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来訪者

2-1


 高等部。三年B組。放課後。

「え……えっと……」

 クラスの一員となって日の浅い転校生・久留井誠一は、教室の隅に追いやられ、うろたえていた。

 目の前にいるのは、彼を凝視する女子のクラスメイト六名。

「な、なんでこんなことになってるのかな?」

 無理やり笑顔を作り、場を取り繕おうとする誠一。

 彼に詰め寄る女子生徒の視線が厳しさを増す。

「久留井くん!」

「は、はひ……」

「いい加減に答えて。彼女、いるの?」

「……どう思う?」

「はぐらかさないで!」

 ぴしゃりとはねつけられ、思わず誠一はきつく目を瞑る。

 どうこの場を切り抜けようかと思案していたその時、誠一の元に一人の助っ人が現れた。

「兄貴、いる!?」

「! 祥ちゃん!?」

 教室のドアを勢いよく開けて教室に駆け込んできたのは、誠一の弟である久留井祥吾だった。

 修羅場への乱入者の姿を見た女子生徒たちの眼が、狩人のそれに切り替わる。

「もしかして、久留井くんの弟!?」

「カッコイイ!」

「ていうかカワイくない!?」

「めっちゃイケメンじゃん!」

 女性特有の黄色い声を一斉に向けられ、祥吾は青い顔で慄く。

「祥ちゃん! 逃げろ!」

 誠一の叫び声をきっかけに祥吾は駆け出し、女子たちもまた彼を追って走り出す。

 祥吾という新たな獲物を見つけたハンターたちからようやく解放された誠一は、机の上に置いておいた携帯電話のランプが点滅していることに気付き、本体を手にする。

 開いたディスプレイには、『メール受信1件 祥ちゃん』と表示されている。

「メールの返信がないからわざわざ来てくれたんだ。にしても、何だろ?」

 独りごちつつメールを読んだ誠一は、その内容に目を見張った。




 女子の集団から無事に逃げ切った祥吾の姿は、夕暮れ色に染まる屋上にあった。

 激しく乱れた呼吸を整えている祥吾の元に、誠一がやって来る。

「な、んで……ここにいる、って……?」

「弟のことなら何でもお見通しよ」

 満面の笑みでブイサインを作る誠一に、祥吾は苦笑を返す。

「ところでさ、さっきのメール。あれ、ホントなの?」

「うん。今日、俺のすぐ隣でトコヨノ国に行きそうになった」

「琉奈ちゃんがトコヨノ国に行く原因になってた父親の魂は完全に散らしたじゃん。それなのに、なんでまた?」

 困惑気味の誠一に、祥吾は「分かんない」と首を横に振る。

 飛鳥川琉奈。彼女は祥吾のクラスメイトであり、長年、死者の魂の集積場であるトコヨノ国に度々引き込まれるという現象に悩まされていた人物だ。

 その元凶は、幼い彼女に殺された父親の魂であり、誠一、祥吾、そして末子である彰の三人は自分たちの特殊能力をもって父親の魂を散らし、全てを解決したはずだった。

 琉奈が再びトコヨノ国へ引き込まれてしまったのは、祥吾たちにとって予想外の出来事だった。

「アスカさんの両親の魂が散った時、散り散りになった魂が彼女に降り注いだんでしょ? てことは、その魂の欠片が悪さしてるんじゃない?」

 誠一は祥吾の推理を「それはないっしょ」と否定する。

「完全に散らされた魂はもれなく生前の人格を失う。んなことありえないだろ」

「でも、そうじゃないと説明つかないし」

「確かになぁ……。琉奈ちゃんは?」

「兄貴を連れてくるから待っててって言って、今図書館で待ってもらってるけど」

「そっか。そしたら琉奈ちゃんをうちに連れて行こう。恭子さんなら何か知ってるかもしれない」

 誠一の提案に、祥吾は深く頷いた。




「すみません。何度もお世話になっちゃって……」

「いいっていいって! 困った時はお互い様って言うでしょ。それに、久留井さんちはアフターサービス万全でお馴染みだから」

 申し訳なさそうな飛鳥川琉奈に誠一が明るく笑いかける。

「大丈夫だよ、アスカさん。きっと恭子さんが何か知ってるから」

 続けてフォローする祥吾の言葉に琉奈は安堵する。

 乗ってきた自転車を、到着した久留井家の駐輪スペースに停め、三人は誠一を先頭に家の中に入る。

「おかえりなさーい、誠一兄さん、祥吾兄さん」

 三人を出迎えたのは、現在自宅療養中の三男・久留井彰だ。その顔には、今にも蕩けんばかりの笑みが浮かんでいる。

 気味が悪いほどの笑顔に三人はたじろぎ、微動だにすらできなくなる。

「あら、いらっしゃい、飛鳥川さん」

 遅れてやってきた、三兄弟の母である久留井恭子が客人である琉奈の姿に気付き、声をかける。

 更にもう一人、別の女性がやって来た。

 二十代半ばと思しきその女性は、艶やかな黒髪を短く切りそろえ、すっと通った鼻筋とぱっちりとした二重が印象的な女性だった。

「おかえり~、誠一! 祥吾! 可愛いお客さんも、いらっしゃい」

 快活な笑顔と共に三人を迎え入れる女性。

 彼女の姿に誠一と祥吾は目を丸くし、「朱里さん!」と彼女の名を叫んだ。


「飛鳥川さんは初対面よね。彼女は久留井朱里(くるいしゅり)さん。この子たちの父親の妹さんよ」

 恭子が人数分のハーブティーと水饅頭をテーブルに並べながら、琉奈に説明する。

「どうも。久留井朱里です」

「初めまして。飛鳥川琉奈です」

「琉奈ちゃんか。名前も可愛いのね」

 ストレートに褒められ、琉奈は「ありがとうございます」とはにかむ。

 同時に琉奈は戸惑いも覚えていた。

 三兄弟の親類にはもう一人会ったことがあった。

 久留井由香理。彼らの父親の姉だ。

 自分の問題解決の手助けをしてくれた人物だが、きつい性格で愛想がなく、笑顔もほとんどなかった。

 今目の前にいる朱里とは間逆の人間だった。

「伯母さんと全然違うでしょ?」

 琉奈の戸惑いを察知したらしい誠一が言う。

「はい。ちょっとびっくりしました」

「あのオバサンはプライドの塊みたいな人だからね」

「オバサンって……自分のお姉さんでしょうに」

 思わずツッコミを入れた祥吾に、「いいのいいの」と朱里は手を縦に振る。

「自分は特別な一族の人間なの、他人とは違うのよっていう自己陶酔の世界にずっと生きてる人だから。相手にするだけ損なの、あんな人。気にするだけ時間のムダなんだからね、誠一」

 朱里の真摯な瞳に、誠一は「分かってますよ」と微笑む。

「にしても、朱里さんはどうして今日うちに?」

「姉さんがここに来たって聞いたから、それならあたしも来なくちゃって思って。みんなの顔も久々に見たかったし。なに、あたしは来ちゃダメなの? 祥吾はあたしのことキライ?」

「んなわけないじゃないですか! 俺は朱里さんのこと好きですよ」

「ありがと。あたしもスキよ、祥吾。チューしてあげよっか?」

「いえ、間に合ってます」

「なによ、小さい頃はこっちがうんざりするくらいチューをねだってきてたのに」

「もうホンット勘弁してください」

 完敗です、と言わんばかりに頭を下げる祥吾に、琉奈は他の久留井家の面々と共に笑ってしまった。

 由香理と誠一の母親との確執の話や、三兄弟の母親が異なることなど、問題が山積してばかりの一族だと思っていたが、こういった和やかなシーンを目にすることが出来て、琉奈は何故かほっとした。

 あまりにもほのぼのとしていたので、

「ところで、飛鳥川さんはどうして来たのかしら?」

「「「……あ」」」

 誠一も祥吾も琉奈も、本来の目的をすっかり忘れていた。

番外編的短編小説を書いてみました。

浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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