ちゃんはちょっと待っててね。すぐに済ませてくるから」
「あの、朱里さんのお兄さんって、先輩たちのお父さんですよね? 今こうしてお邪魔してるわけですし、あたしもご挨拶した方が……」
琉奈の申し出を、朱里は首を横に振って拒絶する。
「兄さんに会える人は限られてるの。気持ちは嬉しいんだけど」
「そうですか……。分かりました」
面会できる人が限られてる人物。
そんな人間は今や、架空の世界にしか存在しないと琉奈は思っていた。
少なくとも自分の身近には存在しない。
琉奈は急に、自分が別の世界に来てしまったような気分になった。
居間から自室へ戻るべく廊下を歩いていた久留井由香理は、急に顔を顰めた。
見たくないものを見てしまった。
自分にとって、不浄と、穢れと言うべき存在。
それを己の視界に入れてしまったことが酷く口惜しかった。
「何故この子たちがここにいるの、朱里?」
甥である誠一と彰の前を歩く朱里に由香理が問う。
「ここに来ちゃいけない理由はないでしょ、姉さん」
由香理の威圧的な語気に一切気圧されることなく朱里が言い返す。
「そうね。彰にはないわね」
「誠一にもない。咲良さんにもなかった」
「黙りなさい、朱里」
咲良、という名前が出た途端、由香理が鬼女の如き形相で言い放つ。
さすがの朱里も、これには口を閉ざした。
「飛鳥川琉奈さんが巫女の能力を有してしまった可能性があるんです。僕たちはそれについて調べるためにここに来ました」
沈黙する朱里に代わり、彰が答える。
「飛鳥川琉奈? ……ああ、この前の件の子ね。けど、あの子は久留井の人間じゃないじゃない?」
「ええ。ですから、そのことも含めて詳しく調べる必要があるので本家に」
「そうなの。大変そうだけど、頑張って」
心のこもっていない、抑揚のないエールを送った由香理は三人とすれ違い、去っていった。
「……朱里さん。俺、ちょっと出かけてきていいかな? 行きたいところがあるから」
しばらくして、誠一が切り出す。
「分かった。兄さんのところへは、あたしと彰で行ってくるから。ごめんね、勝手に咲良さんの名前出したりなんかして」
「ううん、気にしてないから。じゃ、行ってきます」
誠一は来た道を引き返し、玄関へと急ぐ。
「……さ、行きましょ、彰」
「はい、朱里さん」
朱里と彰が琉奈の元へ戻ってきたのは、彼らが客間を出てから三十分後のことだった。
「琉奈ちゃん、お待たせ――」
さぞ待ちくたびれているだろうと朱里たちは思っていたのだが、琉奈は全く退屈していなかった。
先ほどまではいなかった、一人の幼い男の子といたからだ。
「……啓太」
今は琉奈の腕の中でにこにこと笑っている、二歳前後の小さな男の子を見た朱里が呟く。
「お帰りなさい。あれ? 先輩は?」
「誠一なら別件があって。それより琉奈ちゃん、その子は……」
「ここで一人で待ってたら突然入ってきて。呼んでも誰も来ないので、しばらく一緒に遊んじゃったんですけど。……あの、まずかったですか?」
「ううん、それは構わないけど」
「! しゅり!」
朱里の姿に気付いた男の子は琉奈の腕から飛び出すなり朱里に駆け寄り、抱きついた。
「可愛い子ですね。利発そうだし。朱里さんのお子さんですか?」
「あたしの子じゃないよ。琴子さんの子」
「琴子さん? って、ええっと……?」
「祥吾兄さんのお母さんです」
彰の返答に琉奈は手を打った。
「祥吾くんの弟なんだ! 道理で似てると思った!」
「……祥吾に似てる?」
「はい、そっくりです」
「そっか。啓太、あんたは祥吾にそっくりだって」
朱里が抱き上げた啓太に言う。啓太は祥吾が誰だか分かっていないらしく、きょとんとしている。
「しょーごにいちゃんだよ、啓太。何回も会ってるでしょうに」
「ぼく、しょーごにいちゃん、きらい」
啓太は眉をきゅっと寄せ、ぽつりと呟く。
「しょーごにいちゃん、こわい。だからきらい」
「……彰、啓太を琴子さんのところに連れてってくれる? 今頃捜してるだろうから」
彰は朱里に言われるまま啓太を受け取り、その場を後にした。
番外編的短編小説を書いてみました。
浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/




