思念
1-14
それから何事もなく過ぎ去った数日後の日曜日。
布団の中で惰眠を貪っている飛鳥川琉奈の携帯電話がリズミカルな電子音を奏で、着信を知らせる。
琉奈は布団に包まったまま、ベッドの上から机に手を伸ばし、手探りで携帯電話を探す。
しばらくして無事携帯電話を手にした琉奈は、二つ折り携帯電話を開き、ディスプレイに視線を落とす。
電話着信、という文字の下に表示されているのは電話番号のみ。名前が出ないということは、登録されていない番号だ。
応答しようか迷ったが、久留井三兄弟からの電話という可能性に思い至り、通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
『あ、琉奈ちゃん? 久留井誠一です』
予想通り、相手は久留井三兄弟の長男である誠一だった。
「先輩! おはようございます」
『おはよ。突然だけど、琉奈ちゃん今日ヒマ?』
「ええ、まぁ予定はありませんけど」
『ホント!? じゃあさ、一緒に駅前の何とかパークに行かない?』
「へ!?」
予想外の誘いに琉奈は一オクターブ高い声を上げる。
駅前の何とかパーク、という言葉から琉奈は駅の東口側にある、アミューズメントの大型複合施設を思い浮かべる。誠一が指しているのは多分そこだ。
『前から行ってみたいと思ってたんだけど、彰と二人で行っても盛り上がらなさそうだから。琉奈ちゃんも一緒にどうかなぁと思って。どう?』
「いいですよ」
『マジ!? 良かったぁ。そしたら、十一時に駅の東口で。あと、綾ちゃんと浩太くんも誘っとくから! じゃ、後でね!』
「! 先輩、多分二人とも今日は部活が……って切れちゃってるし」
一方的に通話が切られた携帯電話に琉奈は溜息をついた。
待受画面に表示されている時計がさしている現在の時刻は九時三十二分。
駅までは徒歩十分ほどで着くが、早めに外出の支度をしておくに越したことはない。
琉奈はベッドから降り、顔を洗いに洗面所へと向かった。
十時五十三分。
琉奈が駅の東口に到着すると、そこには既に琉奈以外のメンバー――久留井誠一、久留井彰、松下綾、秋川浩太――の姿があった。
「綾と浩太は部活どうしたのよ?」
「風邪って言ってサボっちゃった」
「俺は親戚に不幸っつっといた」
目を丸くしながら駆け寄る琉奈に、綾と浩太がそれぞれ説明する。
「おはよ、琉奈ちゃん」
「おはようございます、飛鳥川先輩」
「おはおうございます。ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。まだ約束の時間まえだし。じゃ、行こっか!」
明るい口調で誠一が言う。その声をきっかけに歩き出す五人。
アミューズメント施設へ向かう途中、琉奈の脳裏を一つの疑問が過ぎったが、すぐに自分の中で答えが見つかったので、それを口にすることはなかった。
何故次男の祥吾がいないのか、と。
きっと今頃、江田留菜と一緒にいるのだろう、と。
「綾、今日はずいぶんと気合入ってるんじゃない?」
ボーリングの受付をしている男性陣から一歩離れた場所にいる琉奈と綾。
琉奈は今日の綾の服装――花柄のキャミソールに薄手にピンクのカーディガン、水色から紫色へのグラデーションが鮮やかなフレアスカート――をまじまじと見て尋ねる。
「そりゃね。好きな人に会うんだもん。おしゃれくらいするよ」
綾は笑みを浮かべる。にこやかなその顔には、学校では禁止されている化粧まで施されている。
対して琉奈は、水色のキャミソールにグレーのパーカー、細身のジーパンにパンプス、とおしゃれ心があまり感じられないコーディネートだ。
綾は琉奈を見つめ、やがて溜息をつく。
「琉奈はもうちょっとおしゃれした方がいいんじゃない? せっかく元がいいのに」
「いーの。しなきゃいけないときはちゃんとするし。それに、今日は体を使うことが多そうだったし」
「琉奈ちゃん! 綾ちゃん! 受付終わったから、シューズとボール選んで!」
二人の会話に割って入った誠一が、二人にボーリング開始の準備を促す。
言われるまま、二人はシューズのレンタルカウンターへと急いだ。
投じられたボールがレーンを一直線に駆け抜け、規則正しく並べられたピンを一瞬にしてなぎ倒す。床に倒れた十本のピンたちはやがてレーンの外に押し出された。
「っしゃ! ストライク!」
誠一が満面の笑みでガッツポーズを決める。
琉奈と綾が賞賛の拍手を送り、浩太が対抗心に燃える中、次にボールを投げる彰は黙々と準備をする。
「先輩、ボーリング上手いですね!」
隣に座る誠一に綾が声をかける。誠一は満更でもない様子で「そんなことないよ~」と答えた。
その間に彰がレーンの前に立ち、ボールを構える。
腰を落とし、両手で持ったボールを二、三度振り子のように前後に揺らして勢いをつけた後、手放す。
よろよろと力なく滑るボールは的確にピンにぶつかり、次々と倒していく。彰の頭上のモニタにストライクの文字が踊る。
「……なんであれで五連続ストライクが取れんのか、不思議でたまんないんだけど」
誠一が抑揚のない声で口にした呟きに琉奈、綾、浩太の三人が無言で深々と頷く。
振り返った彰はにやり、と不敵な笑みを浮かべる。
次に順番が回ってきた浩太はすくっと立ち上がり、自分のボールを手にレーンの前へと向かう。
意を決し、浩太が投げたボールもまた一直線にピンへと向かうが、離れた位置にあるピン二本が残ってしまった。
「あちゃー。次は片方を弾くように倒して、残った方を弾いたピンで倒すしかないね」
ぽつんと残った二本のピンを見つめながら誠一が言う。
「……先輩」
「ん? 何、琉奈ちゃん?」
「今日はお気遣いいただいてありがとうございます」
「何が?」
「私がまたトコヨノ国に引き込まれるのを警戒して、私の側にいるために今日誘ってくれたんですよね。しかも綾と浩太まで誘ってくれて。本当にありがとうございます」
「……やっぱバレてたのね」
誠一は頭をがしがしと掻きながら、ばつが悪そうに呟いた。
「いつもは祥ちゃんに任せきりだからね。今日は祥ちゃん用事があったし。あ、誤解しないでね! 俺は嫌々ガードしてるわけじゃないから! 俺たちが勝手に琉奈ちゃんを守りたいって思ってるだけで。気遣いとかじゃなくて、むしろ俺たちのわがままっていうか」
「いえ、嬉しいです。でも、どうして先輩たちはあたしをここまでして守ってくれるんですか?」
琉奈が口にした疑問は、彼女がずっと胸に抱いていたものだった。
トコヨノ国について詳しく、他者を守る力も持っているから自分を守ってくれる。
それは分かるが、それにしても休日にまでこうやって側で見守ってくれるのは何故なのか?
自分を守ってくれるにしても少し必死すぎやしないか?
ずっとそう思っていた。
「ねぇ、先輩――」
琉奈は誠一の顔を覗き込む。
見てはいけないものを見てしまった。
そう思えてしまうほどに誠一の表情は弱々しく、痛々しく、悲しく、儚げだった。
普段の明るく楽しげな表情とは真逆のそれに、琉奈は思わず彼から顔を背ける。
「他者と違うところがあると、それなりの苦労があります」
誠一の様子を見かね、彰が言う。
「僕たちは先輩の苦しみを理解できます。だからこそ、僕たちはその苦しみを消す手助けをしたいんです」
「……そっか。ありがとう、彰くん」
琉奈は彰に微笑みかける。
だが、まだ内心納得できていなかった。
誠一のあの表情を見てしまったから。
番外編的短編小説を書いてみました。
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/




