浮気を「ただのノリ」と言い張る婚約者に愛想を尽かしたので、私も別の男性と腕を組んでみました。……えっ、帝国の方だったのですか?
「ダメですよ、人に見られてしまいます」
「大丈夫さ、この辺に知り合いはいないから」
聞き覚えのある声がして、私は顔を上げた。
すると私の婚約者が、他の女とイチャイチャしながら公園の横を歩いていた。
肩を抱き寄せ、頬に何度もキスしている。
何より腹が立つのは、二人とも持っていたゴミを公園に捨てたこと。
公園で花植えをしていた私は手の土も払わないまま、彼らを追いかけた。
「リドリー様! なにやっていられるのですかっ」
「シ、シンディア!? 違う、これはっ」
リドリーは焦ったように若い女から手を離す。
女も悪いことをしている自覚があるらしい。
下を向いたり横を向いたりと落ち着きがない。
「拾ってください」
「いや、だから彼女は違うから!」
「なにを言っているのですか? 拾ってください」
「拾う……?」
「あの〜、私はこれで」
あとはご自由にどうぞ、みたいな態度で女は逃げようとする。
逃がしてたまるかと私は肩を全力で掴む。
「やめろシンディア! 彼女はなにも悪くないんだっ」
「いいえ、悪いです。早くゴミを拾ってください」
「いやだから──ゴミ?」
「ええ、まずはあなた方が投げたゴミを拾いなさい。せっかく公園を掃除したのに」
私は休日には公園に花を植えたり、ゴミ掃除のボランティアを行なっている。
今日もそうで、せっかく綺麗にしたところを彼らが汚したのだ。
とりあえず、二人にはゴミを拾ってもらった。
「ここにゴミ箱があります。私たち『過ごしやすい街作り』が設置したものです」
それはボランティアチームの名前だ。私がリーダーで、賛同者が数名いるだけの小さなものだが。
私は彼の浮気相手に告げる。
「ゴミを捨てて歩くなんて恥ずかしいですよ」
「それでは、わたくしはこれで……」
よほど関わりたくないのか、顔を背けたまま去っていく。
さて、と私は婚約者であるリドリーに向き直る。
彼は親が決めた婚約者だ。伯爵家の嫡男なので、子爵の父は喜んで私の婚約を決めた。
個人的にはおかしいことだらけだが、親に十九まで育ててもらい、学校まで卒業させたもらった恩もある。
だから私は受け入れていた──けれど、さすがに限界もあるってものだ。
「リドリー様、あなたこれ何回目ですか?」
「何回目とは……? 彼女とは別になにもない。ノリで遊んでいただけだ」
「肩を抱き寄せて頬にキスを何度もする。ノリでやりますか?」
「まあそこは人それぞれだろう? 俺はオープンな男だからな」
もう悪びれた様子すらない。
パワーバランスを利用して、なんとか丸め込むのが彼の常套手段だ。
「だいたいな、君だって悪い。よくわからない活動ばかりして」
確かに、私は休日はほとんど暇がない。
公園や街づくり以外にも、一部の魔物の保護活動などでとにかく忙しい。
でも彼の誘いにはなるべく応えていた。
「婚姻はもう二ヶ月後ですよ。そんな時に、他の女と遊んでいる人を信用できません」
「じゃあどうする!?」
「もうお付き合いしたくありません」
「君の意思でどうにかなるか? 君は確かに美しい。でも気が強すぎる。そんな女をもらってくれる男がいるかな?」
「そこがそもそも間違いです。男に貰われたいと思ったことはありません。この婚約だって嫌嫌……それはもう、心の奥底から嫌嫌結んでおりましたので」
「なん、だと……!」
いまの言葉は、かなり彼のプライドを傷つけてしまったらしい。本音なんだけどね。
私の肩を押し、もう一度言ってみろと怒鳴ってきた。
こちらもカッとなって、同じことを言ってあげる。
直後、リドリーは目を血走らせ、拳を振り上げる。
「女のくせに偉そうにするなっ!!」
咄嗟なこともあり、私は目を閉じる。
痛みを覚悟するが、まだやってこない。
そっと目を開ける。
全然知らない人がリドリーの拳を受け止めていた。
「邪魔するな! 誰だお前は!?」
「……ケマセン。ソレ、ダメ、デスヨ?」
辿々しい言葉に、私もリドリーも一瞬言葉を失う。
外国人?
緩くウェーブがかった綺麗な金髪に、背が高く引き締まった肉体。
「ダイ……ジョウブデスカ?」
心配げにこちらを振り向いた顔に、私は一瞬魅入ってしまう。
彫刻のように美しくありながら、どこか親しみのある柔らかい顔つき。
この街では見たことのないような美形だ。
「あ、ありがとう、ございます」
彼はリドリーの手を離すと、ポンポンと彼の肩を叩く。
「ケンカ、ダメ。ナカヨーシ。イイコト」
「なんだこのクソ外人は!? いいからどけ!」
外国人を押しのけて、リドリーは私のところにこようとする。
しかし彼が立ち塞がる。
「ダメ……ワカラナイカ?」
目がスッと冷たくなり、静かでありながらも強い威圧を覚える。
それは私より、目を向けられたリドリーの方がより感じたようで小さく震え出す。
「も、もういい! 帰るぞ、シンディア」
「いいえ、私は作業が残っておりますので」
「クッ……。ならば俺は帰る」
逃げるようにしてリドリーが立ち去っていく。
私はおそるおそる彼に話しかける。
「あの、ご迷惑おかけしました」
「アナタ、テガヨゴレテ、マスヨン」
ますよんの響きが面白すぎて、恐怖感は一気に吹き飛んでしまった。
私は笑いを堪えながら話す。
「これは花の手入れをしていたので。ほら、あれです」
「オウッ!?」
彼は興味ありげに花壇の花を眺める。
「アナタガ?」
「ええ。この公園は少し寂しいので」
なぜか拍手してくる外国人。
これ以上この人と一緒にいて、大丈夫だろうか?
急に不安になってきた。
外国人は親切なふりをして窃盗を行うことなどがある。
優しい表面に騙されることは多いと聞くので警戒心を高めておく。
「あの、助けていただいてありがとうございました。それでは、これで」
立ち去ろうとスコップを拾おうとするが、どこにもない。
「アノ、コレ、ボクモ、デキマスカァ?」
「で、できますけど」
「テツダワセテ、イタダキマスネッ!」
すでに彼にスコップを取られていた。
そんなに悪い人の感じもしないので、とりあえず作業を教えてみる。
すると彼は一生懸命に教えられたことをこなし出す。
まず話し言葉はまだまだだけど、聞く能力はだいぶ高いみたいだ。
ちゃんと理解している。
花壇の土いじりをしながら、彼が尋ねてくる。
「サッキノ、ダレ? ナゼ、パンチ?」
「あぁ……彼はああ見えて婚約者なの」
「エ? ケッコン、スルヒト?」
「将来ね。さっきは喧嘩したの」
「ケンカ……デモ、フツウ、ナグラナイ」
「本当よ。私も別れたいんだけどね。色々あって。それより、あなたは留学生?」
大人の色気的なやつがそこはかとなくあるので、私より少し年上な感じがする。
彼は不思議そうに首を傾げる。
「龍ガ、臭ェ?」
どんな間違いなの!
「違うから。外国から、なにしに来たの?」
「マナビ。ブンカ。ベンキョウ。アソビ」
おおう……。いっぱい目的があって楽しそうね。
ここで私はハッとする。お互いに名前すら名乗っていなかったことに。
「そういえば、私はシンディア。あなたは?」
「ナノリオクレテ、ゴメンヨ。フォル、ヨンデ」
「フォルね。よろしく」
「ハイ、ヨロシクドーゾ!」
なんというか素直な印象を受けるが、言葉のせいなのかな。
花壇の手入れが終わると、次は再びゴミ拾いを行う。
彼はまだ付き合うというので、お言葉に甘えて手伝ってもらうことに。
「シンディア、ヘイミンノ、ヒト?」
「ううん、貴族よ」
「ワォ……!?」
彼が驚いて、私をじっと見つめる。
「キゾク、メズラシイ」
なんとなく言いたいことは伝わる。
彼の国ではどうか知らないけれど、ここでは貴族がゴミ掃除や公園の花壇の手入れなんてやらない。
なんなら平民だって普通はしないものね。
「私はこの王都を住みやすくしたいの。平民も貴族も関係ないかな」
彼は真面目な顔で少し考えてから、パァと表情を明るくする。
「スッバラシイネ〜! ダイジ、トテモ」
結局誰かがやらないと、よくなっていかない。
それなら誰かが名乗り出るのを待つより、自分で行動してしまった方が早い。
そういうシンプルな思考でいまに至る。
「あなたは? なにか目標があるの?」
「イマイチバン、コトバ、ウマクナリタイッ。イッカゲツデ、ヘタ」
「一ヶ月? えっ、あなた勉強始めて一ヶ月なの?」
驚いて尋ねると彼は頷いた。
いや逆にすごい。
カタコトとはいえ、ここまでちゃんと会話や意思表示が通じている。
普通は一ヶ月でここまで上手くならないと思う。
一年勉強しても、もっと下手な人だっているくらいなのに。
地頭がめちゃくちゃいいのかな?
彼はゴミ箱の位置を見るなり、指摘してくる。
「コノイチ、ヨクナイカモ」
「どういうことか、教えて」
彼は位置が悪い理由を教えてくれる。
私は中央に人が集まることが多いので、その近くにゴミ箱を設置していた。
でも彼は出口に向かう途中がいいという。
まずは時間によっては木々の影などが落ち、見えにくくなること。
次に、人の動線に合わせて置く方がいいと。
なるほど、と思う。
私はゴミをポイ捨てしないので、そういう気持ちをあんまり考えてなかった。
もちろん彼もやらないだろうが、私より洞察力が高いのだろう。
素直に置き場所を変えておいた。
「モウ、カエラネバ……。マタ、キテイイ?」
「また手伝ってくれるの? ぜひお願い!」
「バイバイ、シンディア。カワイイネ」
「……ありがとう」
可愛いねはなにごと!?
自然に吐かれた言葉に驚きつつ、満面の笑みの彼を見送る。
人懐っこい性格なんだなーと羨ましくなる。
私は女だけど気が強いところがあるので、彼のような雰囲気はなかなか出せない。
不思議な出会いもあるもんだ。
そう思いながら、作業を続けた。
☆
次の休日、私はまた他の女と歩いているリドリーを発見してしまった。
今回はゴミ捨てはしていないので前回ほどの怒りはないが、それでもモヤモヤした気分にはなる。
黙っているのも変なので先回りして二人の前に立つ。
「シンディア! なぜ、いるんだ……」
またしても彼は慌てて、女を抱き寄せていた手を離す。この行動自体が主張と矛盾していておかしいのよね……。
「リドリー様こそ、先週もこの近くで同じことがあったと思いますけど」
さすがに二週連続で公園にいるとは考えなかったのだろう。
リドリーはまた尊大な態度をとり始める。
「言っただろう。俺にとってはノリが大事なんだ」
「悪いことをしていないと。ではなぜ毎回、焦って女性から手を離すのでしょう。堂々としてられればいいのに」
「もういい。そういうのは聞きたくない」
乱暴な足音を立てながら先に行ってしまう。
置いていかれた女性が戸惑っていたので、私は逆方向に案内する。
「あなたは、あちらへ」
無事分離に成功したのでよしとしておく。
私は公園にいき、いつものように作業を始めて──目を見開く。
「えっ。ゴミが、ちゃんと入れられている……!?」
もちろん、完璧ではない。
テキトーに捨ててある物もある。
でも普段よりゴミ箱の中にゴミが入れられていて、公園も綺麗な状態だ。
これはフォルの指示が正しかったということよね……。
「シンディア、ヤア!」
振り向くと、フォルがいて小さく手を振っている。
優しそうな微笑を湛えながら。
「また手伝いにきてくれたの?」
親指を立てる彼が少し子供っぽくて可愛い。
黙ってたら超絶かっこいい人なのに。
彼はなにかに気づいたように、私の瞳を覗き込んでくる。
「ナニカアッタ? キブン、ワルソウ……」
「あぁ、大したことじゃないのよ」
言うか迷ったが、彼が黙ってこちらの言葉を待つので、つい先ほどのことを口にする。
話し出すと止まらなくなって、いままでの愚痴なども出てしまった。
「ごめんね。変な話聞かせて。明日も夜会で会わないといけないから憂鬱で」
「ヤカイ? キゾク?」
「ええ、明日は貴族が集まるものよ。あ、もしかして興味ある?」
彼は留学で勉強しにきているらしいが、母国では貴族ではないかと思っている。
身なりが妙によいのだ。
派手ではないものの、作りがしっかりとしている衣類を着ている。
「ボク、イッテモイイ?」
「明日は同行人も連れていけるから全然いいわよ」
そう言うと彼は喜んだ。
それから二人でまたゴミ拾いをしたり、今日はチューリップを咲かせるための活動をした。
あとは言葉を色々と教えてあげる。
彼はまだ勘違いも多いので、簡単なものから。
彼と過ごしていると心が和み、リドリーといる時には全く感じない心地よさを覚える。
この人が婚約者だったらよかったのに。
そんな風に心の憶測で思ったりもした。
──それが悪かったのだろうか。
帰り際、彼が唐突に思いがけないことを口にする。
「シンディア。ボク、アナタ、イッショ、カエリタイ」
「い、一緒に帰りたい?」
そう尋ねると彼は深く頷いた。
「ボク、キニイッタ。ダカラ、イッショニ」
「え? ええ?」
いくらなんでもおかしくない?
それとも彼の国では友達と帰るとかいう風習があるのだろうか。
「あの、それって、求婚とかじゃないよね?」
「おお! キューコン! ソレ!」
「っ……」
言葉に詰まる。この人、どんだけプロポーズまで早いのよって話だ。
もしかしてかなりの遊び人なのかな……。
確かにこの容姿なら女性なんて選び放題だろう。
だからといって、こういう婚約をすぐ口にするのはいただけない。
「ごめんなさい。それはできないわ」
「……エ? ダメ?」
「はい。理由は主に二つ。一応、私は婚約していること。二つ、出会ったばかりでそれは難しい。段階を踏まないと」
「オォ……。キュウ、スギタ?」
私が頷くと、彼は胸に手を当てて申し訳なさそうに謝ってきた。
こちらも申し訳ない気分になる。
でも彼には私なんかより、絶対お似合いの人もいると思う。
「デハ、アシタ、タノシミニシテマスネ」
さよなら、と去っていく。
ちょっとフォルの背中が悲しそうに見えた。
私も申し訳ないなという気持ちになった。
☆
翌日の夕方、私はフォルと一緒に夜会の会場に向かった。
馬車の中で、リドリーがいかに浮気性か語っていたら、少し仕返ししてやろうという話になる。
そこで二人で話し合って会場に足を踏み入れた。
「オー、ゴウカダネー」
「今日は有力貴族の方も集まるからね……うわ」
うっかり、うわと口にしてしまう。
晴れやかな気分も一瞬で吹き飛ぶシーンが目に入ったのだ。
会場の隅っこでリドリーが他の若い女の髪の毛をいじっていた。
しかも周囲を確認して、額にキスまでするので私はため息をつく。
一番見られちゃいけない人に目撃されるとか、なんのために周囲を確認したのだろうか、あの男は。
呆れる私の前にスッと腕が出される。
「アノヒト、ワスレテ、タノシモ?」
「そうだね……!」
せっかく夜会まできたのに、フォルに気を遣わせてしまった申し訳ない。
彼の言う通り楽しむことにした。
二人であちこち回って美味しい料理を食べまくる。
楽しくて笑い声もつい大きくなる。
「おいシンディア! なんでその男といるんだ!?」
リドリーに気づかれてしまったらしい。
ただ、私は腕を組んでいたのだが、あえて離したりはしない。
「なぜって、彼が参加してみたいというので一緒にきたんです」
「いやおかしいだろ。俺がいるのに他の男を連れてくるとはなんだ?」
「でもリドリー様もさっき他の女性とイチャついていらしたので」
「その前に、なんで腕を組んだままなんだっ」
興奮したリドリーの声が大きくて、会場内が一度静まり返った。
広い会場なのに、ほぼ全員が私たちに注目する。
リドリーは怒っていてそれにも気づかないみたいだけど。
「答えろシンディア、婚約者がいるのに他の男を腕を組むのはどういうことだ」
「ノリです」
「ノリだと……?」
「リドリー様と一緒ですわ。この間も仰っておりました。オープンな性格だからノリで腕を組んだりキスをすると」
私が告げると、どよめきが起きる。
さすがにオープンな人でも、婚約者がいながら堂々とそれをやる人はいない。
身に覚えがありすぎるようでリドリーは下唇を噛んだ。
私と口喧嘩では分が悪いと見たのか、対象をすぐに変えてくる。
「おいお前、この間の外人だな。いつの間にシンディアと仲良くなったんだ」
「シンディア、ステキ。アナタ、ヨクナイ。ウワキバカリ」
「黙れこの間抜け外人が! そもそもこの夜会に平民どころか外人の分際でよくこれたな」
まくし立てるようにリドリーは早口で叫ぶ。
この差別的発言にはさすがに黙っていられない。
「今の発言は取り消してください。失礼にもほどがありますよ」
「こんなカタコトなやつ、なにがいいんだ?」
「彼はまだ言葉を勉強して一ヶ月です。むしろここまで理解して話せるのは天才です」
「天才? カタコトで知的な会話などできないだろう?」
「ではリドリー様ならば知的な会話ができると? いくら過去を思い出してもそんな記憶はございませんが」
「なにぃ!?」
売り言葉に買い言葉というやつで私もリドリーも徐々にヒートアップしていく。
ただ私もフォルを侮辱されて、もう引き下がるつもりはなかった。
「もういい。お前のような女とは婚約破棄だ」
「私の一番の希望を叶えてくれて感謝いたします」
どう考えても私たちの相性は最悪だからどの道こうなる運命だったのだろう。
お互いに一歩も引かず睨み合っていると間にフォルが入ってくる。
「フタリトモ、オチツイテ」
本当はフォルも怒っていたかもしれない。
それでも、私が周囲から見られていることを考慮して止めてくれたのだ。
リドリーはだいぶ気に入らないようでまた悪態をつく。
「お前はもう自分の国にとっとと帰れ」
「──やはり、フォルドラーガ様ではございませんか?」
今まで黙って見ていた観衆の中から、壮年の男性が駆け寄ってくる。
なんとフィダル公爵で私とリドリーは同時に頭を下げる。
公爵は私たちは眼中にないようでフォルの前で一礼した。
「これは挨拶もせず失礼しました。私は目が悪いもので、なかなか気づかず……。ご無礼をお許しください」
「オキニセズ」
「い、一体どういう……」
普段と変わらないフォルとは対照的に、困惑した様子のリドリー。
私も人のことは言えないくらいに動揺している。
正直意味がわからない。
そんな私たちに公爵が説明してくれる。
「今我が国は、周辺国から色んな事情で狙われている。そこでラスティーガ帝国に保護国にしてもらえないかと交渉中だ。この方は帝国の皇太子殿下にあられるぞ!」
瞬間、周囲にいた人たちが一斉に、床に片膝をついた。
敬意を表しているし、少しの恐怖もある。
私も当然そのようにした。頭の中は真っ白だ。
呼び捨て、敬語不使用、不敬罪どころの話ではない。
ラスティーガ帝国は世界でも有数の大国で、うちのような小国とは比較にならない経済力や軍事力を有する。
特に戦争には滅法強く、敵国には容赦ないことでも有名だ。
潰そうと思えば、うちなど数日で蹂躙されてしまうだろう。
フォルは留学じゃなくて視察にきていたのかもしれない。
「あの……あのの……で、殿下、俺は大変、失礼なことっをを………」
ガタガタと歯を鳴らし、リドリーはもうまともにも話せない。
そんな彼に対してフォルは首を傾げる。
「オー、マヌケガイジン、ドウイウ、イミデスカ?」
「いやぁ、違いますっ! それに関しては事情がっ!?」
「ダレカ、ヤクセルヒト?」
本当は絶対に知っている。
リドリーを懲らしめるためだろう。
そして一人、名乗り出た。
「少しならば話せます。祖父が帝国の出身でしたので」
若い男性が手を挙げ、フォルが彼を近くに呼び寄せる。
それから訳してくれと告げる。
わーわーと騒ぐリドリーは公爵に一喝されて大人しくなった。
通訳の彼はちゃんと訳したのだろう。
フォルが残念そうに首を左右に振る。
「ブジョク。ヒドイ、デスネ」
「大変申し訳ございませんでしたっ。本当にこの通りです、どうか命だけはお助けください……!」
床に頭をつけて、リドリーは泣きべそをかく。
普通なら死刑になってもおかしくない。
なんなら家族も含めて伯爵家は根絶やしにされる可能性すらある。
どうなるかと誰もが固唾を飲んで見守る中、フォルは人さし指を立てる。
「ヒトツ。ユルス、ホウホウアリマス」
「そ、それはなんでしょう!? なんでもします!」
「キゾク、ヤメテクダサイ」
「へ? 貴族、辞める……?」
リドリーはショックであんぐりと口を開けた。
フォルは私に穏やかな目を向け、続きを話す。
「ソシテ、シンディア、ニドトカカワラナイ。……デキマスカ?」
「…………誓い……まず……」
婚約破棄はもちろん、没落して平民になる。
それでも死ぬよりはマシと考えたのか、リドリーは涙を噛み締めながら言った。
フォルは項垂れるリドリーの横に立ち、私に一つウインクをする。
どう返せばいいのかわからず、微笑しておいた。ぴくぴく頬が動いていたので、だいぶ違和感あるものだったと思う。
「ミナサン、オサワガセ、シマシタ。ヤカイ、タノシミマショ!」
明るい雰囲気を出してくれたおかげで、凍りつきそうになっていた場が再び動き出した。
また夜会が再開され、フォルは先ほどの男性に話しかける。
ただ、カタコトではない。
めちゃくちゃカッコいい外国語でスラスラと話す。
驚くのは私たちの言葉を話す時とはまず声のトーンが違った。母国語では低く、威厳や知性を強く感じさせる。
「あの、よろしいですか? 殿下が昨日のことで質問したいことがあるそうで」
「もちろんです。なんでも仰ってください!」
声を張りながら、内心私は絶望的になった。
昨日のことって、どう考えてもプロポーズを断ったことではないだろうか。
通訳の人が言う。
「なぜ、僕はあなたの『過ごしやすい街作り』に入れなかったか。なにか一緒に活動する条件があるなら詳細を教えてほしいと」
「…………ん?」
んん? という反応しかできない。
意味がわからないからだ。
今の話し方だと、彼がボランティアに参加したいけど私が断ったみたいに聞こえる。
しかしそんな事実はない。
仮に参加したいと言われたら、彼なら快く受け入れる。
そこで昨日の彼の言葉を思い出す。
一緒に帰る…………じゃなくて一緒に入る?
「あの通訳してください。昨日、私に自分の国に一緒に帰ってくれと言いました?」
通訳さんが彼にニュアンスを伝える。
するとフォルは目を丸くして首を横に振った。
「ええと、殿下は言ってないと。君と一緒に活動がしたい。ボランティアに入りたいと告げたと」
やっぱりそう。
彼が帰りたいと入りたいを間違って発音したのを、プロポーズだと勘違いしたのだ。
念の為、今度はフォル自身にもう一つ確認する。
「キュウコン。キュウコンはどういう意味でした?」
「キュウコン、チューリップ?」
「あぁあぁあああぁああああ──」
私は頭をかかえる。
つまりボランティアに入って一緒に活動したい、チューリップの球根とかまた植えよう。
訳すと、きっとそういう意味だったのだ。
それを勘違いしてあなたとは結婚できませんなどと言った自分には恥ずかしさしかない!
ここは覚悟を決めて、プロポーズと勘違いしてましたと通訳してもらう。
すると彼は最初目を見開いて、それからお腹を抱えて笑い出した。
「シンディア、タノシイヒト!」
「馬鹿なだけですごめんなさい……」
「フォルドラーガ殿下、お席を用意しましたのでどうぞこちらへ」
公爵がやってきてフォルを誘う。偉い人だけの話があるのかもしれない。
「シンディア、マタアトデ、ハナソウネ?」
「ぜひとも、お願いいたします……!」
私は腰を折り、深々と頭を下げる。
目を閉じていたのだけど、ふと気配を感じて開けるとすぐ前に彼の靴がある。
驚いて頭を上げると、ふいに彼が抱きしめてきた。
温かいのといい匂いがして頭がクラクラしていると、彼がゆっくりと体を離す。
「ボクノクニ、アイサツ。プロポーズ、チガウヨ?」
私が何度も首を縦に振ると、フォルはクスッと楽しげに笑って、奥へと歩いていった。
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