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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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第四話 「最初の目標地点」


「ゲシュペンストの旦那たちも、別に何の目的地もなしに旅をしているってわけではないんだよね?」


 ランタンが首を傾げた。

 矮人としての小さな背で、まるで親に知らぬことを尋ねる子供のような仕草だ。

 私はふと、息子が幼き頃を想い出す。

 あの頃はまだ小さかった。

 ハーフエルフというものは、大人になるまで三十年もかかるとは、あの頃は思いもしなかったが。


「一応、目的地はあるのだ。まずは、かつての友人に会いに行く」


 仕方あるまい。

 ファウルハイトが認めてしまったのだ。

 とりあえずはランタンがパーティーに加わったことを私も認め、素直に現在の目的を答えてやる。


「ここだ。首都だったろう」


 私は地図を取り出した。

 「自分が統治していた」国からはすでに離れた隣国にいる。

 そして、この国の首都といっても差し支えない都市を指さした。

 ランタンは私の地図にどれどれと覗き込んで、目を丸くした。


「えっと、何この地図。古くない」

「三十年も前の物だからねえ」


 ファウルハイトがのんべんだらりと答えた。

 事実である。

 この地図は三十年も前に、私たちが魔王退治の旅をしていた時代に使用していた骨董品であるのだ。

 利便を得るための地図とは、別な意味で価値が生じているかもしれなかった。


「……なんで、そんな古い地図使ってるのさ」


 ランタンは呆れた。

 ありていに言えば、先日の盗賊退治が我々の旅における初仕事であり、それを達成するまでは新しい地図を買う金が無かったのだ。

 三十年前の大昔では、地図は国家戦略を左右するほどの大事な物であり、一部の特権階級にしか。

 それこそ領主や高級軍人といった特権階級、そして魔王を討伐するため旅する勇者にしか与えられないほどの品が地図というものであったが。


「ほら、オイラが持ってる地図を見せるよ。もう別に地図なんかそこら中に売ってるよ。三十年前の地図なんか捨てちまいなよ」


 まあ、魔王が滅んで――厳密には私が滅ぼして三十年。

 そんなの陳腐化していた。

 今では誰でも地図くらい入手できるほど、普通に流通していても不思議ではない。


「ふむ。先ほどの地図で言うと、私たちの目指す首都はここか」

「そこ、もう首都じゃないよ! 知識あまりにも古くない?」


 私が指した指先の都市は、もう首都ではないらしい。

 なんでお前は王様やってたのに隣国の首都も知らんのかだと?

 大事ではなかったからだ。

 私たちがこれから向かう国家にはだ。


「念のため聞いておくけれど、今の一番の権力者は、要するに盟主は切り替わったのかな?」


 ファウルハイトが首を傾げた。

 こういう言い方をするのは、隣国には王がおらぬからだ。

 よって、王同士の国家間交流という儀礼は別にしていないのだ。

 国家間の物資交易交渉は、優れた家臣たちが行っていた。


「えーと、まあ知っての通り、この国は都市同盟を結んだ連合国家。それはさすがに承知してるよね」


 知っている。

 それは三十年前から何も変わらぬ。


「ライン都市同盟といわれる国家。70もの加盟都市が作り上げた大都市同盟国家は、すでにファウルハウトの姐さんが言うように盟主が切り替わっているんだよ。だからもう、ゲシュペンストの旦那が口にしている場所は首都じゃないよ」


 ふむ。


「なら、もう私たちのかつての友人がいるかどうかもわかんないね」


 ファウルハイトが少しだけ困ったように、小首を傾げた。


「いるかどうかもわかんない、友人に会いに行こうとしてたの……?」


 適当にすぎる。

 そう言いたげに、ランタンは閉口しているが。

 いや、ちゃんと三十年間もの間、没交渉であったわけではないのだ。

 一応は勇者パーティーの仲間で、我らの友人であることは間違いなかったゆえに。

 懐から手紙を取り出す。

 

「友人からの手紙がある」

「中身は見ても――さすがに駄目だよね」

「駄目だ」


 ランタンはさすがに中身を見るのは遠慮して、その封筒だけを見た。

 三十年もの間に、郵便制度が施行された。

 昔は魔獣がそこら中にはびこり、国から国を渡るのにも命懸けであった時代であるが。

 今では国家間の道も舗装され、交易馬車が行き交い、当然のことながら国外郵便も自然と行われるようになっている。


「この三年前に送られてきた手紙の消印だと、住所は確かにゲシュペンストの旦那が言う都市にいるね。まあ、もう都市同盟の盟主が切り替わっているから、首都ではないけれど」

「そうか」


 時代の流れを感じる。

 あの都市には色々な思い出があったのだがな。

 あの荒れた時代でも、さすがに首都である。

 治安は良かったし、私が慰め程度にトーリに贈る花を買うことも出来たし、生活にとっての必需品でない花売りという商売も成り立っていた。

 いや、そうでもないかな。

 確かに花は売っていたし、私はトーリに花を贈った。

 未だ告白もできぬ若き騎士として、私の恋心が彼女に少しでも伝わればよいと考えたのだ。

 その花をだ。

 美味しそうだね、有難うと受け取って。

 トーリは私が贈った花を食べた。

 エディブルフラワー、ようするに売られていたのは食用花であり、その日の晩餐にサラダとして並んでいた。

 結局、あの魔王戦争時代には、食用でもない花を育てる余裕など何処にもなかったのだ。

 まあ、トーリの肉体の一部になったと思えば、花を贈ったこと自体に後悔はないのだが――


「ゲシュペンストの旦那、何をセンチメンタルな瞳になってるのさ」

「ふと悲しい過去を思い出していた。何、今は良き時代になったものよ」


 これから行く街では花は売っているかな。

 トーリの好みはナズナの花。

 荒野に咲く素朴なぺんぺん草を、彼女は好んだ。

 それを知ったのは魔王討伐の旅の後半である。

 だから、花を贈りたくば別に買う必要もなく、そこらで摘めば良いのだが。


「そうだな、三十年前のやり直しを再び演じるというのも良い。ファウルハイトよ、我が怠惰の姫君よ。エディブルフラワーのサラダは未だにお好きかね?」

「うん?」


 ファウルハイトは、少しだけ思い出すような仕草をした後。

 脳という記憶装置から思い出す時間を経て、答えを出した。


「ああ、確かにゲシュペンストが前にサラダを買ってきてたね。いいね、都市に着いたら久しぶりに食べようか」


 ちゃんと私の愛する女性は、あの時の事を覚えていてくれたようだ。

 三十年前のことを、つい先日のように。

 それだけで、心が何処か温かくなる。


「お二人だけが通じる、過去話はいいけどさあ」


 ランタンが、困ったように私たちの会話を邪魔した。

 やや不安が混じった声色だった。


「この手紙は三年前の消印だよね。いるかどうかわかんないけど、それでも行くの?」

「当然行くとも」


 三年前なら、まだいるかもしれないし。

 たとえ引っ越しをしていたとしても、その引っ越し先を突き止めることは容易だろう。


「ちゃんと行って、我が友人を見つけてだ」

「そんなに会いたいんだね。やっぱり昔のパーティー仲間って大事だよね?」


 ランタンが、ちょっとだけセンチメンタルな視線で。

 この老騎士の気持ちを慮ろうと、優し気に声をかけてくれるが。


「一発ぐらいは、思い切りぶん殴ってやらんと気が済まん」

「旧交を温めにいくのではなく!? え、何か恨みでもあんの!!」

 

 衝撃的な発言を聞いたと言わんばかりに、ランタンがうろたえた。

 違うな。

 全然違うな。

 私は昔のパーティーメンバーを、魔王討伐の際に共にしたメンバーを一発殴りにきたのよ。

 なんだ、あの野郎。

 本当に失礼な手紙を送って来やがって。

 なんだあれ。


『そろそろトーリが王妃になって二十七年ですね。貴方の身勝手な愛の束縛に我慢する日々がようやく終わる時期が来ました。三年後、きっとあなたは離婚されているのではないでしょうか? 何せ、あの男ときましたら、全く女心の分からない奴であります。離婚されたならば、是非ともトーリを私の妻に迎えたく……』


 だと!

 ふざけた手紙を送って来やがって!

 アレを読んだ時、どれだけ私が狼狽したと思っていやがるのか。

 お前とてトーリに惚れていたのは知っているが、私が抜け駆けしてトーリに告白したことを恨んでいるのは知っているが、あの手紙はない。

 この三年、どれだけ恐怖していたと思ってるんだ!!


「まずは一発殴る。旧交を温めるのはそれからだ」


 我々は老いた。

 それでも奴は、我が魔王討伐パーティーでも最大耐久力を誇った戦士である。

 私の渾身の一撃ぐらい耐えるであろう。


「なんでそんなに怒ってるの?」


 我が愛妻トーリにして、今は偽名ファウルハイト。

 愛しの怠惰の姫君。

 何も知らない彼女は不思議そうに私を見た。

 彼女は何も知らぬのだ。

 私と、戦士アキレウス。

 トーリを娶らんがために、彼女の好感度を得るために、必死に競争していたことも。

 さすがに魔王討伐という目的があったから、殺し合いにこそ発展しなかったものの。

 戦士アキレウスの奴めは、今だに私が抜け駆けしたことを恨んでいるのだ。

 だからといって、繰り返すがあの手紙はない。

 私を心底恐怖せしめた、その報復はさせてもらおう。


「何、ファウルハイトは何も気にしなくて良いことよ」


 彼女がそれを知る必要はない。

 彼女はただエディブルフラワーの味を。

 晩餐に出て来る食用花の味を愉しみにしていればよい。

 アキレウスの想いなど、何も知る必要はないのだ。

 そう考えて、私はランタンに地図を返して。

 今は首都でも何でもない、手紙の消印の住所へと向かって旅を再開した。



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