三人三色
2-2
琉奈が再びトコヨノ国に引き込まれたと告げた時、彰と恭子は
「それ、本当ですか?」
「嘘でしょ?」
と、俄かには信じられない、といった反応を示したが、事情を朱里は首を傾げてしまった。
誠一と祥吾は朱里に、琉奈の身に起こっていたことを説明し、改めて再び琉奈が引き込まれたことを告げると、
「何で?」
と、ようやく彰や恭子と同じ反応をした。
「飛鳥川さん、授業中に引き込まれちゃった時、何かいつもと違うことしたりしなかった?」
「いつもと違うこと、ですか?」
恭子は「そうそう」と頷く。
「あなたがしたことが、あなたのご両親以外の魂を刺激したって可能性もなくはないし」
琉奈は首を傾げる。
トコヨノ国に引き込まれそうになったのは数学の授業中で、ぼんやりと考え事はしていたものの、普通うに授業を受けていただけだった。
ただ、ぼんやりと、
「……トコヨノ国のことを考えてました」
ぽつりとそう漏らした琉奈に、周囲の視線が集中した。
「トコヨノ国について、どんなこと考えてたの?」
隣に座る祥吾がやや身を乗り出し、琉奈に尋ねる。
「えっと……その、ちょっとだけなんだけど……もっかいくらい行ってみたいなぁ、なんて」
久留井家の面々に協力してもらい、トコヨノ国へ引き込まれないで済むようにしてもらった手前、少々言いにくそうにしつつ答える琉奈。
「きっとそれがきっかけね」
朱里が琉奈を指差し、断言する。
「何度もトコヨノ国に行ってた琉奈ちゃんには、トコヨノ国に対する、ある種の親和力がついてしまったのよ。そのせいで、自らトコヨノ国に行きたいと願ってしまうと、向こうに引き込まれるようになっちゃったんだわ。今まで考えなかったから気付かなかっただけで」
朱里に指摘された通り、両親の件が解決するまで、自らトコヨノ国へ行こうなどと考えたこともなかった。
久留井三兄弟に出会うまで、トコヨノ国に引き込まれることは迷惑でしかなかったし、自分から行こうと思わなくても勝手に引き込まれてしまう以上、そんなことを考える必要すらなかった。
父との決着をつける際も、向こうから手を出してくるのを待とうと言われていたので、自ら向こうへ行くという考えは浮かばなかった。
トコヨノ国へ行くことができる能力がついていたなど、全く知らなかった。
「自分の意志でトコヨノ国に行けるって……それ、巫女の能力じゃないの。巫女の能力は久留井の女性にしか発現しないんじゃないの?」
恭子に問われた朱里は「分からない」と首を横に振り、肩を竦める。
「ただ、うちにある資料に何か参考になるものがあるかも。巫女の能力から解放する方法も分かるかもしれないし」
「資料、ですか?」
「そ。久留井家はずっと昔からトコヨノ国や、そこに存在する魂たちと関わってきたの。だから、トコヨノ国関係の資料もたくさんあるのよ。ねぇ、琉奈ちゃん、今度の日曜にうちに来ない?」
え? と戸惑う琉奈に朱里が微笑みかける。
「ここから電車で少し行ったところに本家があるからいらっしゃい。誠一と彰も、たまには本家連中に顔出したら?」
急に話をふられ、困惑の表情を浮かべる誠一と彰だったが、
「しゃーない、たまには行くか」
「朱里さんの命令とあれば、仕方ありませんね」
と了承する。
「じゃあ、日曜の午前十時までに来ること。二人とも、しっかり琉奈ちゃんをエスコートしてくるのよ」
「へいへーい」
「はい! 任せてください!」
誠一が面倒くさそうな返事をし、彰がやたらと張り切る中、、祥吾はずっと無言でハーブティーを口にしていた。
「俺は日曜行かないから。……ごめんね」
久留井家からの帰宅途中。琉奈を送る祥吾がそう切り出した。
「うん、分かった」
「……理由、訊かないの?」
「理由が言えるなら今言うでしょ。言いたくないものを無理して訊き出そうなんて思わないから。それに、さっき話してた時の雰囲気で祥吾くんは行かないだろうなって思ってたし」
「そっか。ありがと。でもね……理由を訊かれても、きっと俺はうまく説明できなかったと思う。その、色々と複雑なんだ。事情も気持ちも、うまく言葉にできないっていうか。ホント、ごめん」
再度謝る祥吾に琉奈は、
「言いたくなったらいつでも聞くから、その時は声かけてね」
と笑いかけた。
祥吾もつられて「ありがとう」と微笑む。
「気持ちといえばさ、彰くんって朱里さんのこと好きだったりしない?」
「あ、やっぱり分かった?」
琉奈と祥吾は向かい合って互いを指差し、闇夜に瞬く色とりどりの星たちに届かんばかりの大声で笑う。
「すげぇ分かりやすいでしょ、あいつ!」
「あそこまで露骨な人、初めて見た! あたしの話の時以外、周りのことなんて目に入りませんってくらい朱里さんのこと見てたし!」
会話中、終始朱里を見つめていた彰の姿を思い出し、二人は腹を抱えて笑い合う。
「彰は昔から朱里さんが好きなんだよ。末っ子で甘えたがりなところがあるから、大人な朱里さんを好きになっちゃうのは自然なことなんだろうな。それが本当の恋なのかどうかまでは分かんないけど」
「ふぅん。ていうか、祥吾くんってさ、時々同い年とは思えないくらい周りのことが見えてる時あるよね」
「え? そうかな? 俺の周りが子供っぽい人ばっかりだからそう見えちゃうだけじゃないかな?」
祥吾が照れくさそうに後頭部を掻く。
「特にうちは兄貴がね。頼もしい時もあるにはあるけど、基本的に子供っぽいから。……あの人、たまに勉強教えてって、俺の部屋に乱入してくることあるんだよ」
宝物の在り処を話す盗賊のような怪しい顔で祥吾が言う。
「ホントに!?」
「マジマジ。数学とかね。弟に聞くなって感じでしょ? 文系はわりと得意みたいだけど。あと、美術もね。まぁ、毎日グラビアとか見てるからだろうけど」
祥吾の更なる暴露に琉奈はまた笑ってしまった。
数日後。
遠出する家族連れやデートへ向かうカップル、休日出勤のサラリーマンなどで混雑する駅に、飛鳥川琉奈、久留井誠一、久留井彰の三人の姿があった。
「本家までは乗り換えの時間も含めて、だいたい二時間くらいかな」
携帯電話で乗り換える電車や時刻を確認しながら、誠一が説明を始める。
「で、駅からバスで三十分くらい。ただ、向こうはバスの本数が少ないからなぁ。ちょうどいいのがあればいいんだけど」
「もし時間が合うバスがなかったら、車で迎えに行くって朱里さんが言ってましたよ!」
目を輝かせる彰。一方、誠一は「あの人運転下手だよな……」と呟き、バスがあることを心の中で切に願った。
やがて、電車の到着を告げるアナウンスが駅構内に流れ、銀色の車両がホームに滑り込んできた。
三人は口を大きく開けた電車内へと歩を進め、久留井家本家を目指す。
番外編的短編小説を書いてみました。
浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/




