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乱入者

1-2


 授業終了のチャイムが鳴る。

 昼休みに入った教室が一気にざわつく。

 飛鳥川琉奈は鞄から弁当箱と水筒を取り出すと、また女子の集団に巻き込まれる前にそそくさと自分の席を後にする。

「アスカ! 待ってよ!」

 松下綾の声が琉奈の背中にぶつかる。

「早いよ、アスカ……」

「だって、あの集団に巻き込まれたら大変だし。ていうか、綾こそ久留井くんのところに行かなくていいの? あたしなんかでいいの?」

「いつも一緒にお昼食べてる仲じゃん! なに、拗ねてるの? あたしがいなくて寂しかった?」

「うーん、そんなこともなかったかな」

「ええ~!? そんな悲しいこと言わないでよぅ」

「嘘。めちゃめちゃ寂しかった」

「仕方ないなぁ、そんな君の側にいてあげよう!」

 芝居じみた口調で綾が言う。

 思わず笑ってしまった琉奈につられ、綾も笑ってしまう。

 二人はそれぞれの弁当箱と水筒を片手に教室を出た。


 琉奈と綾がやってきたのは屋上。

 二人は転校が悪いとき以外はいつも、屋上を囲うフェンスに沿っていくつか設置されているベンチで昼食を楽しんでいる。

 今日の天気は快晴。降水確率も0パーセントと、外で食べるには絶好の空模様だ。

 二人が今日座ったのは、屋上の出入り口の正面に位置するベンチだ。

 腰を下ろすなり、早速胸を躍らせながら弁当箱の蓋を開ける。

「綾のお弁当っていつも彩りいいよね」

「ほとんど冷凍食品だと思うけどね……。アスカは今日はサンドウィッチなんだ! 美味しそう……」

「綾のお弁当のミートボールとどれか交換してあげよっか?」

「ホント!?」

「あ、でも卵焼きが挟んであるのはダメだからね?」

「はいはい。相変わらずの卵好きだね」

 他愛のない会話を交わす琉奈と綾。

 しかし、二人の平穏は突然の訪問者によって破られることとなる。


 自分の昼食に手をつけ始める二人。

 口にした昼食に舌鼓を打っていたら、正面に見えるドアが突然、勢いよく開かれ、中から一人の男子生徒が息を切らせて入ってきた。

 一体何事かと呆然として彼を見つめる琉奈と綾、そして屋上にいるその他の生徒たち。

 と、彼の目が琉奈たちを捉えると、一直線に二人の方へ駆け寄ってきた。

「綾、知り合い?」

「全っ然。アスカの知り合いじゃないの!?」

「あたしも知らないよ!」

 困惑する二人をよそに、彼はどんどん近づいてくる。

 そして、とうとう二人の目の前までやって来た男子生徒は、

「ごめんね! ちょっと後ろに隠れさせて!」

 と言うや否や、二人が座るベンチの裏に入り込んだ。

 訳が分からない琉奈と綾はそのままに、男子生徒は体を小さく屈め、背もたれからひょっこり顔を出して周囲の様子を伺う。

 すると、再びドアが物凄い勢いで開け放たれ、今度は数人の女子生徒が現れた。

 彼女たちは屋上中をきょろきょろと見回し、どこに行ったのかしら、などと口々に言い合いつつ、ドアの向こうへと戻っていった。


「ごめんね、急に邪魔しちゃって……。びっくりしたよね」

 屋上に静けさが戻るなり立ち上がった男子生徒が、琉奈と綾にそう謝った。

「いえ、大丈夫で……す……」

 振り返り、駆け込んできた男子生徒を見上げ、改めて彼の顔を見た二人は固まってしまった。

 端整かつ精悍な顔立ち。切れ長で凛とした眼が印象的なその顔を見て、俳優か何かだろうかと琉奈は思った。

「……俺の顔、何か付いてる?」

「! い、いえ、何も……」

 答えながら、琉奈は隣の綾に目を遣る。

 琉奈の予想通り、綾は久留井祥吾を初めて見た時と同じ目で彼を見つめていた。

「今日は朝からずっとあんな感じでさぁ……。昼食は弟たちと食べるって約束してっからっつっても全然聞いてくんないし。この学校の女子って男子に飢えてんの?」

 頭をばりばりと掻きながら、屈託のない口調で話す男子生徒。

 琉奈は苦笑しながら、「共学ですから、そんなこともないと思いますけど」と答えた。

「っと、早く行かないと昼休み終わっちまう! ……あのさ、食堂ってどこにあんの?」

「食堂なら一階ですよ。中等部との境にあります。……最近転校してきた、とかですか?」

「最近っていうか、今日ね。俺は三のBの久留井誠一(くるいせいいち)。よろしくね」

「久留井……ってもしかして――」

「久留井祥吾くんのお兄さんですか!?」

 琉奈の言葉を遮り、綾が大声で尋ねる。

 あまりに大きな声に男子生徒――久留井誠一は一瞬目を見張るが、すぐに明るい笑顔を浮かべ、

「君たち、祥ちゃんと同じクラスの子なの?」

 と尋ね返してきた。

「はい。あたしは飛鳥川琉奈です」

「松下綾ですっ!」

「琉奈ちゃんに綾ちゃんか。よろしくね! 二人とも、祥ちゃんと仲良くしてあげてね」

 そう言って笑いかけてくる誠一。綾は頬を紅潮させ、しゃちほこ張りながら「もちろんです!」と答える。

「ホントにありがとね! じゃっ!」

 二人に向かって手を振りながら屋上から去っていく誠一。

 琉奈と綾もそれに応えながら彼を見送る。

「なんか……嵐のような人だったね。突然現れたと思ったら、颯爽と去ってって」

「うん。でも太陽みたいな笑顔がすごく素敵だったなぁ……」

 綾はそう言いながら、未だに誠一が出て行ったドアをぼんやり見つめている。

「にしてもさ、久留井くんってお兄さんとあんまり似てない気がしない? どっちもイケメンには違いないけど」

 琉奈の言葉に、「言われてみれば」と綾も思案顔で頷いた。

 ぱっちりとした目をしている弟の祥吾に対して、兄である誠一は切れ長の目をしている。それだけの差でも受ける印象がだいぶ違った。

「それとさ、久留井くんの唇ってちょっと厚めなんだけど、お兄さんはちょっと薄めだったよね」

「父親似か母親似ってことかな?」

「こうなると、もう一人の弟はどうなのかって気になるよね!」

 おもちゃを見つけた子供のような顔で綾が言う。

 綾の情報では、二人の兄と共に転校してきた三男は中学三年生で、同じ学校の中等部にいるという。

「……食堂に行ってみようよって言うなら、あたしは行かないよ」

「――! それは……」

 琉奈にあっさりと先手を打たれ、綾は次に言おうとした言葉を失って口ごもる。

「久留井くんもお兄さんも、女子に囲まれたり追いかけられたりで大変そうじゃん。もしかしたら中三の弟くんも同じ状態かもしれないし。お昼くらい、せめてあたしたちは邪魔しないであげようよ」

 ね? と同意を求める琉奈に、綾も「そうだね」と頷いた。

「あーあ。大人だなぁ、アスカh。それともイケメンに興味ナシ?」

「全くないってわけじゃないけど、みんなほどじゃないのかな」

「ふぅん……そういうもんか」




「飛鳥川さん! 松下さん!」

 屋上での昼食を終え、昼休み終了のチャイムが鳴る前に教室へ戻ろうと廊下を歩く琉奈と綾を呼び止める声が、後ろから飛んできた。

 二人が振り返ると、そこには久留井祥吾がいた。

「久留井くん! どうしたの?」

 琉奈がそう問いかける。

「さっきは兄貴がお世話になったみたいで……ありがとね」

「お世話って……そんな大したことしてないよ。ね、綾?」

「そうそう。特に何かしたって訳じゃないし。久留井くん、お兄さんたちと食堂で食べれたんだ?」

「昨日から約束しててさ。大きな食堂だからびっくりしたよ! で、食べてる最中に兄貴から二人の話を聞いて。兄貴も助かったって感謝してたよ」

 にこにこと笑みを浮かべながら話す祥吾。

 彼の話を聞きながら、琉奈は女子たちに囲まれているときとは違う、自然な彼の笑顔を始めて見たなぁ、とふと思った。

「あ、お弁当……」

 綾が祥吾の手にある弁当箱に目を留め、呟く。

「そうだけど……どうかした?」

「何って訳じゃないんだけど、うちの学校の男子って学食のパンとかで済ます人が多いから」

 不思議そうに尋ねる祥吾に綾が説明する。

「そうなんだ。最初で勝手も分からないかなって思って作ってきたんだけど」

「……作ってきた?」

 琉奈が祥吾の言葉を反芻する。

 祥吾は慌てた様子で、

「あっ、いや、母がね! 朝作ってくれて!」

 と弁明するが、嘘で言い繕っているのは誰の目から見ても丸分かりだった。

「すごい! 久留井くん、料理できるんだ!」

 胸の前で両手を組み、目を輝かせながら綾が言う。

 言い開きを諦めた祥吾は照れくさそうに笑う。

「前に女々しい趣味だって言われたことがあって……。でも、美味しいものを作るのは好きだし、それを誰かが食べて、笑顔になってくれるのを見るのも好きだから。俺の場合は主に兄弟なんだけど」

「じゃあ、今日は兄弟の分も作ったの?」

 琉奈が尋ねると、祥吾は「大したものじゃないけどね」と答える。

「すごいっ! こんなにカッコ良くて、しかも料理までできちゃうなんて! ますます女子にモテちゃうね!」

 小さく拍手をしながら嬉々として話す綾。

「……そう、かな。なら嬉しいけどね」

 嘘っぽい。すごく。

 琉奈は内心呟いた。

 嬉しい、と答えた祥吾だが、琉奈にはその言葉が先ほどまでとは違い、ひどく空虚に聞こえた。

「――あ、ケイタイ鳴ってる」

 急にそう零した綾は制服のポケットから携帯電話を引っ張り出す。

 そして、二つ折りの携帯電話を開き、着信相手を確認するなり、

「ごめん! 桜井先輩に呼ばれたから、ちょっと行ってくんね!」

 と言って足早に立ち去ってしまった。

「あたしたちも教室に戻る?」

「……もし迷惑じゃなければ、もう少し一緒に話してられないかな? 席に戻ると……その、また囲まれそうだし」

「久留井くんって女子が苦手とか?」

 申し訳なさそうに雑談の相手を懇願する祥吾に、琉奈は素朴な疑問を口にする。

「そういうわけじゃないけど……ああやって大人数に囲まれるのはちょっと。まして、前の学校は男子校だったし、兄弟だって男しかいないし」

「そういえば、お兄さんってすごく明るい人なんだね」

 兄弟、という単語から祥吾の兄である久留井誠一の人懐っこい笑顔を思い出し、琉奈が言う。

「久留井くんもだけど、お兄さんも有り得ないレベルでカッコイイから、初め緊張しちゃったけど、すごく接しやすいっていうか、人当たりがいいっていうか」

 琉奈の感想に、祥吾は恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

「馴れ馴れしかったんじゃない? ごめんね、悪い人じゃないんだけど」

「ううん。話しててこっちまで楽しくなっちゃった。弟さんもあんな感じなの?」

「弟は……あ、彰って言うんだけど。そうだなぁ……掴みどころがないっていうか。あいつを一言で表すのは難しいな。まぁ、機会があれば紹介するね。飛鳥川さんはお兄さんとかいるの?」

 祥吾の問いかけに、琉奈は少し考えてから首を横に振る。

「あたしは一人っ子。だから、久留井くんみたいな兄弟がいるの、羨ましいな」

「そうかな? 兄弟いると大変だよ。夕飯の時はしょっちゅうおかずの争奪戦が起きるし、それが終わると今度はテレビのリモコン争奪戦! 毎日大変なんだから!」

 愚痴を言いながらも笑顔を絶やさない祥吾を見つめる琉奈。

 その顔には微笑みが浮かんでいるが、その瞳の奥に深い悲しみを湛えている。

 しかし、話に夢中の祥吾はそのことに全く気づいていない。


 二人の会話は午後の授業開始を告げるチャイムが鳴るまで続いた。


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