表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/49

記憶

1-15


 ボーリングは二ゲーム行い、彰の圧勝という形で終了した。

 続いて五人がやってきたのは、同じ施設内にあるカラオケボックスだ。

 誠一は率先して受付を済ませ、店員に指定された部屋へと他の四人を誘導する。

「誠一兄さん、歌上手いんですよ」

 綾と共に前を歩く誠一に聞こえない程度の声で、彰が琉奈と浩太に言う。

「うん、なんか上手そうな感じするね」

「僕にボーリングで負けたのが悔しかったのかな」

「え? それでカラオケかよ? 確かに言いだしっぺはあの人だったけど」

「いつも兄貴風吹かせてますけど、本当は僕たち兄弟の中で一番負けず嫌いで子供っぽいんです」

 小首を傾げた浩太に、彰が苦笑しながら答える。

「……でも、彰くんとって大好きなお兄さんなんだよね?」

 琉奈が言う。彼女には彰の苦笑いが、愛があるゆえのものだと分かっていた。

 彰はややはにかみながら、

「ええ。大切な兄です」

 とはっきり答えた。




「カオスだよ、これ……」

 選曲用の機械を見つめ、綾が呟いた。

「? どうしたの、綾?」

 隣に座る琉奈が綾の手中にある機械のディスプレイを覗き込む。

 皓々と光る画面の上部にあるのは、『履歴TOP100』の文字。その下には、これまでの二時間に琉奈たち五人が歌った歌のタイトルが並んでいる。

 最近発売になった新譜。一昔前に流行した曲。アニメソング。演歌。韓流歌手の曲。懐メロ。ゲームのテーマソング。有名アーティストの人気曲。こどものうた。

 共通点のない曲のタイトルが同一画面上に表示されているのを見て、琉奈も「確かにカオスだね」と頷いた。

「綾ちゃん、次の曲入れたー?」

 マイクを手にしたまま誠一が尋ねる。「今入れます!」と綾が慌ててタッチペンでアーティスト検索を始める。

 その時だった。

 琉奈の心臓が一際大きく跳ねた。

 全身の感覚が現実と乖離していく。同時に襲いかかってくる、あの感覚。

 ――こんな時に!?

 琉奈の心の叫びが聞こえたのか、それとも第六感で察知したのか、マイクを投げ捨てた誠一と彰が琉奈に駆け寄り、彼女に触れる。

 隣に座る綾が琉奈にしがみつき、浩太が誠一の服の裾を掴む。

 次の瞬間、琉奈たちの眼前の風景が一変した。

 琉奈にとっては見慣れた、他の四人にとっては見慣れぬ風景に。


「ここは……アパートか」

 室内を見回しながら誠一が言う。

 誠一も、彼の意見に「そうですね」と同意する彰も至って冷静に周囲を観察する。

 一方、初めて異空間――トコヨノ国に引きずり混まれた綾と浩太は顔を強張らせ、落ち着きなくあちこちに目を遣っている。

「ずいぶん年季の入ったアパートだね」

 一頻り辺りを見回し終えた誠一が漏らした感想に「はい」と琉奈が応じる。

 木造と思しき六畳一間のアパートの中心には、ガムテープで脚をぐるぐる巻かれた丸いちゃぶ台が置かれ、その横には万年床と思われる布団がしわくちゃのまま敷かれている。カタカタと不快な音をたてながら風を送り出している扇風機の羽はひび割れ、相当年使っていることが伺える。見慣れぬラベルが貼られた空の茶色いビール瓶がフローリングの上や狭い台所など、あちこちに放置されている。強い日差しが差し込む、ひびの入った窓の向こうから絶えず聞こえてくるのは、何匹ものツクツクホウシの鳴き声だ。

「誠一兄さん」

 彰が誠一を呼ぶ。

 その手には新聞が一部握られている。

「どうした?」

「これを見て下さい。……ここです」

 差し出された新聞を受け取り、誠一は彰が指差す箇所に視線を落とした。

「……平成十八年八月二十四日? 今から十五年も前じゃん」

「おそらくこの空間の設定が十五年前の八月二十四日なんでしょう。飛鳥川先輩、この日付に何か心当たりはありませんか?」

 琉奈は無言で首を横に振る。

 平成十八年の八月二十四日という日付に聞き覚えはないし、その日に何か縁がある人物にも覚えはない。

「ひっ……!」

 不意に綾が引きつった声を上げ、近くにいる誠一にしがみついた。

「どうしたの、綾ちゃん!?」

「あ、あれ……包丁……!」

 体と声を震わせながら綾が指差す先にあるのは、米びつの側にある一本の包丁。誠一は目を凝らし、ようやく綾が恐怖している理由に気付いた。

 ゆっくりと包丁へと歩み寄り、摘み上げる。

 その場にいる全員が息を呑んだ。

 包丁は血みどろだった。血は既に乾いており、どす黒く変色している。

 その姿に誰もが戦慄する中、琉奈は頭の中に何か引っかかるものがあるのを感じた。

 見覚えがある気がした。血みどろの包丁に。

 一体どこで目にしたのか。記憶の森から一枚の木の葉を探し始めようとした時。

「「!!」」

 何かに感づいたらしい彰が厳しい眼で周囲を警戒し、誠一は右手に光の剣を宿した。

「な……何だよ、その剣!?」

 誠一の剣を初めて目にした浩太が喚く。綾も驚いた様子で剣を凝視する。

「前にトコヨノ国は魂の力が作用する世界って言ったよね。これもその作用の一つの形なんだ」

「魂の力の作用……? それでなんで剣が!?」

「僕たちは自分の魂の力を具現化することができるんです」

 今一つ理解できていないらしい浩太に彰が説明を付け加える。

「普通の人たちはただ体内に溜め、消費していくことしかできない、精神エネルギーとも言うべき魂の力を引き出して操り、武器や防具の形に具現化することで、人に危害を及ぼす魂を散らすことができるんです。僕たちはそういうことが生まれつきできる一族なんですよ」

「! 彰!!」

 突然、誠一が叫んだ。

 刹那、どこからか現れた白い光の塊が猛スピードで彰に突進し、彼の体を壁へと弾き飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ