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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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第三話 「第一歩からの躓き」


 ハネムーンは最初から躓いた。

 私は何も、善男善女を苦しめる悪党を始末する世直しの旅に出たのではない。

 何せ十六名もの盗賊を目の前でぶち殺して、どうだい、お前の男は強いだろうと。

 そう威張って見せても、トーリは喜ばぬ。

 そもそも魔王を眼前で倒して見せても「やったね、グラン」と喜んで駆け寄って胸に飛び込んで来てくれるどころか。

「やっと終わったよ、しんど」と心底疲れた顔で、その場で座り込んで疲弊した顔しか見せなかった。

 根が怠惰なのだ。

 もう魔王討伐でさえも、世の中を救いたいとかの使命感があったわけではないのだ。

 魔王をほおっておくと、おちおち昼寝もできないからと、迷惑な輩をブチ殺しに来ただけだった。

 まるで隣人からの騒音トラブルを解決するためがごとく。

 それが怠惰の魔女トーリである。

 我が愛妻だ。

 

「さて、どんなハネムーンにするかだけど。何度も言うように、引退した老王と王妃としての旅行ってわけじゃないならね」


 そんな愛妻とイチャイチャしたい。

 イチャイチャしたいのだ。

 愛するトーリの機嫌を良くするための旅がしたい。

 それ以外の欲望など欠片もないし、必要もない。

 だがしかし、そのトーリが言うのだ。


「どうせなら旅に制限を設けよう」


 と。

 具体的にはこうだ。


「諸国を漫遊するにあたって、その旅費は各地のギルドで稼いで資金源とすること」

「王国の歳費を用いてはいかぬか?」


 三十年も働かされたのだ。

 当たり前だが、私にもトーリにも、王位と王妃でなくなってからも歳費は出ていた。

 今までの仕事の報酬を使っても、誰にも文句を言われる筋合いはない。

 だから旅費として使用してはどうかと提案するが。


「別に私は贅沢三昧がしたいわけじゃないんだよ、グラン」


 知っている。

 別に王妃になりたくなんてなかった女である。

 当然ながら従者や使用人を引き連れての、物見遊山などしたいわけでもなかろう。

 第一、それは私も嫌だった。

 私はトーリと二人きりで旅がしたいのだ。

 何が悲しくて、私たち二人以外の人間などを交えねばならぬのか。


「私たちが旅に出たいといったら、多分息子は怒るよ。じゃあその間の私たちの歳費は貧しい人たちへの青空学校や、貧窮院の歳費として用いて良いって説得材料にしよう」


 なるほど。

 まあ、息子の怒りを収めるためというならば仕方ない。

 甘んじて納得しよう。


「となると貧乏旅行か?」


 私は首を傾げる。

 国から財を持ち出さぬとなると、結構ケチケチとしたハネムーンになってしまうが。


「いや、それもヤダ。ちなみに、私自身があくせく働くのもヤダ」


 トーリは怠惰でワガママである。

 そんなところが可愛かった。


「だからまあ、食い扶持はグランが稼いでね」

「私か?」


 まあ構わん。

 むしろ、愛妻を自分の力で養うのは望むところである。

 愛する者をこの手で養うのは、男の本懐であった。


「さて、ではトーリの言うように、冒険者ギルドや傭兵ギルドで仕事をしながらの旅となるわけだが。パーティーを組む必要はないよな」


 私は言外に「それは嫌だぞ」と口にする。

 従者や使用人でさえ連れて行くのは嫌なのだ。

 それ以上に、私とトーリの「いちゃつき」を邪魔する輩を加えるなど御免である。


「んー、とはいっても、旅をしていく中で資金稼ぎとして。商人の護衛はしたりするよね」

「まあ、それはな」


 それは仕方ない。

 ポケットに一銅貨もない状態で旅を始めるのだ。

 ついでに言えば、勇者としての名声も、王としての地位も使えぬ。

 なれば、そういった仕事をこなすしかない。


「そもそも、私たちが旅慣れてたのって三十年も前のことだからね」


 それはそう。

 三十年前は長い長い旅をした。

 魔獣が溢れかえる世界にて、いつでも緊張を張り詰めて、敵と遭遇したとあらば闘争だった。

 私とトーリ、そして勇者パーティーと言われる仲間たちとともにあった。

 だが。


「今の時代は平和と聞くなあ。少なくとも我が国は平和そのものであったぞ」


 三十年である。

 王と王妃として、人間と異種族が手を取り合って平和に暮らせる国を目指して統治すること三十年。

 ずっと国に引きこもっていた。

 世界は一変していることだろう。

 魔獣の被害は減り、治安は良くなり、誰もが真面目に働けば食うには困らぬ。

 そんな世界となったのだ。


「東洋の童話で浦島太郎ってのがあるんだけどね」


 トーリが、また東洋知識を披露した。

 彼女はたまにこれをやるのだ。


「聞こう」

「亀を助けた御礼に、ある漁師が海の中にある城に招待されるんだけどね。楽しい日々を送って地上に戻ると、浦島太郎さんの知っている人は誰もいなくなっており、竜宮城での数日が地上では何十年もの月日が経っていたってオチ」

「ふむ」


 私はその童話を聞きながら、首をひねる。


「つまり、私たちはその浦島太郎か」

「そうだよ。私たちが三十年前に旅した知識や経験なんか、今の時代に何の役にもたちはしないね。旅道具一つにしたって進歩もしていると思うよ。平和になったんだから道だってちゃんと舗装されて、移動手段も整備されているだろうし」


 だろうなあ。

 知識ゼロからのスタートというわけか。

 それも悪くないが。


「私たちに傅く従者でもなければ使用人でもない。出来れば、そんな旅先案内人が欲しいね。今の時代の常識を知っている人間が。それも旅知識のある人間が」


 魔女トーリは怠惰である。

 贅沢な旅を良しとはしない。

 だが別に貧乏旅行がしたいわけでもない。

 そして、旅で無知による苦労を味わいたいわけでもない。

 とってもワガママだ。

 可愛い。


「ふむ、考えておこう」


 だから、考えておくふりをする。

 そうだ、フリだ。

 実際には旅先案内人など不要である。

 私が今の時代の常識をさっさと理解し、トーリを導けばよい。

 私たち二人の間に邪魔者など不要なのだ!

 と考えていたのだが。


「ねー、ねーってば。ゲシュペンストの旦那。オイラも連れてってよ」


 思いっきり邪魔者が存在した。

 矮人のランタンである。

 あの盗賊団退治での騒動のあと、黒騎士カーライルには推薦状を書いてやり、上手く別れたのだが(もちろん自国の騎士に推薦するにふさわしいと、ちゃんと見込んだというのもあるが)。

 このランタンとやらが、私たちの旅に同行したいとしつこく食い下がるのだ。

 

「いらん! 旅の邪魔だ!」


 すげなく断る。

 厳密には旅の邪魔ではなく、私とトーリの間の邪魔なのだ。


「でも、オイラがいると旅が楽になるよ? ゲシュペンストの旦那」


 本当に困った。

 旅先案内人である。

 トーリのいうところの、私たちに傅く従者でもなければ使用人でもない。

 そんな旅先案内人が現れてしまった。

 どうするか?

 私とトーリの二人旅を維持するために、始末しようか。

 そんな物騒な考えをするが、さすがに本当にそうしてしまうわけにもいかぬ。


「ランタンは何ができる? 私たちの旅に何が貢献できる?」


 トーリ。

 いや、怠惰なる我が仲間、ファウルハイトの問い。

 これは良くない傾向だ。


「んーと、旅を退屈させなくすることができるね。オイラは手先が器用なもんだからさ。ちょっとしたことなら大体のことはできるよ」


 ランタンが、そういって小さなフルートを荷物から取り出した。

 頼みもせんのに、勝手に演奏を開始する。

 演奏自体は中々の物で、都市の酒場なら多少のおひねりも飛んできただろう。


「どう?」

「上手いね」


 ぱちぱちと、ファウルハイトが拍手をする。

 私とて、上手いのは認めてやる。

 それはそれとして、私をさしおいてファウルハイトに褒められるというのは気に食わぬ。

 いや、それよりも。


「本当に一緒についてくる? 別に何をするわけでもないよ」


 ファウルハイトにしては珍しく、どうもランタンを気に入ったようなのである。

 人嫌いというわけでもないが、特に人を好みもせぬ彼女がである。

 私は焦った。

 このままでは二人旅が台無しになる。

 せっかくのハネムーンが!


「私たちはお前の優れた芸に金など払わんぞ」


 とりあえず吝嗇を演じる。

 お前が旅に娯楽を提供しても、何の対価も支払わぬと。

 これで諦めると思ったが。


「別にいらないよ。旅の仲間から金とるわけないじゃん」


 畜生め。

 もっともな話であるが、そもそもランタンは――何故こうも私たちに同行したがる。


「何故、私たちの旅に同行したい。別に名高い冒険譚をこれからするわけじゃないぞ。ファウルハイトも言ったであろう、別に何をするわけでもないよと」

「そうはならないよ」


 ランタンが自信を持って、胸をはって口にした。


「アンタたちの旅が、何もないなんてことにはならないさ。自信を持って言えるね。優れた剣士と優れた魔法使いには、それなりの荒事が舞い込んでくるってもんさ」


 妙に確信じみた声であった。

 いやいや。

 もう勇者の冒険は終わり、その後日談までも先日終えたばかりで。

 この老騎士はもう荒事自体が本来は御免なのだ。

 今回の盗賊退治における十六人斬りも、ただ巻き込まれたようなもので。

 目的は愛する妻とハネムーンがしたい。

 それだけだ。


「うーん」


 だが、愛する妻は、そう旅する間は名乗れない仲間たるファウルハイトは。

 小首を可愛らしく傾げて、こう口にした。


「いいよ。ついてきて。ただ、私たちはちょっと世間ずれしているところがあるから、旅先案内人になってくれると嬉しいな」


 ランタンの同行許可である。

 私が最も口にして欲しくない言葉であった。


「話が分かる! もちろんいいよ」


 ランタンが、はしゃいでジャンプした。

 私は片手で、閉じた両眼を押さえる。

 許されるならば頭を抱えたかった。

 だが、ファウルハイトが、私の愛する怠惰の姫君が許可したのだ。

 これを拒否する権限が私にはない。


「ええ……」


 二人きりのハネムーンは、第一歩からこうして躓いた。

 私は思わず歯噛みした。


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