プロローグ「30年前の誓い」
魔王なるものは周期的に百年、二百年ごとに現れて人の世界を滅ぼさんとする。
剛力無双の巨人を率い、炎を吐くドラゴンを操り、凶悪化した魔獣を率いて。
人間種や亜人種を滅ぼそうとする。
それに対抗した人々の中に、勇者と呼ばれる者がいる。
こちらは別に神々に認められた者。
また何処か異世界から召喚された者。
或いは宗教的に神秘的な力を得た者。
そういった者ではない。
勇者とはただの称号にすぎない。
同時に、魔王を倒した者のみに与えられる立派な称号であった。
今回も魔王を倒した勇者が現れた。
これでまた百年は人の世界の平和が守られるであろう。
さて、つまり魔王を倒した勇者もまた現れた。
勇者の名は勇士グラン。
とある国の騎士であった。
二十歳の、よく騎士道を守る男であった。
博愛心、忠誠心、品格、正義、そして真実が世に陰る時、残虐さ、暴力、不実と偽りが姿を表す。
そんな世に秩序を戻すために選ばれし者こそ、騎士であると。
つまり勇士グランにとっては魔王を撃ち滅ぼすことこそが、自分の騎士道であった。
彼はそれを全うして、勇者と成り得たのである。
王、貴族、民、誰もが手放しで称賛した。
報酬として、この世で望む全てが与えられてしかるべきであった。
今までの勇者は様々な王家に讃えられ、複数の姫君を貰いて領地領民を得て国を興した。
また領地を経営するにあたっても、十分すぎるほど優秀な家臣団が与えられた。
勇者はただ崇められる立場であり、豪奢を極めて血を後世に繋ぎさえすればよかった。
それが世の通例である。
当然のことだが、彼にもその権利があった。
違いは。
彼は王になどなりたがらなかった。
王家の姫君との縁談全てを断り、主君からの必死な懇願さえも受け付けず、およそ騎士としての富や名誉などとは縁遠き、たった一人の女へと跪いた。
彼が求婚したのは、王家の姫君などではなく。
魔王との戦いに同行した一人の魔法使い。
自分とは異種族である長命種のエルフたる、魔女トーリであった。
勇者グランは騎士としての作法を以て求婚した。
まるで騎士が主君に忠誠を誓うように。
「この騎士グランめが、今まで自分が跪いて、ただ一輪の花を差し出す貴婦人を。ここまで、この齢になるまで延々と探し続けていた一人の男が誓願いたします」
グランはすでにニ十歳を迎えた騎士であったが、今まで恋を知らぬ。
婚約者もおらず、女と寝るどころか、手を繋ぐことを想像する初恋の想い人すらいなかった。
これが最初の恋だった。
求婚する際の顔は、初恋を知ったばかりの少年のように紅顔に染まっていたという。
「一生貴方を愛すると誓います。これから先は健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、貴女だけを愛し、敬い、命ある限り真心を尽くすことを誓います。ですので、どうか私の妻となって頂けないでしょうか?」
結婚の誓いである項目を言い募り、それを生涯守り抜くことを告白して求婚する勇者グランに対し。
魔女トーリは、恋する乙女のように顔を赤らめることもなく。
その逆に、恋などまるきり知らぬ幼い少女のように。
「どうせ貴方が死ぬまで五十年程度かからないでしょう。それぐらいなら付き合ってあげるよ」
まるで小一時間の日向ぼっこに行くような気軽さで。
そう求婚への返事をしたと言われている。
これは一人の騎士が、一人の勇者が。
死ぬまでに自分の愛を、惚れた女にただ伝えること。
それだけに生涯をかけて挑んだ、そんな勇者が年老いてからのお話。




