結束
1-22
世間的には早朝と呼ばれる時間に帰宅したにも関わらず、両親の姿がリビングにあったことに、琉奈は目を見張った。
「ずっと起きてたの?」
「まさか。ちゃんと寝たさ。けど、俺も母さんもお前がこのくらいに帰ってくるだろうと思ってな」
「……あたしのことなら何でもお見通し?」
「親子だからな」
父の言葉を聞いた刹那、琉奈の胸に小さな、けれど鋭い痛みが走る。
「けど、本当は――」
「親だ」
父親が断言する。母親もその言葉に深く頷いた。
「確かに私たちの間に血の繋がりはほとんどないけど、私たちにとってあなたはかけがえのない娘。それは何があっても変わらないわ。だからあなたにも、これからも私たちが自分の親だと認めて頂戴」
「……そんなの、当たり前に決まってるじゃん。あたしにとって、親はお父さんとお母さんしかいないよ……!」
琉奈の涙ながらの言葉に両親は安堵の溜息を漏らし、彼女を強く抱きしめた。
「アスカ!!」
「アスカ、大丈夫なの!?」
琉奈が教室に入るなり、松下綾と秋川浩太の二人が一斉に駆け寄ってきた。
一体何事かと思った琉奈だったが、昨晩家出した後、両親が彼女の行方を特定すべく、久留井家から連絡が来るまで様々な場所に電話を掛けた、という話を思い出し、友人たちの慌てように納得する。
「心配かけてごめんね、綾、浩太」
「琉奈が家出したって聞いて気が気じゃなかったんだからね!? 連絡取ろうにもケータイも持ってないって言うし!」
「ケータイのこと考える余裕もなくて……。ホントにごめんね、あたしは見ての通り無事だから」
涙目になっている綾や浩太を宥めるように、穏やかな口調で琉奈が言う。
「結局、昨日はどこにいたんだよ!?」
「それが……家出の途中に久留井くんに会って、そのまま久留井くんの家でお世話になっちゃった」
「ええ!? 久留井くん家に泊まったの!?」
綾が驚きのあまり、琉奈の十倍のボリュームで叫ぶ。
琉奈は慌てて綾の口を両手で塞ぐが、既に綾というスピーカーによって、琉奈が久留井祥吾の家に泊まったという事実が、教室にいるクラスメイト全員に知れ渡ってしまった後だった。
「く……久留井の家に……!?」
「何ショック受けてんの、浩太? 久留井くんの家には先輩も彰くんもお母さんもいるの知ってるでしょ?」
「あんた、まだあの男と関わってんの?」
三人の会話に別の声が突然割り込んできた。
琉奈たちは声の主へと視線を向ける。そこにいるのは江田留菜だ。
彼女の姿を目にした途端、琉奈たちの目つきが険しくなる。
「別にいいでしょ、クラスメイトなんだから」
「でも家に泊まるなんて、ただのクラスメイトにしては随分親しいみたいじゃない」
「……まだ久留井くんのこと好きなんだ?」
綾の指摘に江田留菜は頬を紅潮させ、「そ、そんなわけないでしょ!?」と、まだ未練があることが丸分かりな態度で否定する。
「あんな酷いことしといて今でも好きって……よく分かんないなぁ」
「分からないって何が?」
肩を竦めて呟いた綾に尋ねたのは、登校したばかりの久留井祥吾だ。
「あ、おはよう、久留井くん! 今日はごめんね、声もかけないで勝手に帰っちゃって」
「ううん、気にしないで。俺がぐーすか寝てたのが悪かったんだし」
「本当にこいつの家に泊まったのか、アスカ……」
「ごめんね、秋川くん。でも安心して、飛鳥川さんには何もしてないから」
「当たり前だ!」
顔を真っ赤にして憤慨する浩太に苦笑する祥吾。そのくっきりとした大きな瞳がすぐ側にいる江田留菜を捉えることはない。
そのことに耐え切れなかったのか、江田留菜は足早にその場を立ち去る。
小さな背中が遠ざかっていくのを無言で見送る琉奈に祥吾が
「ところで、日曜のことなんだけど」
と突然話しかけた。
「「日曜って何!?」」
祥吾の発言に、鬼すら取って喰いそうな形相で綾と浩太が噛み付く。
「いや、日曜に飛鳥川さんの件の決着を付けようってことになって、その説明をしようと……」
「決着? どういうことなの?」
「……詳しい話はお昼休みにでもしよっか。それでいいよね、飛鳥川さん?」
「うん。ここまできたら、綾と浩太にも聞いて欲しいし」
祥吾に同意する琉奈。
決意を固めた彼女を賛美するように、スピーカーからチャイムが高らかに鳴り響いた。
昼休み。高等部の屋上。
雲一つない、澄み切った蒼穹の下に集まった面々を、その場にいる部外差の生徒たちが凝視している。
設置されているベンチのうち二つを占領している、注目の的となっている集団は、普段屋上をよく利用している飛鳥川琉奈、松下綾に加え、部員との昼食をパスしてやってきた秋川浩太、そして誠一・祥吾・彰の久留井三兄弟の六名だ。
イケメン兄弟として校内で評判の三兄弟は、当然周囲の視線をその身に浴びているのだが、三人とも全く気にすることなく、自然体を貫いている。
却って注目されていない他の三人の方が動作がギクシャクしている。
そんな六人の手元にあるのは、各々の本日の昼食。
琉奈、綾、祥吾、彰の手中には弁当箱があり、浩太はコンビニのパンを、誠一は学校の購買部のパンを手にしている。
「……先輩、それ何パンですか?」
綾が誠一の手にしているパンを覗き込む。
「これ? これはトリプル焼きパン!」
高らかにパンの名前を告げ、掲げたそのパンの間には、焼きそばとたこ焼きとお好み焼きが少しずつ挟まっている。
「うちの学校の購買はずいぶん変り種のパンを作ってるんだね」
「これで購買のパンの半分は制覇したかんね」
呆れ顔の祥吾に、誠一は眩しいくらいの笑顔と共に親指を立てる。
一方、同じくパンを手にしている浩太は、至って普通のサンドイッチに口をつける。
「久留井くんたちはお弁当なんだね」
琉奈が目を遣った弁当箱の中には、ふりかけがかかったご飯と卵焼き、ウインナー、温野菜などのおかずが詰まっている。
「あ、たこさんウインナー!」
「あげませんよ」
宝物でも見つけたような声をあげた誠一を彰が牽制する。いじわる、と誠一は恨めしげに呟く。
「久留井くんが作ったの?」
祥吾と彰の弁当を見比べながら綾が尋ねる。
彼らの弁当は同じおかずが同じ位置に配置されており、同一人物が作ったものであることが伺えた。
「ええ、祥吾兄さんに作って頂きました。僕は祥吾兄さんの弁当じゃないとお昼食べた気にならなくて」
「恭子さんが作ると、たまにとんでもない弁当になるもんな。その点、祥ちゃんなら安心。料理も上手いし」
兄と弟に立て続けに褒められた祥吾の頬に淡く朱が差す。
「……琉奈ちゃんのはお母さんに作ってもらったの?」
「はい。今日帰った後に急ピッチで」
「……大丈夫だった?」
心配そうに顔を覗き込んでくる祥吾に、琉奈は「うん」と微笑んだ。
琉奈は綾と浩太に、昨日明らかになった自分と、自分の本当の親について話した。
綾は時折口を挟みながら、浩太はずっと無言で、琉奈の話に耳を傾けた。
そして、今の両親とは今までの関係を――どこにでもいる親子の関係を続けていくことも、綾と浩太、三兄弟にも告げた。
「じゃあ、今度は日曜日のことについて説明するね」
琉奈の話が一頻り終わったところで祥吾が切り出す。
「次の日曜日、飛鳥川先輩の件のかたをつけます」
彰はそう明言し、自身の弁当の最後のウインナーを口の中に放り込む。誠一が涙目で「たこさんウインナー……」と呟く。
「方法だけど、うちの一族の一人に当日来てもらって、飛鳥川さんの父親の魂が彼女をトコヨノ国に引きずり込むよう働きかけて、それに相手が乗ってきたところで俺たちも便乗して一緒にトコヨノ国へ行き、魂を散らす。これでいこうと思うんだけど」
祥吾は誠一の手にしているパンの上に、残っていた自分のウインナーを乗せる。誠一は絢爛たる笑みを浮かべ、救世主でも見るような瞳で祥吾を見つめる。
「一族の人って誰?」
「久留井由香理。僕たちの伯母にあたる女性です」
綾の疑問に答えたのは彰だ。
「彼女はさほど強い力を持っているわけではありませんが、それでもトコヨノ国の魂に何かしら働きかける程度の力はあるので、今回来てもらうことにしたんです。既に承諾もしてもらっています」
「それ、アスカに危険はないのか?」
「……正直に言えば、危険がないわけじゃないんだ」
「!?」
率直な意見を口にした誠一を、浩太が鋭く睨みつける。
「以前、琉奈ちゃんの父親の魂と対峙してみて、強い魂だってことが分かったんだ。不意打ちとはいえ、彰を吹っ飛ばしたりさ。それでも俺たち三人でかかれば散らせる自信はあるけど、多少琉奈ちゃんに危害が及ぶ可能性は否定できないんだ。もちろん琉奈ちゃんを守るために全力は尽くすけど」
「……それでも構いません」
誠一の至誠溢れる言葉に琉奈が応える。
「もうトコヨノ国に引きずり込まれることがなくなるのなら、それでもあたしは構いません。だから、力を貸して下さい!」
懇望する琉奈を見つめ、誠一、祥吾、彰の三人は一様に、力強く頷く。
「なぁ、それって俺も行ったらまずい?」
「あたしも! あたしも行きたい!」
「え? それは……どうする、兄貴?」
綾と浩太の申し出に困惑した祥吾が誠一に助言を求める。
「うーん……そうだなぁ、トコヨノ国に一緒に行くのは許可できないけど、それでもいいなら」
誠一の提案に、綾と浩太は口を揃えて「行きます!」と答えた。
「じゃあ、日曜の朝十時にうちに集合ってことで」
空になった弁当箱に蓋をし、祥吾が言う。
午後の授業の予鈴が決意に満ちた屋上に響き渡った。
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