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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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第七話 「戦士アキレウスの老年」


 道化師ランタンのポケットが、そのミンストレルソングにて銅貨で埋まりて。

 依頼された隊商護衛といえば大したトラブルもなく、無事に都市マインツまで辿り着いた。

 娯楽の提供も受けたし、何のトラブルもなく、良い旅であったと商人達などはほくほくとした顔で喜んでおった。

 まあ、無事に仕事は達成して、懐もだいぶ温まった。

 これでしばらくは都市マインツに滞在する費用も稼げたのだ。

 悪い結果ではない。


「さて、それではアキレウスのところに向かうか」


 さて、戦士アキレウスについてだが。

 我が魔王討伐に参加したパーティーメンバーの中では有名ではない。

 堂々と口にしても、ミンストレルソングに詳しいランタンが知らぬほどだ。

 というのも、奴とは別にこの勇者グランと相棒だったというわけではない。

 戦場が違った。

 奴めはむしろ、敵を討伐するというよりも民を守るための防衛として、都市に鎮座して後衛に回ることが多かったのだ。

 だが、あの魔王戦争時代において、魔王討伐に貢献した百の勇者の名を挙げよと言われれば、間違いなく戦士アキレウスの名は上位に挙がるであろう。

 なれど、奴は自分が有名になるのを望まなかった。

 私がこの口で奴を誉めそやすことも露骨に嫌がっていたので、それはしなかった。

 魔王戦争終結時には、確かに褒美こそ受け取ったが金銭という形のみであり、何らかの名誉職が与えられたわけではない。

 厳密には私が与えることを提案したが、奴はそれを拒んだ。

 だが、しかしだ。

 あの猛者に救われたことが、あの戦士が救った人々の数を数えれば。

 それは数千、数万人にもなるのではなかろうか。

 この勇者グランと魔女トーリ、そして当時の仲間たちだけはしかと、それを覚えておるぞ。

 だがまあ。

 それはそれとしてだ。

 奴が立派な戦士であることと、私に与えた心労は別な話よ。


「一発ぶん殴る」


 我が恋の鞘当て、戦士アキレウス。

 奴は魔女トーリに懸想していた。

 我々は何も女の奪い合いで殺し合いに至るほどの愚かではない。

 だが、私が奴と昵懇の相棒たる関係に至れなかったのは、やはりトーリの奪い合いが原因であった。

 互いに一目惚れであったように思う。

 トーリは美しい。

 銀色の長い髪、耳はぴんと狐のように伸びており、その顔はまだ恋を知らぬ少女のようであり。

 白魚のような肌を持ち、目はぱちくりとしていた。

 繰り返すが、美しいのだ。

 とてもとても美しいのだ。

 若い頃の私やアキレウスが一目見た瞬間に夢中になるのも、無理はないではないか。

 そう素直に思う。

 それにしても、アキレウスは一度私に殴られるべきである。


「何を怒ってんの?」


 トーリは不思議そうに首を傾げた。

 結局、彼女は最後の最後までアキレウスからの好意に気づかなかった。

 その点だけは憐れんでもよいのだが。


「何、男同士の戯れ喧嘩にすぎぬよ。一発だけ殴って、後は仲良しだ」


 彼女を心配させぬように、そう口にする。

 結局、あのアキレウスは未だに私を恨んでいるのだ。

 アキレウスがトーリに惚れていたのは知っていたが、私が抜け駆けしてトーリに告白したことを恨んでいるのだ。

 だが恋は先着順なのだ、馬鹿者め。

 それを後からどうこう口にして、未だにトーリに執着している奴が愚かなのだ。

 そういえば――


「アキレウスに子はおるのだろうか?」


 没交渉であった。

 この三十年、厳密に言えば三年前にアキレウスからの手紙を受け取るまで。

 ずっと会うことはなかったのだ。


「さすがに結婚してるんじゃないの?」


 トーリ――いや、ファウルハウトと呼んでおくべきか。

 怠惰なる姫君がやる気なさげに、そう口にする。

 まあ、そうだよなあ。

 戦士アキレウスは名誉職こそ拒んだが、生涯を何度も遊んで繰り返せるほどの金銭報酬は受け取ったし。

 そもそも顔も悪くないのだから、結婚しようと思えばできたはずである。

 延々とトーリに執着していたはずもない。


「この三十年間、何をやっていたことやら」


 私は首を捻る。

 二十七年も経って、急に手紙を送ってきたのも、わけがわからぬ。

 それを考えれば、私は不思議であった。


「ねえ、ゲシュペンストの旦那。そろそろ消印の住所に着くけれど?」


 過去に思いを馳せていた思考を、現在に戻す。

 まあ、会った方が早いな。

 話をしよう。

 三十年ぶりの、今までそれぞれ何をしてきたか。

 どんな人生を送って来たかの長話だ。

 

「そうか。道案内までさせて済まぬな」

「別にいいけど。ゲシュペンストの旦那も、ファウルハウトの姐さんも、なんでこうやって住所を訪ね歩くことすら手間取るのさ」


 しかたあるまい。

 ずっと王城と宮殿を往復するだけの暮らしであったのだ。

 市井を歩くなど、ここ三十年もやっておらぬのだぞ。

 手間取るのも仕方ないではないか。


「まあいいけれど。それでこそオイラの存在価値があるってもんさ」


 感謝はしているのだ。

 正直言って、ランタンは拾い物であったな。

 こ奴がいなければ、私たちの旅は酷く難儀をしたに違いない。

 それはもう認めざるを得ない。


「さ、着いたよ。なんか普通の家だけど」


 確かに普通の家だった。

 ボロいあばら家というわけではない。

 かといって、立派な門構えに使用人が沢山いそうな屋敷というわけでもなかった。

 何度も繰り返すが、奴には人生を何度も遊んで繰り返せるはずの金銭が与えられたはずなのだがな。


「ノックぐらいは旦那がしてよね」

「私はノックも出来ないと思われているのか?」


 それぐらいできるわ。

 私は家の前に立ち、玄関の扉に設けられたドアノッカーを叩く。

 そうして大声を張り上げた。


「失礼! ここはアキレウス殿の家で間違いなかろうか? 旧友がこうして参ったことをお知らせしたい!!」


 大音声というわけではない。

 あくまでも、失礼のない程度の大声である。

 やがて、ぱたぱたとした足音と共に、玄関が開いた。


「客人? 父のですか?」


 そこには男がいた。

 言動から察するに、アキレウスの息子であるらしい。

 確かに父親の面影がある。

 なんだ、奴もちゃんと結婚していたではないか。

 結婚しているというのに、あんな手紙を送るな馬鹿めが、と少し怒りを抱くが。


「うむ、証拠はこちらだ」


 手紙の中身は抜き取ってあるが。

 三年前に送られてきた手紙を差し出し、それをアキレウスの息子に見せる。

 彼はそれを受け取り、その消印を見た。


「確かに、我が家から差し出されたものですね。しかし、父の友人ですか」


 じろじろと、私を見る。

 なんだか困惑したような表情であった。


「あの寡黙な父に、友人がいたとは……」


 確かに奴は寡黙であった。

 だが、私は少なくとも友人であるし。

 勇者パーティーの誰もが、奴を友人だと認めていたはずなのだがな?

 今まで誰とも没交渉であったのだろうか?


「古い友ではあるが、間違いなく友人である」


 女を必死に奪い合った仲だが。

 友人であることには間違いなかった。


「先に訪ねることを告げる手紙も送らずに。急な来訪で誠に申し訳ないが、アキレウスを呼んではいただけないだろうか?」


 率直に要求を伝える。

 アキレウスの息子は答えた。


「いえ、貴方が父の友人であることは本当なのでしょうが。父はこの家にはおりません」

「というと?」

「今は病にかかってしまい、街の病院にて療養しております」


 アキレウスが病気に?

 あの頑健な戦士アキレウスが?

 私は素直に驚くが。


「……」


 そうか、あれから三十年も経つのか。

 アキレウスは私と同じ年齢ではない。

 当時は年上の二十八歳であり、今では五十八の齢であろう。

 年老いた以上は、病にかかるのも無理はなかろう。


「病院の住所と、面会の許可を得るために紹介状をお書きします。少しお待ちを」

「……手間をかける」


 そうか、病気か。

 あの頑健な戦士アキレウスが病気にかかったのか。

 内心で、何度もその事実を繰り返す。

 私にとっては衝撃であった。


「……ところで、アキレウスの息子殿。少しお聞きしたいことがある」


 ついでに少しばかり。

 気にかかっていることを、世間話でもするように声をかけた。


「何でしょうか?」

「アキレウスの妻は今、どうしておられるのだろうか? 出来れば一度挨拶ぐらいはしておきたいのだが?」


 トーリを諦めて。

 どんな女性を選んだのか、一目見ておきたいという興味心であったが。


「いえ、すいませんが、三年前に流行病でなくなりました」


 三年前。

 丁度、アキレウスが私に手紙を出した時期と同じである。


「そうか、失礼をした」

「いえいえ、そういえば、あれからでしたな。あれだけ壮健であった父が気を落として、すっかり意気消沈してしまい。気が弱ったところを病に襲われて、病院に――」


 私はアキレウスの息子の言葉を聞きながら。

 アキレウスが何故あんな手紙を送ってきたのか。

 なんだか、少しだけわかったような気がしてきた。


「……そうか」


 具体的なことはアキレウスに訪ねなければ判明せぬが。

 ともあれ、奴の病室を訪ねることにしよう。


「花でも買っていく?」


 ファウルハウトが呟いた。

 そうだな、花を買っていこう。

 今の平和な世では、どんな花でも手に入るはずだ。

 きっと、エディブルフラワー、食用花以外の花だって。


「そうしよう」


 私は素直に頷いた。

 もう、怒りはすっかり消沈していた。

 アキレウスを一発殴る気など失せて、ただ奴を見舞うことしか考えられなかった。



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