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事実

1-18


 松下綾曰くの久留井誠一二年A組突撃事件から数日後。

 平成十八年八月二十四日についての情報は得られぬまま、けれど穏やかな飛鳥川琉奈の日常を破ったのは、幼馴染である秋川浩太から来た一通のメールだった。

 放課後、部活へ向かおうとする綾と軽く談笑をしていた琉奈の元にそのメールは届いた。

 内容は『今すぐコンピューター室へ来い』という、至ってシンプルなものだった。

 コンピューター室は高等部の特別棟四階にある。PCおよそ五十台が並んでおり、放課後は生徒たちがPCを使えるように開放されている。

 詳しいことは分からぬまま、とりあえず琉奈は特ダネの匂いがすると言い張る綾と共にコンピューター室へと急いだ。

「あれ? 琉奈ちゃんと綾ちゃんじゃん!」

 コンピューター室へと向かう途中、琉奈たちは久留井誠一・彰兄弟と鉢合わせした。

「もしかして誠一先輩たちもコンピューター室に?」

「うん、祥ちゃんに呼び出されて」

「久留井くんにですか? あたしたちは浩太に呼ばれたんですけど。一体なんですかね?」

「とにかく今はコンピューター室へ急ぎましょう。詳しいことは後でお二人から聞けばいいですし」

 彰に促され、四人は共にコンピューター室へと向かった。


 コンピューター室のドアを開けると、数人の生徒たちがPCを使用しており、その中に琉奈たちを呼び出した張本人である秋川浩太と久留井祥吾の姿もあった。

「どうしたの、浩太? 急に呼び出すなんて。ていうかあんた部活は?」

「見せたいものがあるんだ。これ見て」

 歩み寄る琉奈の問いに答えることなく話を進める浩太。

 琉奈は彼が指差す画面を覗き込む。彼女の後についてきた綾、誠一、彰たちも同様にモニターに目を遣る。

「これは……!?」

「秋川くんが見つけたんだ。俺たちだけで調べるのも限度があるし、秋川くんはよくパソコン使うって聞いてたから、ここ何日か協力してもらってて。で、調べてたら出てきた記事だよ」

 祥吾が説明する記事とは、今PCのモニターに表示されている、平成十八年八月二十六日付の、一件の刺殺事件の小さな記事だ。


『首を刺された夫婦の遺体発見 A市のアパート

26日午後3時5分頃、A市の市営アパート3階にある穂積悟さん方で、男女とみられる二体の遺体が発見された。遺体は穂積悟(30)と妻の明美さん(29)と確認された。二人は首を刺され殺害されたとみられる。遺体の状態から、死後2~3日経過している模様だ。なお、長女(2)は無事だった。警察は殺人事件として捜査を進めている。』


「事件の日付が二十六日じゃん。二十四日じゃないけど」

「よく読んでよ。死後二、三日経過ってあるでしょ? だから、この夫婦の遺体が見つかったのは二十六日だけど、亡くなったのは二十四日って可能性もあるじゃない」

 祥吾の返答に、誠一は「なるほどね」と頷く。

「事件発生から発覚までタイムラグを考えないで、平成十八年の八月二十四日に起こった事件についてだけを調べてたから何も見つかんなかったんだよ。調べる日付を広げた結果、他にも何件か似たような事件がヒットしたんだけど、この事件に絞ったポイントは生き残った二歳の女の子。今から十五年前に二歳だったってことは、今は十七歳になってる。飛鳥川さんの年齢と合致するでしょ?」

「それは、そうだけど……そうじゃなくて」

 震える声で答える琉奈は酷く動揺していた。

 年齢が合致しているのはもちろんだが、それ以上に琉奈を混乱させたのは、記事の中にある「長女」の二文字だ。

 もしこの記事の中にある子供が自分であるとするならば、自分は――。

「! アスカ、大丈夫?」

 パニックを起こしかけている琉奈に気付き、浩太が声をかける。

 琉奈は「大丈夫」と返そうとしたが、口をぱくぱくと魚のように動かすことしかできなかった。

 とてもじゃないが、嘘でも「大丈夫」などと言える状態ではなかった。

「! アスカ!!」

 浩太の呼びかけに応じることなく、琉奈は脱兎のごとくコンピューター室を出ていった。

「……どうやら作戦失敗だたみたいだね、秋川くん」

 祥吾の台詞に浩太が「そうだな」と応じる。

「作戦? 作戦って何なの、祥ちゃん?」

「いや、まず年齢に注目させて、長女云々っていうのは後からゆっくり解明していこうって秋川くんと話してたんだけど……鋭いね、すぐ気付かれちゃった」

「なになに、なんで長女ってところがダメなの?」

「頭悪いですね、誠一兄さん」

「なにぃ!?」

「長女ってことは、この生き残った女の子は死んだ穂積夫婦の娘ってことになるじゃないですか。で、今のご両親は本当の親じゃないってことにもなりますし」

「……あっ!」

 彰に指摘され、ようやく事態の深刻さに気付いた誠一は一際大きな声を上げ、手を打つ。

「あたし、アスカ追いかけてきます!」

「うん、お願い、松下さん」

 祥吾の後押しを受け、綾は琉奈を追ってコンピューター室を後にする。

 残った男四人は再びPCのモニターに向き直る。

「この事件の続報ってないの?」

「新聞の地方版には載ってたかもしれないけど、ネットで探した範囲では何も……。なんせ古い事件だし、他の凶悪事件の陰に隠れちゃって」

 苦々しげにモニターを見つめ、時折スクロールバーを上下に繰り返し動かしながら浩太が言う。

「本当にこの長女っていうのが琉奈ちゃんなのかな?」

「可能性は十分あると思いますよ。飛鳥川先輩の本当の両親が同一の部屋で死んだのなら、二つの魂が同一の空間にいたのも納得できます。ただ、父親の魂か母親の魂か分かりませんが、本来子供を保護すべき親の魂が子供をトコヨノ国に引きずりこんで攻撃までする、というのが気になりますね。その点を解明するためにも、事件の経緯をもっと詳しく知るべきですね」

「……飛鳥川さんには辛い思いをさせちゃったね」

 刺殺事件やトコヨノ国での出来事について考察する兄弟たちの横で、祥吾は誰に聞かせるでもなく静かに呟いた。


 琉奈の姿は二年A組の教室にあった。

「アスカ……」

「ごめんね、取り乱したりなんかして」

 窓から差し込む西日によって橙色に染め上げられ、普段と違う顔をしている教室は、綾にはトコヨノ国のように別次元なものに感じられる。

 そんな空間で唯一人、自分の席につき、机上の鞄に視線を落としたまま琉奈が謝った。

「仕方ないよ。だって……あんなこと知ったら、誰だってそうなるよ」

「でもね、あたし……心のどこかでずっと思ってたんだ、小さい頃から」


「アスカは薄々分かってたんじゃないかな」

 琉奈の心情に思いを巡らし、沈黙する久留井三兄弟に浩太がそう切り出した。

「それってどういうこと、浩太くん?」

「うちでも何度か話題に上ったことがあるんですけど……あいつ、他の家族の誰とも似てないんです」

「「「!!」」」

「強いて言えば母親に多少似てると思うけど、それでも二人が並んで立てばようやく分かるくらいで」


「お父さんとは全然似てないし、もちろん父親似の兄とも似てない。近所のおばさんとか、友達の親とか、無神経な人たちからも似てないわねって言われたことが何度かあったの。だから、確かにショックだったけど、やっぱりねって気持ちもあるんだ」

 淡々と話す琉奈。

 綾は琉奈の頭を無言で撫でる。

「今日はっきりさせるよ。そして、何かが起きる前にトコヨノ国のことも解決しなくちゃ」

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