好嫌
1-23
数日後。
空を舞う小鳥たちが暢気に互いの歌を聴かせ合っている中、飛鳥川琉奈、松下綾、秋川浩太の三人は自転車に跨り、久留井家にやって来た。
「いらっしゃい。どうぞ上がって」
三人を優しく迎え入れたのは久留井恭子だ。
彼女に促されるまま、久留井家のリビングへと歩を進めた琉奈たちを待っていたのは、どこかいらだった様子の誠一、祥吾、彰の三人。
「お、おはようございます……」
「ん? ああ、いらっしゃい、三人とも!」
三兄弟の様子に不安を覚えつつ、声をかけた琉奈にこたえた誠一は普段と変わらぬ明るい笑顔を、先ほどまで苛々全開だった顔に浮かべる。
「何かあったんですか?」
「いや、伯母さんがなかなか来ないもんだから」
恐る恐る尋ねた綾に、祥吾が溜息混じりに答える。
「九時三十分には来て頂くよう伝えておいた筈なんですが。約束の時間からこうして二十分経過しても音沙汰なしなんです。困ったものですよ」
祥吾の発言に補足説明をした彰もまた、海よりも深い溜息を漏らす。
「ってことだから、三人ももう少し待ってもらって――」
「その必要はないわよ」
誠一の言葉を即行否定した声は、琉奈たちの背後から響いてきた。
鋭く、高圧的かつ威圧的なその声に、琉奈は思わず眉を顰める。
無遠慮に琉奈たちを分け入って三兄弟の前に歩み出たのは、ウェーブのかかったロングヘアが印象的な、目元を大きなサングラスで隠し、派手な柄の入った黒のワンピースを身にまとった中年女性。
「いらっしゃい、由香理お義姉さん」
「久しぶりね、恭子。上がらせてもらったわよ。それにしても、また随分狭い家に住んでるのね」
「向こうのお屋敷に比べたら、どんな家も狭くなっちゃうわよ」
ストレートな嫌味に対し、恭子は笑顔で応対する。
「ご無沙汰しています、由香理伯母さん」
「彰! 元気そうね。祥吾も元気?」
「はい、見ての通りですよ」
「たまにはその元気な顔を琴子に見せに、こっちにいらっしゃいな」
祥吾は一瞬、苦々しい表情を浮かべるが、すぐに笑顔に切り替え、「はい」と返事する。
「……こんにちは、由香理さん」
「――ああ、そっか。あんたもいたんだっけ」
「ええ」
「いつの間にかあんたの姿を屋敷で見かけなくなってすっきりしたと思ったら。そう、ここにいたの」
彰や祥吾の時とは違う、誠一への、全く血の通っていない応対に、琉奈たちは脳裏をハテナマークでいっぱいにする。
「お義姉さん、後ろの真ん中にいる子が電話で話した飛鳥川さんよ」
誠一と由香理の素っ気無いやりとりの間に割って入り、恭子が切り出す。
由香理はロングヘアを靡かせながらくるりと振り返ると、サングラスを持ち上げ、琉奈の顔をまじまじと見つめる。
「この子?」
「そう」
「ふぅん……。なるほど、確かにトコヨノ国の残滓が体中にこびりついてるわね」
「へ!?」
思いもよらないことを言われ、琉奈は思わず素っ頓狂な声をあげる。
「じゃ、準備をするから、みんなどっかで待ってなさい。あ、恭子と誠一はここに残って手伝って」
「え? 俺ぇ?」
あからさまに嫌そうな顔をした誠一に由香理は、
「テーブルどかしたりっていう力仕事を祥吾や彰にやらせるのは可哀想だもの」
と平然と言い放つ。
誠一は肩を落としつつ、「分かりました」と答えた。
「あの人何なの!?」
待機場所にすることにした祥吾の部屋に入るなり、綾が叫んだ。
「ちょっと、綾! 声大きいってば!」
「だって、誠一先輩にあんな言い方……!」
すっかり憤慨している綾を、琉奈がどうどう、と宥める。
「なぁ、なんであの先輩はあんなに嫌われてるんだ?」
浩太の素朴な疑問に祥吾と彰は俯き、視線を琉奈たちから逃がす。
「……伯母さんは兄貴の母親が嫌いなんだ」
しばらくして、先に口を開いたのは祥吾だった。
「え? だって母親って――」
「恭子さんは兄貴の生みの親じゃないんだよ」
「!?」
祥吾の発言に琉奈たちは絶句し、彰は唇を噛み締める。
「俺の生みの親も恭子さんじゃない。俺たちはみんな、母親が違うんだ。兄貴の母親――咲良さんっていうんだけど、伯母さんは咲良さんをすごく嫌ってたみたいで、咲良さんの子供である兄貴のことも嫌ってるんだ。兄貴に自分のことを伯母って呼ばせることすら許さないくらいね」
「嫌ってたみたいって……会ったことないのか?」
「咲良さんは兄貴を生んですぐ亡くなったんだよ。だから、俺と彰は咲良さんに会ったことはないんだ」
「写真は見せてもらったことありますけどね。すごく綺麗な方ですよ」
「そうなんだ。久留井くんのお母さんはどんな人なの?」
琉奈は訊いてしまってから、己の軽率な発言を酷く後悔した。
祥吾が表情を曇らせ、沈黙してしまったから。
無意識のうちに彼を傷つけてしまったと自覚したから。
「しょ、祥吾兄さんの母親は琴子さんといって、彼女もすごく美人なんですよ! 僕たちの母親ってみんな美人なんです!」
代わりに答えたのは彰だった。
兄を気遣い、茶化すような言い草で、敢えて明るく振舞っているのが四人にもすぐに分かった。
「おーい、準備終わったよー」
階下からの誠一の声に五人は安堵の表情を浮かべ、足早に祥吾の部屋を後にした。
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