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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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第六話 「道化師ランタンの身勝手」


 商業ギルドでの隊商護衛の仕事。

 それに無事ありつくことができた。

 隊商の目的地は都市マインツであり、これについても我々の目的地と合致しておる。

 三年前の手紙に押された消印が有効であれば、戦士アキレウスはそこにおるはずだ。

 見事に旅先案内人を務めてくれたランタンを、これについては褒めなければならぬ。

 ここは少し、この偏屈な老騎士も素直になるか。

 そう考えて、ランタンに声をかけようとしたが。


「ウォルムスの辻で、ゲシュペンストの盗賊退治が始まった。此方、四名の勇士。黒騎士カーライルに、道化師ランタン。魔法使いファウルハウトに、そして何より老騎士ゲシュペンスト。対して彼方、十六名の悪名高き、善男善女を苦しめる盗賊団なり」


 何やらブツブツと口にしている。

 こやつ、本当にあの事件をミンストレルソングにしようと考えているのか?

 お前なあ。


「ジジイが無双する吟遊など、本当に歌になると思っておるのか?」


 素直に尋ねた。

 役者が問題であって、作品の主人公には若人が求められるものだ。

 老騎士の話など求められぬ。

 ランタンはこちらを見ようともせず、何やらうんうんと唸っている。

 いるが、少しだけこちらを見てこう口にした。


「なるね。オイラを甘く見るんじゃない。老若男女問わず受け入れられるミンストレルソングにしてみせるさ」


 短い回答であった。

 観衆が求めるのはそれではあるまい。

 もっと、若い騎士が華々しく活躍し、貴婦人を救いて悪を討つ。

 単純な騎士譚が一般の観衆には受けるのではないかな。

 この老騎士などはそう考えるが。

 隊商護衛の休憩中に何やらブツクサと呟きながら、すっかり世間では安価にて流通されるようになった紙に、なにやら歌詞を書き込んでいる。


「卑怯なりし盗賊団、黒騎士カーライルと道化師ランタンに裏切りを持ちかけるが、これにカーライルは啖呵を切る。『主君無き黒騎士とて騎士である。命惜しさに老騎士を見捨て、貴婦人を囲んで嬲ることを許しては、この世に騎士道など要らぬわ!』と叫び、愛剣を抜き放つ。誠に見事な騎士道精神である」


 あれは本当に見事な啖呵だった。

 あの黒騎士カーライルはまことに見事な騎士であったのだ。

 見どころがあるので推薦状など書いてしまったが、はて、今頃は我が国の採用試験などを受けている頃であろうが。

 そこからは彼の実力次第だから、この老騎士には成功を祈ることしかできぬが。


「道化師ランタンも言い放つ。矮人には魂の道徳あり。我ら誰もが怖い物知らずにして臆病者だけは一人も種族におらぬ、たとえ一里の旅とても。友と認めた仲間を守る為とあらば、曲がり角の先にて別れるまでは命懸けで守るべき朋輩よ。寝言はあの世で抜かせ、悪党どもと叫びたり」


 いや、お前は。

 お前は別に一言も言ってなかっただろ、そんな格好良い台詞。

 明らかに道化師ランタンの虚偽であったが、まあ許すか。

 こやつも裏切らなかったわけで、私の力が足らねば、命懸けでファウルハウトを逃がそうとしてくれたことは想像に難くない。

 死を覚悟して立ち向かったことには疑う余地が無い。

 ので、これはまあ別に許すが。


「老騎士ゲシュペンストはこう口にした。浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ。なれど、貴婦人という芽吹いた花を守る為とあらば、貴様ら盗人の種が咲かぬよう延々と摘み取るのが騎士の勤めよ。我が名は幽霊、亡霊、幻、ゆえに古き騎士道の決して消え失せぬ具現化なりて。貴婦人を背後に守りて負ける騎士がこの世におるものか。その方ども、かかってこい。闘ってやる!」


 もう明らかに虚偽である。

 私はそんな事一言も言ってない。

 ないが、言ったことになっているようだった。

 道化師ランタンは、とんでもないホラ吹きである。

 私は呆れた。


「私の出番は名乗り無しに、ただ守られるだけ? 省かれてない? ちょっとだけ活躍してたよ、ちょこっとだけ」


 ファウルハウトは自分の出番がないのが、ほんの少しだけ気になるようである。

 賊の足止めはしていたのだから、ちゃんと活躍はしたのだが。


「そこなんだよね、守られるだけの貴婦人が観衆に受ける時代ってのはそろそろ終わりつつあるからさ。ちゃんと活躍したって歌に組み込むべきなのかな? ちょっと悩むね」


 そういう時代なのか。

 我々の魔王戦争時代では、貴婦人とは常に守られるべき存在――ではなかったことを。

 魔女トーリという存在が傍におったことで、この老騎士は良く知っている。

 だが、まあ活躍する女性への偏見と同時に、子供と同じく何よりも先に守られるべき立場であるという理想は未だ根強い。

 男は死ね、女子供のために死ね、それを理由にして。

 そうして、祖先に口にするがよい。

 妻を守るために死んだと、子供を守るために死んだと。

 なれば祖霊も許してくれようと、そういう時代であった。


「うーん、なんか格好いい台詞や出番を、後世のミンストレルが勝手に追加していくだろうから、今はいいかな。もちろん、自分で考え付くにこしたことはないけれど。もちろんオイラが生きてる時代の校正はやるけどさ。その更に後世では時代背景ってものを考慮して欲しいね」

「そう、まあいいけれど」


 彼女の興味はそこまで執着じみたものではない。

 長命種として無限の時間がある。

 ミンストレルソングにて、自分が活躍するまで歌が改変される時間を待つことが出来た。

 まあ、ファウルハウトは実際に足止め程度しかしておらぬし。

 愛する怠惰の姫君が別にいいというならば、それでよいが。


「勇者それぞれの名乗りはこれでいいか。まずまず上出来だね。後はゲシュペンストの旦那の活躍を、どこまで勇猛果敢に歌って、十六人斬りを果たしたかを歌えれば問題はないか。そこら辺はオイラの得意とするところだね。さして苦労は――」

「ええ……」


 いや、勇猛果敢も何も、赤子の手を捻るようなものであったのだが。

 呼吸すら乱す必要のない戦いであった。

 あのような雑魚連中であらば、百人が相手でも余裕で一方的に殺せる。


「ランタンよ、あのな。嘘は良くない」


 だからこそ、私はランタンの虚偽を咎めようとしたが。


「一方的にゲシュペンストの旦那が神々の戯れのように、数だけ数えながらに十六人斬りを果たしましたじゃ盛り上がらないんだよ! わかって!?」


 ランタンは怒っている。

 ぷんぷんと怒って、子供のような背丈でだんだんと足踏み迄鳴らしている。

 いや、怒られても私は悪くないし。

 そんなの知らないし。


「もっと、観衆の見たい物を考えて。そ、それだよ! 観衆が望んでいるモノは! みたいな行動を考えて歌を作らないと!!」

「ええ……」

「ミンストレルの世界では真実なんて何の価値もない……。如何に観衆のウケを得るかが大事なんだよ! どんな勇士でも苦戦する闘いだったろうっつーのにこの旦那のアホが!! 一方的にただただ盗賊団を皆殺しにしましたじゃ面白くもなんともないでしょう!?」


 そんな事を言われても。

 いや、確かに話としては、聞いても面白くもなんともないのだが。

 だからと言って、あくまでも拡大解釈的な脚色とはいえ、嘘をつくというのは。

 そんな戸惑いを抱いた私の横で。


「その欲望、実に素晴らしい」


 ぱちぱちと拍手。

 ファウルハウトであった。


「是非とも老騎士ゲシュペンストのミンストレルソングを広めよう」

「でしょう? ファウルハウトの姐さんはわかってる」


 ええ……。

 私は訝し気に彼女を見る。


「じゃあ、オイラはさっそく暇してる休憩中の他の連中に歌ってくるから! なあに、即興歌でもここまで話できてりゃ上手くいくさ。このポケットが銅貨で埋まるのが楽しみだよ!」

「あ、おい」


 私が止める暇もなく。

 道化師ランタンは観衆を求めて去っていく。

 それに、少しだけばいばい、とばかりにファウルハウトは手を軽く振った。


「ファウルハウト、君は何がしたいんだ?」


 道化師ランタンの身勝手を許したことに。

 私は疑問を呈するが。


「ゲシュペンスト。いや、二人だけだからグランと呼ぶけれど。私、別に私たちのミンストレルソングを聞くのって嫌いじゃあないんだよね。むしろ好きだよ。なんでかグランは眉を顰めてたけど」


 え、そうなの?

 出会って三十年以上が経つが、初めて聞いたな、そんな話。

 私は少しだけ、そのことを恥じる。


「本当の勇者の歌は永遠に続くから。多分、きっと、グランが死んだ後も。長命種である私は時代によって変わりゆく貴方のミンストレルソングを聞き続けることができるよ」

「……」


 私は閉口した。

 そんなことを言われては、もう何も言えない。

 私は少しだけしょげて、肩を落とす。


「歌で名を後世に遺した方が良いか?」

「私の老後の楽しみにはなるね」


 愛しの魔女トーリの答え。

 繰り返すが、そんなことを言われては、もう何も言えぬ。

 

「……好きにさせるか」

「そうだよ」


 私は道化師ランタンの勝手を許した。

 その後、商業ギルドにて受けた隊商護衛の仕事中。

 道化師ランタンの即興歌を聴いて、何やら傭兵や冒険者が私の事を疑いの目で見て、手合わせを申し込んだりしてくる。

 これは面倒くさいことになったと、私は嘆息した。

 まあ、何のことはない。

 赤子の手を捻るように実力を証明し、その疑惑の視線全てを尊敬の目に変えてやることにしよう。

 私はそう思いながら、木剣を握った。

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