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真実

1-19


「お父さん、お母さん。あたし、二人の実の娘じゃないの?」

 夕食後。一家団欒の時間。

 ソファで一人テレビを見ている兄を背に、両親と共にお茶を飲んでる最中、琉奈はそう切り出した。

 両親は茶を啜るのをやめ、「どうしてそんなこと言うの?」と母親が琉奈に問いかける。

「八月二十四日のこと調べてたら刺殺事件の新聞記事を見つけたの。そしたら、そこに長女って文字があった。あたしは本当は穂積って夫婦の娘なの?」

 問いを重ねる琉奈に対し、両親は沈黙する。

「ねぇ、教え――」

「もういいだろ」

 琉奈の言葉を遮ったのは、彼女の背後にいた兄だった。彼は更に続ける。

「もう話せばいいだろ、二人とも。ここまで知られた以上、隠し通せねぇだろ」

「兄さん……」

「俺はお前の兄じゃない。俺はお前の従兄弟だ」

「従兄弟……!?」

「母さんの妹の名前は明美。亡くなった穂積明美さんは母さんの妹なんだ」

 絶句する琉奈に父親が告げる。隣に座る母親の目には涙が滲んでる。

「明美ちゃんが悟と結婚したのはお前が生まれる一年前のことだった。結婚当初の二人は幸せそのもので、お前を妊娠してると分かった時、二人は本当に幸せそうだった。……本当に幸せだったんだ、あの時の二人は」

「あの時は? その後何があったっていうの……?」

「お前が生まれてからしばらくして、悟が勤めていた会社が倒産したんだ。その後の再就職もうまくいかず、悟は次第に荒れ始めた。昼間はギャンブルに明け暮れ、夜は延々と酒を飲み、やがて明美ちゃんに手を上げるようになってしまった」

「典型的な暴力夫だな」

 兄が横槍を入れる。琉奈も内心確かに、と思った。

 テレビドラマや生き別れた肉親を探す番組の再現映像などでは見たことあるが、それが現実に、しかも自分の実の父親がそんな人間だったとは。

 ショックだった。

「悟くんは初めはそんな人じゃなかったのよ」

 それまで沈黙を貫いていた母親が口を開く。

「昔は明るくて、礼儀正しくて。この人なら明美を幸せにしてくれるって、私もおじいちゃんたちも信じてたの。なのに……」

「明美ちゃんは頑張り屋さんで、他人に対して気を遣いすぎるところがあった。俺たちが悟がしていたことの全て知ったのは、事件が起きた後だった。もっと早く気付いてあげていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。明美ちゃんにも、お前にも申し訳ないことをした」

「一体何があっったの? どうしてあたしの実の親は殺されたの?」

 母親の言葉を引き取り、語り続ける父親に琉奈が問う。

 父親は重苦しい溜息を一つ、何かを決意するように吐き出し、話し始める。

「平成十八年八月二十六日、近所の人からの通報で、悟と明美ちゃんの遺体が家から見つかった。二人の死因は刺し傷による失血死だった。お前は多少腹を空かしていたものの、至って元気だった。

 二人を殺した犯人は誰なのか、警察が捜査した結果、分かったのが今から話すことなんだが……お前にとってすごくショックな内容だと思う。それでも全て聞きたいか?」

 父の言葉に琉奈は無言で頷いた。

 ショックな内容、という言葉にしり込みをしなかった訳じゃない。

 けれど、それ以上に真実を知りたいという気持ちが強かった。

 この気持ちが強いうちに全てを聞いておかなければ。

 琉奈はそう感じた。

「……分かった。お前の覚悟を尊重しよう。

 まず、明美ちゃんを殺したのは悟だ。明美ちゃんは刺される前、全身を殴られていた。悟の手には、明美ちゃんを殴った時に負っただろう傷もあった。遺体の検視結果から、死ぬ直前まで悟は酒を飲んでいたことも分かってる。おそらく酔った勢いで明美ちゃんを殴り、包丁で刺し殺したんだろう。

 そして、悟を殺した犯人だが……包丁からは二種類の指紋が出た。一つは悟のものと一致した。そしてもう一つの指紋は……琉奈、お前のものと一致した」

「!!?」

「あくまで状況から推理した警察の見解だが……明美ちゃんを殺した後、そのまま眠ってしまった悟を、琉奈が明美ちゃんの体から引き抜いた包丁で刺して殺したんだろう」

 琉奈は告げられた事実の大きさと重さに茫然とし、目を見張り、体を震わせる。

「あ……あたしが……殺し、た?」

「お前を引き取ってしばらくした頃、母さんが包丁を持つのを見て、「それでお魚を動かなくするんだね」と言ったことがあった。おそらくお前は明美ちゃんが刺し殺されるのを遠くからか、明美ちゃんの腕からか見ていて、包丁イコール生き物の動きを止める道具だと思ったんだ。だから、母を殴る父を止めたい一身で母の首から包丁を抜き取り、寝ている父の首に突き立てたんだ。

 決して殺すつもりはなかっただろう。まだ死というものを理解できるはずがなかったからな。それに、悟の暴力は時々お前にまで及んでいたんだ。父を止めたいと思って当然だよ。だから、お前はちっとも悪くないんだ、琉奈」

「で、でも……でも! あたし……あたしが……あたしが! ホントの父を殺したんだ! この手で!」

「琉奈!」

「この手!! この手で!! ……殺したんだぁ……!」

「「!」」

 両親が気付いた時には既に遅かった。

 琉奈は椅子から立ち上がるなり、目にも留まらぬ速さで自宅から駆け出していった。


 だからか。

 あたしが殺したからか。

 あたしに殺されたからか。

 だから父の魂は怒りに満ちていたのか。

 恨みを晴らしたいからトコヨノ国に引きずり込んでいたのか。

 あてもなく走り続けながら、琉奈は頭の隅で考える。

 普通じゃないことが起きている自分に、普通じゃない過去があることは覚悟してるつもりだった。

 けど、ちょっとこれはハード過ぎ。

 内心ひとりごちる。

 涙が溢れて止まらない。

 なんで泣いているんだろう?

 両親が実の親じゃなかったから?

 実の親が死んでいたから?

 自分が父親を殺したから?


「飛鳥川さん!?」

 唐突に名前を呼ばれ、琉奈は反射的に立ち止まる。

 眼前にいるのは、スーパーで買い物を済ませたばかりらしい久留井祥吾だった。

 いつの間にか、やや離れているはずの彼らの生活圏にまで来てしまっていたようだ。

「ちょっと、どうしたの!? 大丈夫!?」

 何か拭く物はないかとジーパンのポケットを漁りながら駆け寄ってくる祥吾に琉奈は縋りつき、声をあげて泣いた。

 子供のように、感情の向くままに。

 祥吾は黙って琉奈の背中に手を回し、優しく撫でた。

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