心模様
2-3
「琉奈ちゃんの家はあれからどう? 変わりない?」
運良く空いていた席に誠一、琉奈、彰の順で座るなり、誠一が琉奈に尋ねる。
「うちですか? はい、特に以前と変わりないですよ」
トコヨノ国の件を解決する際、琉奈の本当の両親は既に故人で、今の両親は伯母夫婦であることが判明した。
しかし、その後も伯母夫婦は今まで通り、琉奈を本当の娘として育てているし、琉奈も伯母夫婦を本当の両親だと、これまでと変わらず思っている。
「そっか、良かった。仕方のないことだったとはいえ、大変な秘密を暴いちゃったわけだから、琉奈ちゃんの家の環境が悪化したりしてたらどうしようかと……」
「悪化なんて全然。あ、変わったといえば……ちょっとしたことなんですけど、兄と話すようになりました」
「え? お兄さんと?」
「はい。今回の件であたしとの関係を見つめ直してくれたみたいで。
両親はあたしを引き取った時、すごく気にかけて、可愛がってくれたと思うんです。起きた事件が事件でしたし。幼い兄は急にやって来た、血の繋がりもあんまりない女の子に突然、大好きな両親を奪われたって思いますよね。その気持ちが悪い方向に捩れていって、今までの冷たい対応に繋がってたのかなって。
最近は、ホントにちょっとなんですけど、おはようって声かけてくれたりとか。これでもかなりの進歩なんですよ」
「そうなんですか。うちは半分しか血の繋がりありませんけど、誠一兄さんはうざったいくらい話しかけてきますけどね」
しみじみと話す彰に、「うざいとかゆーなよ」と誠一がむくれる。
その誠一の仕草に、琉奈は思わず吹き出してしまう。
「ちょっと、なんで笑うの、琉奈ちゃん!?」
「すみません。この前、祥吾くんの言ってたこと思い出しちゃって……」
「? 祥ちゃん、何て言ってたの?」
「先輩は基本的に子供っぽいって……」
「あいつー!!」
拳を固め、歯軋りをする誠一。彰は琉奈の陰で小さく笑っている。
「ていうか琉奈ちゃん、祥ちゃんのこと名前で呼んでるんだ?」
「はい。前に、あたしのこと飛鳥川って長ったらしく呼ぶのもなんだから、アスカでいいよって話したら、じゃあ自分のことも祥吾でいいよって」
琉奈の説明に、誠一は感慨深げに「なるほどねぇ」と相槌を打つ。
「だめですかね?」
「へ? いやいや、そういうんじゃなくて。祥ちゃんが他人に自分のことを名前で呼ばせるのって珍しいから。しかも女の子に」
「そうなんですか」
「そうそう」
誠一は答えながら、満面の笑みを浮かべる。
何故誠一がこんなにも嬉しそうなのか、理由が分からない琉奈は頭上に巨大なハテナマークを浮かべる。
「先輩」
琉奈と誠一の会話を黙って聞いていた彰が口を挟んでくる。
「何?」
「あの、僕もアスカ先輩って呼んでいいですか?」
「もちろん。飛鳥川先輩って長いもんね。いっそ、アスカさんとかでもいいけど」
彰は琉奈の提案を「いやっ、先輩は先輩でっ!」と慌てて全力拒否する。
それを見た誠一は、「彰って変なとここだわるよなぁ」と呟いた。
出発からおよそ二時間。
途中、誠一や彰への逆ナンパをかわしつつ、二度の乗り換えを経て、三人は久留井家本家の最寄り駅に到着した。
「今更だけどさ」
駅の改札を出るなり、誠一が口を開いた。
「何ですか、誠一兄さん?」
「俺たち、こんなカッコで大丈夫かな?」
「…………」
沈黙が三人を包み込む。
琉奈は他人の家に行くということで、大きなフリルの付いた淡い黄色のキャミソールに、かぎ編みの白いカーディガン、紫色のロングスカートにピンクのパンプス、という余所行きの出で立ちだ。
一方、誠一と彰はそれぞれ色や柄の全く違うロングTシャツにジーパン、そしてスニーカーと至ってラフな格好だ。
「どうせ何回も言ったことがあるしって思ったけど、ラフ過ぎじゃない?」
「いいんじゃないですか、別に。どこぞに嫁いだ娘が実家に帰るようなものなんですから」
全く男らしくないたとえで誠一を説得する彰。
誠一も何故か「そうだよな」と納得してしまった。
「さてと。バスは……っと。お、十五分後に出るバスがあるな」
バスの時刻表を指でなぞりながら誠一が言う。
それを聞き、彰が小さく舌打ちする。
「おやおや、彰くん。せっかくちょうどいいバスがあったのに、どうして舌打ちしちゃうかなぁ?」
誠一は彰の肩に手を回し、逃れられないようにきつく引き寄せる。
「ちょっ……やめて下さいよ!」
「少しくらい我慢しろよ。急がなくても、もうじき朱里さんに会えるんだから」
「な、な、なんの話ですか!?」
顔を真っ赤にして慌てふためく彰。
朱がさした彰の頬を指でつつき、「赤くなってるー! かわいいー!」と、わざと高い声を作り、ギャルのような口調で弟をからかう誠一。
琉奈はそんな二人の姿をちょっと離れたところから見守る。
「あんたたち、駅前で何してんの?」
ぎゃあぎゃあと喚く誠一と彰、そして琉奈の前に、一台の乗用車が通りかかり、下がるパワーウィンドウの向こうから呆れ気味の声が投げかけられる。
「朱里さん! 来てくれたんですね!」
誠一の腕から逃れ、飼い主を見つけた犬のように嬉しそうに駆け寄ってくる彰に、乗用車の運転手――久留井朱里はサングラスを外し、ウィンクする。
「……あの、バスあったんだけど」
誠一が言う。その顔はすっかり青ざめている。
「バスじゃお金かかるでしょ。あ、琉奈ちゃん、いらっしゃい!」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「よろしく。じゃ、みんな乗って乗って!」
「……いや、俺はバスでオッケーなんで。大丈夫なんで、ホント」
「乗りな、誠一」
どすの効いた声で朱里が命令する。
すっかり萎縮し、小さくなった誠一は「……はい」と答えるしかなかった。
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浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/
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