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前兆

1-12


 飛鳥川琉奈の姿は、足早に教室へと急ぐ生徒であふれ返る昇降口にあった。

 新しく始まる今日という日への期待と希望に満ちた笑みを浮かべている彼らに対し、琉奈の顔は苦渋に満ちている。

「アスカ、おはよ! ……どうしたの?」

 琉奈の姿に気付き、後ろから声をかけた松下綾は琉奈の顔を見て、それまで浮かべていた笑顔から一転、不安げな表情で琉奈に尋ねた。

「おはよ、綾。……いや、さ……今日は何されるんだろうって思って」

 琉奈の答えの意図を察した綾は「ああ……」と呟く。

 今日は江田留菜にどんな嫌がらせをされるのか。琉奈を憂鬱にさせる悩み事その一がこれだ。

 昨日は教科書とノートが犠牲になった。次は上履き、という可能性がある。

 そう考えると、下駄箱を開ける手が鉛のように重くなってしまう。

「綾。もし綾にまで危害が及びそうになったら、あたしのことは放っておいていいからね」

 沈鬱な面持ちで琉奈が言う。

 綾は一瞬目を見開いた後、琉奈を真っ直ぐ見つめ、

「今度そんなこと言ったら、ほっぺた引っ叩くからね」

 と舌頭鋭く言明した。

「綾……」

「とりあえず、もし上履きがアウトだったら、職員室に来客用のスリッパ借りに行こ」

 語りかける綾の笑顔につられ、琉奈もようやく今日最初の笑みを浮かべる。

 綾の言葉で、笑顔で元気を取り戻した琉奈は意を決し、自分の下駄箱を開けた。

 刃物で切り裂かれた上履き。マジックで落書きされた上履き。針を天に向けた画鋲を敷いた上履き。

 悲惨な状態の上履き各種を脳内に並べていた琉奈だったが、眼前の上履きの状態はそのどれにも当てはまらなかった。

「……あり?」

 普段通りの姿で下駄箱の上段に鎮座している自分の上履きを姿に琉奈は拍子抜けし、唇から間の抜けた声を零す。

「良かったね、上履き無事で」

 綾が琉奈の肩を叩く。

 琉奈は胸を撫で下ろす。が、まだ油断はできない。

「教室の私物に何かされてるのかも……」

 琉奈の言葉に綾が顔を強張らせる。

 昨日の下校時に持てるだけの私物をバッグに詰め、江田留菜の魔の手から避難させたが、持ちきれなかった辞書など数点は教室に残したままだ。

 今度は辞書をぼろぼろにされているかもしれないし、机に油性ペンで落書きされているかもしれないし、机と椅子を廊下に放置されているかもしれない。

 悪い予感は尽きない。

「とりあえず、教室に行ってみようよ。まずは事態をきちんと把握しないと」

「……そだね。行こう」

 綾の提案に同意する琉奈。

 二人は無言で二年A組の教室へと向かった。


 高等部校舎の三階に位置する二年A組の教室には、琉奈と綾が想像していたものとは異なる光景があった。

 琉奈の机も椅子も前日同様、落書きなどの異常は一切ない状態でいつも通りの場所に佇み、主の登校を待っていた。

 昨日琉奈に嫌がらせをした主犯格だろう江田留菜は、琉奈が来たことに全く気付かぬ様子で、やたらと機嫌良く取り巻きの面々と何やら話している。

 そして、いつもは多くの女子たちに囲まれている久留井祥吾は、たった一人の人物と対峙している。

 相手は――秋川浩太。

「秋川、久留井くんに何の用だろう?」

「何だろうね?」

 冷静に対応している祥吾に対し、浩太はヒートアップしているようだ。

「あ、飛鳥川さん、松下さん。おはよ」

 歩み寄る琉奈と綾に気付いた祥吾が二人に声をかける。浩太はバツが悪そうに琉奈たちや祥吾から目を背ける。

「何なに、何の話してたの?」

 新聞部員根性が疼いたのか、取材記者のような口ぶりで綾が尋ねる。

「大した話はしてないよ。男同士の話し合いを少し。ね、秋川くん?」

「……ああ」

 祥吾の問いかけに同意する浩太。その表情は苦虫を噛み潰したようだ。

「うーん、特ダネスメルがぷんぷんするんだけど」

「ここから先はプライベートだよ。ほら、もう先生来たし。この話はもう終わり」

「グラマーめ、いつもはもうちょい遅いのに……」

 教室に入ってきた担任教師に、綾は恨めしげな視線を投げつける。

 ナイスタイミング、とばかりにその場を後にしようとする浩太の腕を琉奈が掴み、引き止める。

「何の話してたの?」

「別に。久留井が言ってた通り、大した話じゃないよ」

「……あたし絡み?」

 浩太はしばらく琉奈を見つめた後、無言で琉奈の手を振り解き、何も語ることなく立ち去った。

番外編的短編小説を書いてみました。

転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/

久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/

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