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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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8/21

間話 「連作歌曲(リート)」


 ランタンは悩んでいる。

 はて、それなりのミンストレルソングはひとまずできた。

 歌の名はひとまず「ウォルムスの辻」とするが、やはりバックストーリーが足りない。

 この老騎士による十六人斬りの殺陣の歌、そこに至るまでの経緯が明らかに『薄い』。

 何らかの復讐譚や、お互いに敬意ある決闘、因縁というならば見栄えが立つが。

 実際には腕の立つ爺さんが十六人の賊徒を斬り殺しただけである。

 これは良くない。

 とっても良くない。


「アイデアが欲しいなあ。怠惰の姐さん、何かない?」


 横の椅子に座り、ぽけー、とゲシュペンストの旦那と傭兵の約束試合を。

 結果は見えてるので、あんまり興味はないのだけれど、と言いたげに眺めている彼女に声をかけた。


「アイデア?」

「そう、お客さんをストーリーに引き込ませるためのアイデア」

 

 怠惰の姐さん、ファウルハウトは首を傾げて口にした。


「私とは考え方が異なるね。この歌一つで稼ごうというのが間違いなんだよ」

「というと?」

「ランタンは、この一曲のみで終わりとするつもりはないんでしょう?」

 

 それはそうだ。

 これから怠惰の姐さんと、亡霊の旦那。

 ファウルハウトとゲシュペンスト。

 自分はこの二人を見込んだのだ。

 どういう出自か、どういう人生を送ってきたか。

 今は何にも知らないが。

 おそらく二人に付いて行けば、面白い時間が過ごせるぞ。

 良いミンストレルソングのネタになるぞと。

 おいらの直感はそうビンビン告げている。


「ならば、連作歌曲リートの一つにすればよい」

「ほうほう」


 なるほど、確かに足りない。

 ゲシュペンストという人間の説明が、この一曲では足りない。

 そもそもこの歌一つで、宴会という長丁場を持たせるのは難しい。

 ならば、連曲だ。

 幾つもの歌を重ねて、連曲にてどういう老騎士なのかを語るのだ。


「怠惰の姐さんは、この歌はスタートとしては厳しいと」

「時代はホットスタートだからね。昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがいました、なんて始まりだと、最近の人はついてきてくれないイメージがあるよ。私の偏見かもしれないけれど」


 うん、と怠惰の姐さんはそう頷いた。

 確かに今の時代は衝撃的な始まりが好まれる。

 プロローグなんて一々聞いてくれやしない。

 そうだな、そうしようか。


「じゃあ連作歌曲リートにしよう! それはそれとして、それじゃあアイデアの提供もして欲しいものだと願うんだけど」

「それは今から一つぐらいは見られるんじゃない?」


 そうやって、怠惰の姐さんは相棒の老騎士に目を向けた。

 亡霊を名乗る老騎士は、木剣でトントンと自分の肩を叩いている。


「さて、爺さんは本当に強いのか、という疑問の話であったな」

「別に全く信じてないわけじゃないんだけどね。こちらとて腕利きがどうかぐらいはわかるさ。アンタは間違いなく腕利きだろう」


 若い傭兵が、ちらりとオイラの方を見る。


「だが――なにせ矮人の歌うミンストレルソングだろう? かなり脚色が混じってるんじゃないかと思うんだ」


 脚色して何が悪いのさ。

 憮然とした顔で、オイラは傭兵の顔を見つめ返すが。


「うむ、脚色が混じっておる。だが、別に私の強さに嘘はないぞ」

「うん、それが気になる」


 傭兵はビシ、と木剣をゲシュペンストに向けて、挑戦を口にする。


「どの程度の強さなのか、確かめさせてもらうぜ」

「よかろう。いつでもかかってくるがいい」

「そうする」


 傭兵が木剣を正眼の構えで携え、足早に駆け寄る。

 ゲシュペンストの旦那は慌てず、ゆらり、と身体を揺らした。

 あの歩方が気になっている。

 先日別れた黒騎士が尋ねたところでは、「暗歩」というらしいが。

 暗殺者が使ってたから暗歩、そのままである。

 単純な名づけにも程がある。

 オイラならもっと良い名づけを――と考えている間に。


「そら」


 木剣を構えた傭兵が間合いを掴めず、一瞬構えを崩した隙を狙って。

 とん、と傭兵の腹が木剣で軽く叩かれた。

 あっという間の決着である。


「嘘だろ、こんなにあっさりと俺の負けかよ」


 呆れたように傭兵が、自分の弱さを嘆いた。


「間合いと距離間を掴めねば、剣術同士ではまず勝負にすらならんでな」


 呆気にとられる傭兵相手に、ゲシュペンストがからからと笑う。

 うん、強いわ。

 ゲシュペンストの旦那はそれこそ馬鹿みたいに強い。

 はて、あの年齢なら魔王との戦争にも参加していたはずだ。

 その頃産まれていなかった自分でも、魔王戦争にまつわるミンストレルソングは親から沢山聞かされたが。

 だが、その数百にも上る英傑譚の中にだ。

 ゲシュペンストなる老騎士など聞いたことはない。

 正体はいずれかの名の知れた英雄かな、と思うが。

 自分の思考はさておき、現実は更なる展開を見せている。


「次は俺だ。鎗でも良いだろうか? 剣だととても勝てそうにない」

「かまわんよ。斧でも何でも使うと良い」


 冒険者が立派な鎗を取り出した。

 先端は帆布に包んでおり、殺傷能力はない。

 ただ、まあそれでも突かれたり叩かれたら痛いだろうが。


「どうせ当たらんし」


 ゲシュペンストは事も無さげにそう口にするのだ。

 なれば、と冒険者も本気を出すようだ。

 対峙し、まずは冒険者が槍を何度も突き出すが。


「よい腕だ。ちゃんとした正規の訓練を受けたことがあるのかな」


 するり、するりと怪しげな歩方ですり抜ける。

 間合いと距離感が無茶苦茶になっているので当たらないのだ。

 あの技インチキじゃないかな?


「なれば」


 冒険者は判断素早く、突きを充てることは諦めて。

 鎗のしなりを利用して、上からの振り下ろし、次に横払いを行うが。


「まあ、判断はよいのだがなあ」


 これも当たらない。

 ゲシュペンストが木剣で的確に防御をして、その身には一度も攻撃が当たらないのだ。

 大振りの鎗相手に、力負けする様子は一切見えない。

 そうして――その内に捕まった。

 鎗が掴まれて、ゲシュペンストに力任せに引っ張られる。

 冒険者は槍を放すことこそしなかったが、そのまま地面に転がった。

 オイラは何か言いたげにして、怠惰の姐さんの顔を見るが。


「ゲシュペンストは馬鹿力だからねえ」


 オイラの見間違いでなければ。

 ちょっと嬉しそうに、怠惰の姐さんは笑った。


「降参するかね?」


 ゲシュペンストの声に対し。


「駄目だ、これはかなわん」


 冒険者は槍を手放して、地面に尻をつけたまま。

 ひとつ溜め息して、何もかもを認めた。

 

「認めよう。アンタなら、それこそ普通に十六人斬りできるわ」

「別に信じてもらえんでもいいのだがなあ」


 ゲシュペンストは顎をぽりぽりと掻きながら、オイラを睨みつけて来る。


「全く、面倒くさいことをさせてくれる」


 げっ、不興を買った。

 別に本気で怒ってるわけじゃあないんだろうけど、どこか怖いんだよなあ、ゲシュペンストの旦那。

 敵と認識したら、なにひとつ容赦しないタイプだよ、この人。


「まあまあ、いいじゃないか」


 横にいた怠惰の姐さんが、別にささいなことだと。

 どこから取り出したのか干し芋を齧りながら、一応オイラを擁護してくれる。

 もっちゃもっちゃとした、咀嚼音が横から聞こえた。


「強い相棒がいて頼もしいよ、私は」

「うむ、そうか」


 旦那はその一言であっさりと機嫌を良くして、朗らかに微笑んだ。

 あ、これ力関係、圧倒的に怠惰の姐さんが上だな。

 実際の実力差はどうだかしんないけど、男女関係は惚れた方が負けなのだ。

 ひょっとして夫婦なのだろうか?

 勇者グランと、魔女トーリの異種族カップルが出来て、その息子さんが支配する王国が出来て。

 異種族のカップルというのは割と流行して、さすがに探せばいないほどじゃない。

 しかし、老騎士とエルフの夫婦というのは珍しい。

 エルフの個体数が少ないからだ。

 まさか本人だろうか、なんて思うがさすがにね。

 王城で仲良く豪奢に暮らしているはずのご夫妻二人が、こんな貧乏旅をしているわけがないのだから。


「失礼、しかと実力を認めたところで、もう少し手合わせして頂きたいのだが……」

「私もだ。これほどの実力者と手合わせできる機会などあまりないのでな」


 傭兵と冒険者が、続けての指導を求める。

 旦那は少し困っていたようだったが。


「いいじゃない、若人を導くのは先達者の役目だよ」

「それもそうか」


 姉さんの一言に、あっさりと頷いた。

 本当にチョロいな、旦那。


「それではかかってこい!」


 そうやって騒いでいると、休憩中だった隊商のメンバーもなんだなんだと集まってきた。

 干し芋を齧り終えたのか、怠惰の姐さんがぽんぽんとオイラの背を叩いた。


「ほらほら、ランタン。人が集まってきたから稼ぎどころだよ」

「そうだね。ちょっと『ウォルムスの辻』を歌いながら、銅貨拾いでもしてくるさ」


 オイラはそう口にして、集まってきた皆に説明することにした。

 今はちょっとした鍛錬中であることを告げて。

 そして、稽古をつけているゲシュペンストの旦那がどれほどの強さであるかを説明するために。


「さてさて、始まりますは傭兵ギルドにて。オイラたち即興パーティーが、盗賊退治の任務を受けたことから始まります」


 自分でもなかなかと思える即興歌。

 後ろにはニ対一で相手を圧倒的に翻弄し、打ち据える旦那の姿。

 そんなオイラのミンストレルソングは、懐を小銭で潤した。

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