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乱感

1-16


「彰くん!」

「……やれやれ。不意打ちって言うのはかなり卑怯な行為だと思うんですけどね」

 彰は体勢を崩したものの、すぐに立ち直る。

 彼の体の前には光の壁が現れており、彼と光の塊の間に悠然と立ちはだかっている。

「油断しちゃだめだろ、彰」

 誠一が言う。その視線は宙に浮かぶ光に注がれている。彰もまた、光を見つめたまま「すみません」と謝った。

「琉奈……あれ、何なの?」

「魂なんだって。多分、あたしを何度もここに引きずり込んでる魂」

「魂!? あれが!?」

「さてと。一体どこのどなたさんでしょうかね?」

 誠一が剣を構える。

 彼の声に呼応するかのように、白い光の塊の輪郭が揺らぎ始める。

 その時。

「誠一兄さん!」

 少し離れたところから周囲の様子を伺っていた彰が鋭く誠一を呼ぶ。

 その視線は、白い光の塊でもなければ、誠一でも、琉奈たちでもなく、別のものに向けられている。

「……マジ?」

 誠一が茫然と彰と同じものを――琉奈の背後に現れた、新たな光の塊を見つめる。

 もう一つの塊は五人の顔を確認するように浮遊した後、急にフラッシュを焚いたように強く輝いた。

 あまりの光の強さに目を開けていられなくなった琉奈たちは、反射的に瞼をきつく閉じる。

 やがて光が収まり、おそるおそる目を開けてみると、元のカラオケボックスの中に戻っていた。

 トコヨノ国に引きずり込まれる前に入れておいた、彰が選曲した演歌の渋いメロディが流れ、大きな画面の中では一人の女性が崖の上に立ち尽くしている。

「戻って、きたの……?」

 事態の変化についていけていないらしい綾が誰にでもなく問いかける。

「ええ。どうやら現実世界に強制送還されたようですね。こんなこと、普通はないんですけど。どう思いますか、誠一兄さん?」

 彰が更に誠一に問いかける。

「詳しいことは分かんないけど、多分途中で乱入してきた魂が関係してんじゃないかな。普通、一つの空間には一つの魂しか住み着かないのに、同一空間に二つの魂がいたっていうのはおかしいし。そんでもって、おそらく最初に現れた魂が琉奈ちゃんをトコヨノ国に引き込んでる原因の魂で、次に現れた魂が琉奈ちゃんをトコヨノ国から現実に戻してくれてる魂だと思う」

「あのもう一つのが、あたしを?」

「間違いないと思うよ。あの魂のおかげで琉奈ちゃんはこっちに戻ってこられてたんだ。問題は、あの二つの魂が琉奈ちゃんにどう関わってるのかってこと」

 誠一は光の剣が消え失せた右手を顎に当て、視線を宙に巡らせる。

「彰、どう考える?」

「そうですね……僕の勝手な印象ですけど、初めに現れた魂からは強い憤怒を感じました。おそらく最初の魂は飛鳥川先輩に対して強い怒りを覚えています。もう一つの魂ですが、こちらからも激情を感じましたが、感情の種類は真逆でした。飛鳥川先輩を守らなければ、という慈愛に満ちた感情が感じられたんです。その辺りがポイントになるのではないでしょうか?」

「憤怒……慈愛……」

 二つの単語を聞いた時、琉奈の脳裏に三つの顔が浮かんだ。

 憤怒で思い出されるのは兄の顔。

 慈愛で思い出されるのは両親の顔。

 しかし、彼らは生者であり、兄はともかく両親が自分をトコヨノ国に引き込むほどの感情を抱いているとは琉奈には思えない。

 琉奈の頭は混乱するばかりだった。




「ねぇ、平成十八年の八月二十四日って何かあった?」

 帰宅後。家族揃っての夕食時に琉奈は思い切って両親に尋ねてみた。

 問いかけた瞬間、ビールを呷っていた父親は盛大にむせ、母親は手から箸を滑り落とし、兄は普段以上に鋭い目つきで琉奈を睨んだ。

「ど、どうして急にそんなこと訊くの?」

 母親が言う。平静を装ってはいるが、動揺しているのは誰の目から見ても明らかだ。

 怪しすぎる。

 琉奈は内心ひとりごちる。

「別にどうってことはないけど、訊いてみただけ」

「そ、そうなの。何かありましたっけ、お父さん?」

「さ、さぁ……どうだったかな? 誰かの誕生日だったかな?」

 必死にその場を取り繕う両親に不審の眼差しを向ける琉奈。

 しかし、これ以上訊いても今は何も話してくれそうにないので、更に問い詰めるのはやめることにした。

 現代にはインターネットという便利なものがある。明日、学校のPCで調べれば何か分かるはずだ。

 そう決意する琉奈を、兄はじっと見つめていた。




 久留井三兄弟の次男である久留井祥吾が帰宅したのは、兄の誠一と弟の彰、母親の恭子が夕食を済ませ、片づけまで終えた午後九時過ぎのことだった。

「遅かったね、祥ちゃん。……なんか疲れてない?」

 弟を出迎えた誠一は、祥吾の顔を見るなり眉間に皺を寄せた。

「そりゃ疲れるよ、ずっと外にいたんだし。やっぱり家は落ち着くね」

「祥吾」

 苦笑しながら兄の横を通り過ぎようとした祥吾の腕を誠一が掴み、引き止める。

「どうした? 何があった?」

 尋ねる誠一の声色は優しいが、誤魔化しを許さない厳しさも孕んでいる。

 祥吾はその顔から一切の笑みを拭い去り、深い溜息を零す。

「……あの人、すごくしつこかったから。だから、ちょっと自虐ネタに走ったんだ。そしたら……思いのほか精神的にダメージ食らっちゃって」

「自虐って、まさかお前……」

「なんで俺、こういう時は不器用なのかな? なんでかな? ……ねぇ、兄貴。俺ってなんでこうなんだろう?」

 無理に口角を釣り上げて唇を歪め、不自然に笑う祥吾。

 繰り返し兄に疑問を投げかけるその声は、ところどころ震えている。

 誠一は何も言わず、俯く弟の頭を抱きしめた。

「きゃっ! 兄さんたち、そういう仲だったんですか!? こんなに長く一緒に住んでたのに気付かなくてすみません!」

「「違うわ!!」」

 通りかかった弟の勘違い発言に対する二人の同時ツッコミが久留井家にこだました。

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