始まり
1-25
両親の魂が散ってから数日後。
飛鳥川琉奈はいつものように松下綾と昼食をとっていた。
相変わらず暢気に青い腹を晒している空の下、ぼんやりとおかずの卵焼きを口の中に放り込む。
そんな琉奈の元へやってきたのは、二人の男子生徒たち。
「久留井くん。……あ、先輩!」
「誠一先輩! もう大丈夫なんですか!?」
綾は弁当を放り出し、久留井誠一に駆け寄る。
「ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だよ! まぁ、激しい運動はするなって言われてるけどね」
誠一は苦笑しながら右脇腹を軽く叩く。
彼はトコヨノ国での戦いで、肋骨にヒビが入ってしまい、数日の静養を余儀なくされていた。
「彰くんはどう?」
琉奈が久留井祥吾に尋ねる。
彼は「あいつも大丈夫だよ」と微笑んだ。
「さすがに何針か縫ったけど、出血の割に傷は浅かったから。来週には登校できると思うよ」
「そっか。良かった」
「心配してくれてありがとね」
礼を言う祥吾。彼は特に怪我もなく、琉奈同様、翌日から普通に登校している。
「飛鳥川さんはどう? あれから何ともない?」
「うん。やっとトコヨノ国から解放されて、すごく清々しい気分だよ。あ、そういえば、一つだけ気になってることがあるんだけど」
「何?」
「両親の魂が散った時、あたしに降ってきたのは何でかな? 久留井くんたちの説明だと、トコヨノ国の他の魂に吸収されるはずなんでしょ?」
祥吾は小首を傾げ、「うーん」と唸る。
「血縁っていう強い繋がりがある飛鳥川さんの魂に引き寄せられたっていうのが可能性として考えられるけど……」
「けど?」
「俺としては、ご両親の魂が、飛鳥川さんが自分たちの分まで生きる力になりたかったんじゃないかなって。……ちょっとキザっぽいかな」
照れくさそうに頭を掻く祥吾に、琉奈は思わず笑ってしまった。
「あ、あたしのことはアスカでいいよ。飛鳥川って長ったらしいし」
「じゃ、俺のことも祥吾で。これからもよろしくね、アスカさん」
手を差し出してくる祥吾。
琉奈は「こちらこそよろしく、祥吾くん」とその手を握った。
五時間目。数学。
定年間近の老齢教師が黒板に書き出す数列を見つめながら、琉奈はトコヨノ国のことを考えていた。
得体の知れない空間。
けれど、幼い頃から馴染みのある場所でもあった。
もうトコヨノ国で危険な目に遭うことはなくなったが、同時に自分のアイデンティティーの一つを失ったような寂しさも覚えていた。
――最後に、もう一度くらい。
そんなことをふと願った時だった。
心臓が一度大きく跳ね、体が地面の下に沈んでいくような感覚に襲われる。
急速に失われていく現実感。
「ちょっと」
隣の席に座る祥吾が琉奈の腕を掴んだ。
茫然と祥吾を見つめる琉奈。
青ざめたかおで琉奈を見る祥吾。
「え? なんで?」
目を見張り、尋ねる祥吾に琉奈は首を横に振った。
授業終了を告げるチャイムが、新たな始まりを告げるように鳴り響いた。
番外編的短編小説を書いてみました。
浴衣と神輿と寂しい笑顔 http://ncode.syosetu.com/n8885v/
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/




