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悠久の魔女と老英雄  作者: 道造


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幕章「ハーフエルフの王子様」


 ハーフエルフは30歳で成人になるらしい。

 もちろん、人間の18歳のそれとは若干違う。

 ちゃんと30年間生きただけの機知を備えているし。

 将来の王となるべく育てられたのだから、知恵も倫理もわきまえていた。

 才能だってそこら辺の凡人とは違う。

 なにせ、あの勇者グランと魔女トーリの間に産まれた子であり、王族教育を受けたのだから。

 ただ感性だけは若かった。

 それだけは成年になったばかりの人間のそれと変わりない。

 不服を表情の裏に隠さず、人には見せまいとする大人のそれはまだ覚えていなかった。


「なーんで黙って逃げるかね。ちゃんと許可取るべきじゃない?」

「はあ」


 私としては曖昧な返事。

 先日、あの勇者グランに推薦状をもらい、ちゃんと採用試験を受けて。

 見事に騎士として認められ、この肩を剣で叩かれたばかりの私としては、どちらの味方も出来なかった。


「カーライル」

「はい」


 話をよくよく聞けば、別に黙って逃げた、とまでは言えない。

 勇者グランは、この御方の父王は、ちゃんと説得しようと試みはしたらしいのだ。

 王として、正式な後を継いだのだ。

 もう私は肩の荷を下ろした。

 ここからは私の自由であり、妻とハネムーンがしたいと。

 そう眼前の息子に対して説明の上で、懇願したらしいのだが。


「別に、怒っているわけじゃないんだよ。まあ父さんは老い先短い。もう五十歳だ。人間の寿命を考えれば、あと二十年も長生きできないだろうさ」


 ハーフエルフの息子は理解している。

 人間とは寿命が違うのだ。

 数千年以上の長命種たるエルフほどではないが、ハーフエルフの寿命とて長い。

 それこそ千年以上は軽く生きるとのことだ。

 これが人間ならば、生きるに飽きてしまうほどの長さである。


「だから、まあいいんだよ。ちょっと羽を伸ばすぐらい。最終的には許したんだよ。そのつもりではあった」

「最終的に許すつもりだったならば別にいいのでは? その、別に何か悪いことをしているわけではないので――」


 私としては、困ってしまう。

 このカーライルは、あの勇者夫妻のハネムーン途中にて騎士として推薦状を頂いたわけで。

 感謝する立場であり、一言も悪口など言えないし。

 そして同時に、主君となった御方に対して強く反論することも出来かねた。

 だから、穏便に返事をする。


「もう良いではありませんか。いずれ帰ってくるのでしょう?」


 私としては、ちょっとハネムーンに行くぐらいはいいではないか。

 そう考えてしまうのだが。


「四・五年ならいいさ。別にそれぐらいならね。父なんて、もっと短いつもりだろうさ。それはいい」


 あれ、精々が一年ぐらいではないのか?_

 ハネムーンだろう?

 私は一瞬戸惑ったが、まあハーフエルフも寿命は長い。

 そんな感覚なのかもしれない。

 戸惑いを隠し、返事をする。


「というと?」

「母はそのつもりじゃない。ちょっと年月に疎いところがある。いや、意図的にわからないフリをする」


 王はワインを口にしている。

 といっても、嗜む程度だ。

 別に深酒をしているのではなく、新たな騎士となった私を饗応するためだけに酒を口にしている。


「こりゃあ父が死ぬまで帰ってくるつもりがないかもね。死んでからさえ、そのつもりかも」

「その、それは」

「要するに先王妃としての責任放棄って奴だ。彼女にとってはハネムーンであって、ハネムーンじゃないんだよ、これは。父が死ぬまで旅をして、そして二度と国には帰ってこない。家出と同じさ」


 うーむ、と首を捻る。

 私はあの勇者グランと魔女トーリについて、それほど詳しいわけではないのだ。

 知っているのはあのお二人のミンストレルソングだけで、現実には違った。

 強さだけはそのままだが、性格はイメージとまるで違った。

 勇者グランは、賢察こそ鋭いが、頭に血が昇りやすく。

 魔女トーリは、のんべんだらりとした怠惰。

 そんな印象を受けた。

 少なくとも息子である我が主君よりは詳しいわけではない。


「また次の魔王が出る頃に、ひょっこり帰ってくればそれで別にいいでしょ。それぐらいの感覚でしかきっとないはずだ」

「私はその頃は間違いなくおりませんので、なんとも言いかねますが」


 魔王戦争から三十年が経過した。

 魔王は百年ごとに現れるから、あと七十年は出てこない。

 このカーライルは間違いなく老衰しているだろうが。

 

「あのね、怒られるのは俺なのよ。エルフなんてみんなどっか年月に対してはいい加減なんだけどね、あそこまで怠惰なのは母だけさ」

「はあ」

「だからね。先王と先王妃の方が話をしやすいからそっちを出してねっていう外交話だけじゃなくてね。本質はもっと身内にあるんだよ」


 要するに、先王妃としてではない。

 問題は――


「俺がね、他のエルフに怒られるんだよ。あのアマ、また適当にぶらぶらし始めるの? やっと男捕まえて住居決めたと思ったのに? 用事あるときに連絡取れないと困るんだけどって」

「ご親戚ですか?」

「エルフなんて数が少ないから、皆どっかで血が繋がってる親戚みたいなものだよ。同じ樹の下で生まれたからね」


 面倒臭い、と。

 この身軽な元黒騎士のカーライルと違うのだ。

 おそらくは、その親戚関係を取り仕切ることになるハーフエルフの我が主君には同情するが。

 はて、どうしようか。


「その、私が連絡役を務めましょうか? 今からでも探し出して、旅先案内人として――」


 おそらく、そういった仕事を求められて、目の前で愚痴を仰られているのではないかと。

 そのように考えたが。


「あー、ダメダメ。父さんはせっかくのハネムーンを邪魔されたとばかりに怒るだろうし。母さんなんて、もっと怒るよ。滅茶苦茶に人間が嫌いだから」

「人間が嫌い?」


 そのようには見えなかったが。

 そもそも、その人間である勇者グランを夫にしているわけだし。


「矮人ぐらいじゃないかね。エルフの道先案内人が務まるのって。エルフはあの種族割と好きなんでね。父さん関係以外の人間はあんまり好きじゃないのよ、母さん」

「はあ」


 生返事。

 とにかく、成れると思いもしなかった騎士になり、私は有頂天であった。

 ならば主君のために必死に働こうと考えているのだが。


「その、つまり、なんですか。何か私に出来ることはありますでしょうか?」


 率直に尋ねた。

 わざわざ主君にこうして饗応の場に呼ばれ、直々にワインを注がれたのだ。

 当然、何か役割や任務を与えられる物とばかり考えていたが。


「えっとね、要するに身内にはまだ漏らせないけど、事情を知ってるカーライルにね。ちょっとした愚痴を聞いて貰っただけ? ああ、うん。それだけさ」

「ああ、なるほど」


 得心した。

 それぐらいならば、仕え始めの私にも務まることだ。

 ほっとして、唇を湿らせる程度にワインを口にする。


「時々こうやって呼ぶからさ。役職を得て忙しいだろうけど、たまに話し相手を頼めるかな?」

「光栄であります」


 安心して返事をする。

 ふと、我が主君が窓の外を見た。


「さて、それにしても旅の様子ぐらい知りたいところだけど。旅にはおそらく矮人のランタンが付いていったとのことだね」

「はい、少なくとも本人はそう言って付いていったと思います」

「じゃあ母は旅に付き合うことを許したかもね。夫妻のプライベートに踏み込まないことを、そのランタンとやらが弁えていたらだけど」


 我が主君は。

 その名もアインという名のハーフエルフ王は、窓の外を眺めて。

 ワイングラスを一気に飲み干して、結論を出した。


「矮人の数も少ない。老騎士とエルフの組み合わせにそのランタンとやらが加わっているならば、見つけ出すのは簡単だ。そうだな、手紙だけ出そう」

「手紙ですか」

「そう、手紙さ。そうだな、初めの綴りはこうしよう」


 私に語りかけているようで、そうではない。

 完全に結論を出した後で、もう相談も愚痴も必要ないといいたげに。


「自分の大嫌いな人間で、同時に初めて認めた存在である夫と仲良くされておられますか。我が母にして、怠惰の全てたるエルフ。ファウルハウト殿へ、と」


 アイン様は、何やら楽しそうに、手紙の内容を静かに考え始めた。

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