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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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幕間 「三十年越しのハネムーン」


 私は妻を愛しているが、妻は私を愛しているのだろうか?

 愛の存在証明を問う必要がある。

 三十年がかりの愛の存在証明を。

 愛し合うこと。

 ちゃんと婚姻しているのだから、ベッドの上での睦みごとをしていないわけではない。

 息子が出来た。

 これは愛の存在証明の一つといえるのかもしれない。

 人間と長命種たるエルフ、その異種族間でも立派に子供は出来た。

 今では、私の王位の後を継ぎ、ハーフエルフたる息子が玉座に座っている。

 というのもなんだ。

 魔王を倒して、トーリを口説き落とすことに成功した後。

 王、貴族、民、誰もがこう口にした。

 王家の姫君との縁談全てを断り、主君からの必死な懇願さえも受け付けず、たった一人の魔女トーリを娶った。

 これについてはよい、よほどに愛しているのだろう。

 それを祝福できぬほど、私たちも狭量ではない。

 それはそれとして、建国しろ!

 勇者の義務でしょ!

 今までの勇者は誰もがそうして来たのだから。

 と。

 これについては断ることが出来なかった。

 私と魔女トーリは王と王妃として、異種族友好の象徴として。

 人間種と亜人種が交流し合い、そしてお互いが安心して暮らせる国を建国することが求められた。

 誰もがそういう国が欲しいと考えており、良い機会だからと。

 まさに御二方に相応しい国を作るに協力してやるからと、他国は恩着せがましく財も家臣も私たちに押し付けて。

 妻トーリは建国中、こう口にした。

 とても疲れた声だった。


「こんなことなら、グランの告白を受けるんじゃなかった。勇者の妻って大変だね」


 私はひどく、その言葉に傷ついた。

 いや、確かに苦労はかけた。

 物凄い苦労を彼女にかけてしまった。

 トーリは賢い。

 そりゃ長命種の魔女なのだから、ずば抜けて賢いに決まっているのだが、それは魔法と研究という分野においてであり。

 当たり前だが、別に国政に長けているわけでもなく、それどころか王妃になるなど考えてすらいなかっただろう。

 妻が本当に望んだのは、静かな暮らしであった。

 私は魔王を倒した後はどうするか、ただのパーティーメンバーであった頃の彼女に聞いたことがある。

 旅をして暮らすよ。

 諸国を漫遊して暮らす。

 そして、いつか魔王がまた訪れたら、世界を守るために闘うよ。

 その時はグランの子孫と、また会えたらいいね。

 そんな会話をしたことを私は覚えている。

 彼女は自由だった。

 その彼女の自由を束縛してしまった。

 それについては後悔してもしきれぬ。

 だが。

 それでも、私は君が好きだった。

 愛とは束縛なのだろうか?

 おそらくは違うだろう。

 束縛は愛情の強さからしている行動ではなく、自分の心の満足のためにしている行動に過ぎぬ。

 だから、これについては酷く謝罪せねばならぬ。

 心の底から申し訳ないと思っている。

 だが。


「ようやく自由になれたね」


 先日、ついに王座を息子へと譲った。

 ハーフエルフである息子の成熟は人よりも遅く、一人前になるのに三十年もかかってしまったが。

 そこでトーリはようやくほっとしたように、その言葉を述べた。


「そうだな、自由だ」


 ようやく王の責務から解放された。

 勇者としての義務や義理といったものを済ませたのだ。

 だから、その、なんだ。

 私は愛する妻であるトーリに本日こうして申し入れた。


「ハネムーンに行かないか?」

「はあ?」


 トーリは王宮の庭で日向ぼっこをしていた。

 陽光に包まれて、うとうととしており、庭のロッキングチェアで今にも眠りにつきそうな。

 相も変わらず美しい。

 三十年の年月が経っても、彼女は出会った時の若い容姿のままだ。

 別に、そこが良いというわけじゃない。

 私は仮に彼女がエルフでなく人間でも、愛の告白をしただろう。

 トーリだからだ。

 私が愛した女が、この世で貴女たった一人しかいなかったから。

 様々な障害を乗り越えてでも、貴女に婚姻を申し入れた。

 だからだ。


「今更ハネムーン? エルフの感覚でさえ、結婚式を終えた数か月後にハネムーンに行こうって誘われたようなものだよ」


 トーリが首を傾げた。

 銀色の長い髪、耳はぴんと狐のように伸びており、いわゆるエルフを象徴する耳で。

 せっかく眠れるところだったのにと言わんばかりに、やや険の尖った声で口にした。

 髪飾りが揺れている。

 ナズナの花髪飾りだった。

 私が、告白の際に捧げた一輪の花を加工して、拙い手で作った髪飾りだ。

 花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」である。

 永遠に枯れないようにと、トーリの魔法で保護されていると同時に。

 そこら辺のどこにでも咲いている、小さく素朴なぺんぺん草。

 特徴的なハート型の果実。

 それを彼女が好んでいると知っていたからこそ、捧げた花である。


「その、なんだ。ずっと言ってたじゃないか」

「何を?」

「旅をして暮らすよ。諸国を漫遊して暮らす、と」


 私はもじもじとして、困った顔で口にする。

 彼女から奪ってしまった三十年間について。


「なんだ、覚えてたんだ」


 トーリの声は、少しだけ険が薄れた。

 惚れた女が口にしていた言葉だ。

 そりゃあなんだって覚えてるさ。

 なにはともあれ。


「その、なんだ。君の三十年を奪ってしまって申し訳ない。だけど、もう自由だ。確かに君が言った通り自由だ」


 私はあの時、あのセリフを君から聞いて。

 静かに恐怖した。

 ひょっとして、トーリは何処かに行ってしまうのではないかと。

 王妃として義務と義理は済ませたのだから。

 この束縛について、彼女が怒っているかもしれなかった。

 最悪、離婚を。

 もちろん、別にそんなことは考えていないかもしれないが。


「もし、嫌じゃなければでいいんだ。どうかな?」

「うーん」


 ロッキングチェアが揺れている。

 彼女の銀髪が揺れている。

 ナズナの髪飾りが揺れている。

 私はそれを眺めながら、ハラハラとした想いで悩む。

 どうせなら一人で行く、と言い出されたらどうしようか。

 そんな心配である。

 私は魔王と相対した時よりも、トーリに告白した時の方が怖かった。

 惚れた女を目の前にした時の男とは、そういう生き物なのだ。

 矮小で、卑屈になる。

 実のところ、生涯最大の勇気を振り絞らねば告白さえできなかった。

 少なくとも、私はそうなのだ。


「そうだね」


 トーリの内心がどう揺れ動いたのかはわからぬ。

 だが、彼女は確かに答えた。

 

「行くよ、ハネムーン。別に引退した老王と王妃としての旅行ってわけじゃないならね」


 私は思わず握り拳を作った。

 やった。

 

「勿論だとも。王の務めを終えた今、私はただ一人の老騎士にすぎぬ」


 というより、王の立場など心底どうでも良かった。

 トーリの機嫌の方がよほど大事である。

 そんなことをずっと悩んでいた三十年、いつ離婚されるかが恐怖で仕方なかったが。


「じゃあ、私もただ一人のエルフという旅仲間で」

「……夫婦ではなく?」


 眉を顰める。

 出来れば、夫婦として旅がしたかったのだが。


「いや、さすがに勇者グランと魔女トーリだってバレるでしょ。亜人種と人間種のカップルがこの国だといないわけじゃあないけど」


 人間種と亜人種が交流し合い、そしてお互いが安心して暮らせる国を建国すること。

 その目的は達成され、別に亜人種と人間種のカップルとて普通に我が国では存在するが。

 まあ、他国ではやはり珍しい。


「……正体を隠すためには仕方ないか」

「そうそう」


 どうしようもない。

 トーリの言うことが正しかった。


「では、私は貴女に剣を捧げ、仕える老騎士として旅をするとしましょう。それでよろしいか?」


 彼女の前で、主君に対する一介の老騎士のように跪く。

 私はその立場になった気分で、そう尋ねる。

 旅の間に名乗る偽名については、後で適当に考えればいいとして。


「非常によろしい。一生懸命それらしくしてね。そういえば、だけど」


 トーリが微笑む。


「グラン、私と初めて会った時も、そんな感じに跪いて挨拶してたね」

「ああ、覚えている」


 一目惚れだった。

 あの時、私は貴女に一目惚れをしていたのだ。

 だからやったこともない婦女子への礼を、跪くことで示したのだ。

 立派な騎士らしい印象を彼女に与えたいと、そう邪な事を考えながら。

 騎士道などすっかり忘れて、ただただ跪いたのだ。


「じゃあ、準備しようか。一応、息子にも言っとかないとね。多分怒るだろうけれどね」

「……怒られるのは、私が担当しよう」


 王座を任せたその場で国を離れることに対し。

 愛息の怒りを心配するトーリの横顔を見て、私は微笑む。

 その横顔はやはり、相も変わらず美しかった。


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