白い結婚を宣言された契約妻ですが、氷の公爵様の溺愛が止まりません
伯爵家の長女として生まれた私は正直に言って、役立たずになる余裕なんてなかった。
この家も昔は名家と呼ばれていた。
だが、代々の浪費に先細りしていたところに一発逆転を狙った父が投資話に騙され借金を作り。
何の不幸か畳み掛けるように続く不作に、気づけば家計は火の車。
税の徴収にあえぐ民によって無理に連作された領地は痩せ、結果として税収は年々落ち、父の頭を下げる回数ばかりが増えていく。
そんな我が家を助けてくれているのが、子爵家当主であり、私の婚約者でもある、レオン・フール子爵である。私は彼の十歳下の後妻として近々結婚する予定だった。
……助けてくれている、なんて言葉は本当は使いたくないのだが。
「まだ終わっていないのか? 本当に使えないな。はっ、融資を受けている立場だという自覚はあるのか?」
商会を持つ彼は資金を盾に私を縛った。
立場の差をいいことに、彼の商会の業務、失敗の尻拭い、理不尽な取引先への謝罪、それらをすべてやって当然のこととして私に押しつけられた。
最初は一部だけだったが、言われたことを何とかこなしていく内に要求されることはどんどん増えていった。
断るという選択肢はなかった。
少しでも逆らおうとする気配を見せれば彼は必ずこう言う。
「……融資、止めてもいいんだぞ?」
結婚を目前にしたある日の夜会。その日は、最悪の命令が下った。
彼は口を私の耳に寄せ、ねっとりと囁いた。
「あそこのリンゲル侯爵に言い寄って抱かれてこい。その後にこの商談を飲ませろ」
「は……?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
彼は暴利な取引書をトントンと示した。リンゲル侯爵は女に目がなく嗜虐趣味なことで有名だったがそれにしても……。
融資の対価として、私はこまねずみのように働くことは厭わなかった。多少は理不尽な命令も飲み込んで耐えてきた。
でも、これは、流石にあまりにもである。
「わ、私はこれでも未婚で、貴方の婚約者では──」
「ふん。思い上がるな、お前はただの道具だ。」
「でも」
「今後はこう使うことも増えるだろうから慣れてこい。分かったら早く行け」
目を閉じる。父の顔が浮かんだ。
──『私ももう駄目だと思ったよ。その時、彼が親切にもうちの借金を全部立て替えてくれたんだ。リリアナ。婚約者様の話はよく聞きなさい』
ごめんなさい。私の初めての親不孝をお許しください。
息を吸って、目を開けた。
「……すみません」
震える声で、私は続けた。
「それには……従えません」
すると彼は薄く笑った。
「なら婚約は破棄だ。伯爵家への融資もすべて打ち切ろう」
その瞬間、突然にして周囲の空気が凍った。
「今の言葉、本気か?」
低く、澄んだ声。
振り向いた先に立っていたのは、社交界で知らぬ者のいない男──氷の公爵ことリカルド・フォルフォーン公爵だった。
銀色の髪、冷淡な瞳。感情を一切表に出さないことで有名な、近寄りがたい存在。
あまりにも対応が冷たく、見合いがことごとく破談しているという噂を聞いたことがある。家で蝶よ花よと大事に育てられた令嬢たちは、その冷たい対応に大変ショックを受けて、いかに公爵が冷酷非道なのかを口々に言いふらして回っていた。
おかげでその爵位にかかわらず、未だに結婚できていないらしい。
「こ、これは私達の問題でして……」
「では確認する」
その声は凍てつく吹雪のように冷たかった。
「君は彼女に何か無理を押しつけようとしていた。拒否されたから、婚約破棄と融資の打ち切りで脅した。違うか?」
子爵は言葉に詰まった。
「……彼女は、従えませんと言った」
公爵は淡々と続ける。
「つまり、婚約破棄は成立しているな。君が言い出したことだ」
「なっ……!」
そして次の瞬間、公爵が私に向き直る。
「ならば、君。私と契約結婚をしないか」
思考が完全に止まった。
「伯爵家の借金はすべて肩代わりする。それに加え、当面の運営資金として……このくらいでどうだ」
差し出された金額は、子爵家の融資額をはるかに上回っている。
考えるより先に、体が動いてしまっていた。
「……よ、よろしくお願いします!」
飛びつくように答えた私。周りが騒然としだすのが聞こえる。
元婚約者は完全に置いていかれている様子だった。
「お、おい!待ってくれ!!?」
「……自分で言ったよな」
公爵は冷たく言い放つ。
「婚約は破棄だと。今さら覆す気か?」
相手は公爵だ。そう言われてしまえば、子爵は何も言えなかった。
こうして私は氷の公爵様と呼ばれる男の妻になった。
ただし、契約結婚として。
◇
結婚初夜。
落ち目の伯爵家とは天と地ほども差のある豪華すぎる寝室で、私は緊張していた。
私達は、契約結婚とはいえ形式上は夫婦だ。
「……あの」
声をかける前に公爵は口を開く。
「今日は……何もしない。白い結婚にする」
その言葉に、私は目を見開いた。
「契約にはないからな」
相変わらず、淡々とした声。
けれどどこかぎこちない。
「ええと、公爵家の跡継ぎは……?」
「分家から養子をとる」
「え、あ、わかりました」
「……無理に応じる必要はない」
その声はなんだか私を気遣っているようにも聞こえて。
「ありがとうございます……」
「礼を言われることなどない」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
……冷たい人だと聞いていたけれど。
結婚して三日。
私はすでに悟っていた。
(……この公爵様、優しいのに、優しさの出し方が壊滅的だわ)
リカルド・フォルフォーン公爵──私の契約上の夫は朝の挨拶すら不器用だった。
「……起きているな」
「はい。おはようございます」
「……そうか」
それだけ言って、彼は視線を逸らす。
冷たい、というより……困っている?
何を考えているのか、見当がつかなかった。
とはいえ私は契約結婚した身。
契約書には何故かこちらに有利な条件ばかりで、対価になりそうな事が書かれていなかったけれど。
お金をいただいたからには、それに見合う働きをしなければ。
「本日から屋敷の帳簿整理と、商会との連絡役を担当させていただきます」
「君がやる必要はない」
彼は間髪入れずにそういった。
「ですが、私は元々──」
「必要ないと言っている」
ぴしゃり。
……冷たい声だ。
やはり、勝手に何かするのは迷惑だっただろうか。
そう思った矢先。
「……無理をさせたくない」
小さく、ぼそりと付け加えられた言葉に、心臓が跳ねた。私の聞き間違いだろうか?
「あの……あ、」
聞き返す前に公爵は踵を返して去ってしまった。
それでも私は諦めなかった。
屋敷の使用人に頼み込んで帳簿の山を借り受け、黙々と整理を進めた。元婚約者の商会で散々鍛えられていたおかげで数字には自信がある。
ある日、私は資料と睨みあっていた。
「……これでは、無駄な支出が多いわ」
改善案をまとめ、公爵の執務室へ。
「失礼します」
「……何だ」
差し出した書類を見た瞬間、公爵の眉がわずかに動いた。
「……誰が作った」
「私です」
沈黙。
怒られる。そう思ってぎゅっと目を閉じた、次の瞬間。
「……よく気づいたな。この案を採用しよう」
褒められた。
淡々とした声だったけれど、確かに評価されたようだった。
「……あの」
「何だ」
「お役に立てて、よかったです」
そう言うと公爵は一瞬だけ目を見開いて、そのあとすぐに視線を逸らした。
「……別に」
「当然の結果だ」
心なしか、銀髪よりさらりとのぞいた彼の耳が赤いような気がした。
ある日、私は庭園で備品の点検をしていた。
「……寒い」
秋口の風は思った以上に冷たい。
くしゃみをした。その直後。
ふわり、と肩に何かが掛けられた。
「……風邪を引く」
ふわりと香るホワイトムスク。公爵の外套だった。振り向くと公爵がすました顔で後ろに立っていた。
「え、でも……」
「……羽織っていろ、命令だ」
そう言って背を向ける。上着をくれたせいで、ちょっと寒そうだ。私はその背中を呆けたまま見送った。
掛けられた外套は彼の体温で温かい。そしてそれ以上に、胸がじんわりと熱くなった。
ある日、私は勇気を出してこう言ってみた。
「……あの」
「何だ」
「その……いつまでも君、では……少し寂しいです」
その言葉に公爵は固まった。
「……」
「……名前で、呼んでいただけたら」
沈黙、十秒。
「……」
「……」
「…………」
「……リ、リリアナ」
初めて呼ばれた名前。
「はい!」
思わず反射的に返事をすると、公爵は完全に顔を背けた。
「……大声を出すな」
彼はそっけなくそう言ったけれど、それでも胸の中は無性にぽかぽかした気持ちが湧き上がっていった。
◇
そんな日々の中で私は気づいてしまった。
……この人のことが好きかもしれない。
冷たい仮面の下にある不器用すぎる優しさ。守ろうとしてくれる強さ。
でもこれは契約結婚だ。
気を使い良くしてくれるのは、公爵がただ優しすぎるだけ。
勘違いしてはいけない。
そう自分に言い聞かせたその夜、使用人から一通の手紙を渡された。
「……レオン・フールから?」
差出人は元婚約者の子爵だった。嫌な予感が胸を締めつける。手紙の封を切った瞬間、嫌な予感は確信に変わった。
『リリアナ
君がいなくなってから商会が回らない。帳簿も取引もすべて君任せだったと気づいた。話がしたい。戻ってきてほしい』
……都合が良すぎる。
読み進めるほど胸が冷えていった。
『金のことなら心配はいらない。公爵がいくら出したか知らないが、君が戻るならそれ以上を用意する』
最後の一文で、手紙を畳んだ。
もうあそこに戻る気はない。
けれど、いつまでも粘着をされても困るだろう。あれはそれをする人間だ。
過去にきちんとけりをつけてくる必要がある。
◇
指定されたのは街の応接室。心配をかけるだろうから公爵には秘密にしている。
扉を開けた瞬間、懐かしくも忌々しい顔が視界に入った。
「リリアナ!」
「……お久しぶりです」
元婚約者──レオン・フール子爵は、明らかに疲れていた。
身なりは整っているが目の下には隈があり指先は落ち着きなく動いている。
「君は……その、元気そうだな」
「おかげさまで」
事実だった。
あの頃のように、責め続けられて常に胃が痛むこともない。徹夜で業務に追われ眠れないこともない。
「本題に入ろう。戻ってこい、リリアナ」
彼は草臥れた声でそう言った。
「君がいなくなってから、商会は滅茶苦茶だ。取引先との関係も悪化した。……正直、君がいないと何も回らない」
やはりそうなったか。
引き継ぐことができる業務は引き継いだ。
が、何より最終的に子爵が自分の仕事を全部私に押し付けていたせいで、実質私が商会の頭として決断や指揮などをしていた。
代表が行くべき大きな取引も、全て私が顔を出していた。それが抜けてしまったら、回らないのも当然だろう。
「公爵とは契約結婚だろう? 別居するとでも言って商会に住み込めば良い。それか……」
彼が身を乗り出して囁く。
「いっそ正式にやり直そう。今まで悪かったよ。君が望むなら、結婚して愛してやろう」
「は」
「契約を破棄して戻ってこい。金は今以上積む」
心はまったく揺れなかった。むしろ吐き気すら覚えた。
「……お断りします」
私は、はっきりと告げた。
「な、なぜだ!? 金なら積むと──」
「違います」
言葉を遮る。
「私は、今が幸せです」
彼の動きが止まる。
「公爵様は、私を道具のように扱いません。伯爵家を一緒に立て直してくれました。命令ではなく選択を与えてくれます。……何より」
胸に手を当てた。
「私は、公爵様が好きです」
口に出してみると、それは思ったよりも静かな声で響いた。
「な……冗談だろう。噂は聞いているぞ。何でも白い結婚なんだってな。数年たったら離婚ってオチと見た」
「……」
「あの感情のない氷の公爵だぞ? お前はからかわれているんだ。今に捨てられる」
笑おうとする彼を私はまっすぐに睨みつけた。
「それでもです。あなたは私を道具としか見なかった。でもあの方は私を人として扱ってくれます」
「それは勘違いだろう、後悔するぞ。頼む。心を入れ替えるし金もやるから」
「いいえ」
立ち上がる。
「もう二度と、戻りません」
それだけ言って背を向けた。
◇
──その会話を。
すぐ外の廊下で、公爵が秘密裏につけた影はバッチリ聞いていた。
公爵家の執務室。
一足早く邸に戻った影は、公爵へ向かってその会話を一言一句報告する。
公爵は報告を聞いて自分の両手に顔を埋めた。
彼女は、元婚約者に迫られていた。
──奪われかけた。
(……許せない)
同時に。
(……好き、だと)
胸の奥が、熱く、苦しくなる。
(……嬉しい)
彼女が、自分を選んだこと。
お金や契約への義理ではなく、感情で。
だが。
(自分には、伝える資格があるのか)
契約結婚を言い出したのは自分だ。彼女を守るためとはいえ、一線を引いて。
それこそお金にものを言わせた契約で彼女を商品のように連れてきてしまった。
彼女は自分を好きと言ってくれたようだが。自分はそれに値するようなことは出来ておらず、むしろ冷たくあたってしまってばかりだ。
そもそも彼女は本当に私のことが好きなのか? もしかして公爵家の権力を恐れて方便を言っただけなのだろうか?
それでも。
(……もう、我慢は限界だ)
公爵は、静かに拳を握った。
◇
しばらくして屋敷に戻った私は、どこか胸が落ち着かなかった。
元婚約者への決別。公爵様を貶されて思わず自分の気持ちまで口にしちゃったけど。
後悔はない。
けれど、ひとつだけ怖いことがあった。
そんなことをする余裕はないように見えたが、元婚約者は私の気持ちを言いふらしたりしないだろうか。
貴族社会は障子に耳あり、箪笥に目ありだ。言った言葉は回り回って、誰の耳に入るか分からない。
もし。もし、公爵の耳に入ってしまったら。公爵は……どう思うだろうか。
あの方は契約だからと距離を守ってくれている。もし私の想いを知ったら重いと思うだろうか。
もしかしたら、契約を破棄することだって……。
そう考え込んでいると──
「……リリアナ」
低い声が背後から聞こえた。
「公爵様?」
振り向いた瞬間、息をのむ。
いつも冷静で感情を表に出さない公爵が珍しく眉をひそめていた。
「……話がある」
そのまま執務室へ向かって私達二人は黙って歩いていった。
扉が閉まると沈黙が破られた。
「……元婚約者に、会ったそうだな」
もう、知ったんだ。
「はい。ご迷惑をおかけして……」
「違う」
きっぱりと言われて言葉を失う。
「……なぜ、断った」
「……え?」
「私とは契約結婚だろう。彼は反省していたようだったし、提示した条件もそれなりに良かった。それでも、なぜ戻らなかった」
公爵の声がわずかに震えて響く。
私はゆっくり息を吸った。
「公爵様がいるからです」
「……」
「私を守ってくれて。無理をさせなくて。頼めば名前を呼んでくれて……」
胸が苦しい。
「いつの間にか。公爵様のことが、好きになっていました」
沈黙。
長い、長い沈黙のあとに。
「……そうか」
それだけ言って公爵は目を伏せた。
やはり……困らせてしまった?
胸にばっと不安が広がった、その瞬間。
「……昔からだ」
「……え?」
「君を知ったのは、ずっと前だ。夜会の席での揉め事で、上手く言葉を紡げない私を庇ってくれた」
そんなこともあったのか。
確かにあの頃、私はうわべだけの夜会に退屈していたから、いろんな言い争いに首を突っ込んでは仲裁を楽しんでいた。
公爵はゆっくりと語る。
「……ずっと、目が離せなかった。君が理不尽に責められてでも、誰かを庇うのを見るたびに、より一層心が惹かれていった」
顔が熱くなる。
「だが、感情を表現するのが……昔から苦手で。好意を向けるほど、距離を取ってしまう」
──自覚、あったんだ。
「だから、諦めていたんだ。あのときは困っていた君を助けようと衝動で動いてしまったが。君を縛らないために白い結婚を選んだ」
公爵は拳を握りしめ。
「……だが」
顔を上げて真っ直ぐに私を見た。
「元婚約者に君が再び迫られたと聞いた時」
彼がそのまま私に一歩近づく。
「……嫉妬で、頭がどうにかなりそうだった」
初めて見るむき出しの感情。
「君が、私を選んだと知った時。たまらなく嬉しかった。私は……」
彼は息を吸って、震える声で。
「……私は、君を愛している」
世界が静止した。
「リリアナ。嫌ならば断ってくれ。本当の気持ちを教えてくれ。どうなっても融資はこのままだから気にしなくていい」
小刻みに揺れる唇で、彼は懸命に言葉を紡いでいた。
「契約などではなく私自身を選んでくれるか。改めて……私と、結婚してほしい」
そんなの答えは決まっている。
「はい」
即答した。
「もちろんですよ。これからも共にいさせてくださいね」
一瞬だけ目が見開かれる。
次の瞬間。公爵の表情はわずかに、しかし確かにほころんでいった。
「……そうか」
その顔は氷が溶けたように柔らかく、温かい。
「……その、だな。ひとつ頼みごとをしてもいいか?」
私は首を傾げた。
「……君は私を公爵様と呼ぶが、その度に胸が苦しくなる。……無理に君を契約で縛っているようで」
「そ、そんなことが!」
「私はいつもリリアナと呼ぶ度に勇気をかき集めているんだ。その……頑張りに免じて私をリカルドと呼んでほしい」
「それは……もちろんです。こうしゃ──」
「こほん」
「り、リカルド、様」
「……様なんてつけなくていい」
見れば公爵の顔は無表情のまま真っ赤になっていて、私も多分、そうだった。
いや、彼のことはこれからはリカルドと……呼ぶんだっけ。
◇
それからのリカルドは──
はっきり言って、別人だった。
「……寒くないか」
「……書類は多すぎないか」
「……無理は、するな」
全部同じ調子。
相変わらずの無表情、声も低くて淡々としている。
──なのに。
外出のたびにさりげなく手袋を差し出してくれる。
執務をしているとすぐ休憩を挟ませたがる。
気づけば視線は、常に私を追っている。
……分かりづらいけど、私のことをめちゃくちゃに甘やかしてくれている。
それに。
「……リリアナ」
名前を呼ぶ頻度が明らかに増えた。
そんな彼のいつもより少しだけ甘い声が私は好きだ。
数日後。
ひとつの報告がもたらされた。
「フール子爵家の商会ですが。不正や問題が次々と起こり、主要取引先が撤退したそうです」
私は静かに目を閉じた。
あの人は私を失って初めて、自分の実力と向き合うことになったのだろう。
驕るわけではないが私が商会を引き受けるようになってから、それはどんどん規模を大きくしていった。その度にしばしば浮かぶ難題に、私は色んな人に頭を下げて共に何とかしてきた。
昔の規模だったら、なあなあでもやっていけるだろう。しかし大きくなった商会はさまざまな協力なしでは回らない。
だが、やけに気取ったところのあるあの人がそれをできるか、私は少し疑問に思っていた。
「……助けを求める手紙がまた来たか?」
リカルドが尋ねる。
「はい。ですが、もう関係ありません」
私は微笑んだ。
「私の居場所はここですから」
その言葉にリカルドは目を細めていた。
◇
──正式な夫婦になることを決めた夜。
「今夜は……」
そう告げる声は珍しく緊張の色をあらわにしている。
「……嫌なら、無理は──」
「嫌じゃありません」
遮って答えるとリカルドは完全に固まった。
「……」
「……リリアナ」
そして、ぽつり。
「……可愛い」
──その破壊力。
(氷の公爵様がついにデレた!?)
それからの毎日は、穏やかで、温かくて。
リカルドは相変わらず不器用だけれど、もう氷の公爵とは誰も呼ばない。
なぜならば。
「……リリアナ、好きだ。愛している」
人前でも平然と言うようになったからだ。
(デレすぎでは!?)
けれど私も負けてはいない。
「私も愛していますよ。世界で一番、大好きです」
最大限に気持ちを込めてそう言うと、リカルドは必ず照れて視線を逸らす。
「……言わなくていい。それは心臓に悪い」
そんなことを言いながら、指はしっかりと私の手に絡んで離すことはない。
お金で契約結婚を迫って白い結婚を宣言した氷の公爵様は。
その実、不器用で、優しくて、この世界で一番私を大切にしてくれる人だった。
そして私は今、そんな彼に溺愛されて幸せです。
作者まで恥ずかしくなりながら甘々に挑戦してみました。楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしよろしければご評価していただけると大変励みになります!
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