夕暮時
1-10
飛鳥川琉奈は重い足取りで階段を踏みしめていく。
階段の先にあるドア。
そこを開けると、江田留菜を中心とする女子グループが並んで仁王立ちでもしていたりするのだろうか。
その光景を想像する度、琉奈は堪えきれずに溜息を零した。
辿り着いてしまった一枚のドア。
普段何気なく開いているそのドアが、妙に重々しく見える。
琉奈は意を決し、地獄へ通じてるだろうドアをゆっくりと開いた。
眼前に広がるのは、西から東へかけて、橙から濃紺へと変化していくグラデーションが美しい夕暮れの空。それだけだった。
「……あり?」
拍子抜けしてしまう琉奈。
そんな彼女の元へ遅れてやってきたのは、予想外の人物だった。
「飛鳥川先輩」
「! 君は、確か……」
「久留井彰です」
久留井三兄弟の末子である彰がぺこりと礼をする。
「あなたをここへ呼び出した張本人は祥吾兄さんなんですが……。誠一兄さんはともかく、祥吾兄さんまでまだ来てないなんて」
思いもよらない人物の登場に困惑する琉奈を放置したまま、辺りを見回しながら彰が呟く。
「久留井くんが? てことは、例の……何だっけ、何とかの国の話?」
「トコヨノ国のことですか。あ、僕も全て知っているので、遠慮しなくて構いませんよ。まぁ、能力的には僕はそれほど優れているわけではありませんが」
「能力……? 昨日久留井くんが言ってた、悪い魂から守る力のこと? それって超能力か何か?」
「超能力とはまた違いますが、僕たちは――」
「ごめん! 遅れた!」
慌てた様子で屋上に飛び込んできた久留井祥吾が彰の言葉を遮り、簡潔に謝る。
「遅いですよ、祥吾兄さん」
「ごめんごめん。ちょっと話が長引いちゃって。飛鳥川さん、来てくれて良かった」
「久留井くんからだったんだね、あのメール。本文に名前書いておいてくれれば良かったのに」
「江田さんだと思った?」
「!?」
心の中に留めておこうとした言葉を肉声にされ、驚く琉奈。
口ごもる彼女を見て、祥吾は優しげに微笑む。
「兄貴はまだ?」
「ええ、遅刻です。まぁ、いつものことですけどね」
「だな。そのうち来るだろうから、先に始めてよっか。……飛鳥川さん、君のご家族のことについて詳しく聞きたいんだ。その方が解決が早くなると思うから」
「家族……?」
「亡くなってる方はもちろん、生きてるご家族のことも。基本的に悪さをする魂ってのは死者の魂なんだけど、稀に生者の魂と結託して悪さをすることもあるから。話しにくいこともあるかもしれないけど、できれば全て、正直に話してもらえないかな」
「死者の魂にしても、生者の魂にしても、あなたに影響を及ぼすのは、あなたに強い感情や思念を持っている者です。それが良いものであれ、悪いものであれ。僕たちはその原因を突き止め、適切に対処したいんです」
「強い感情……」
祥吾と彰の話を聞いているうちに、琉奈の脳裏に浮かんだ家族の顔の中で、急激に、鮮明に、巨大になっていく顔が一つあった。
「……兄が……」
「兄……? 飛鳥川さん、一人っ子って言ってなかった?」
「ごめん……あんまり兄の話をしたくなくて」
虚言の述べたことを謝る琉奈を、祥吾は「気にしなくていいから」と慰める。
「飛鳥川先輩のお兄さんが、先輩に対して何か異常な感情を抱いていると?」
「異常とまで言えるかは分からないけど……兄は昔からあたしのことが嫌いみたいで。ほとんど口もきいてくれないし、たまに話しても二言目には「死ね」だし……」
「酷いね。お兄さんはどうしてろんなことを?」
祥吾の質問に、琉奈は力なく首を横に振る。
「分からない……。訊いても教えてくれないの。両親も分からない、の一点張りで」
「……ご両親も?」
「とりあえず、先輩のお兄さんが原因である可能性が高いですね、現時点では。そこからご両親を含め、調べを進めていくのが得策だと思いますけど。……ん?」
突然、疑問符を頭上に浮かべた彰が上空を見上げる。つられて同様に見上げる祥吾と琉奈。
「どうしたの、二人とも? 何かあるの?」
一通り上空を見回すも、琉奈の目にはオレンジ色に染まる空しか見えない。
が、祥吾も彰も、無言で上空のある一点を凝視している。
「……おかしいな。ちゃんと散らしたはずだったんですけど」
「彰……お前……」
「ごめん! 今日も女子に超追いかけられてさぁ――」
彰が不思議そうに呟き、祥吾が額に青筋をたて、三兄弟の長兄である久留井誠一が暢気に屋上へやって来た瞬間。
琉奈は三兄弟たちと共に、フラッシュのように強く眩い光を受け、反射的に目を閉じた。
番外編的短編小説を書いてみました。
転校初日の久留井三兄弟 http://ncode.syosetu.com/n1198u/
久留井三兄弟のお引越し http://ncode.syosetu.com/n1078u/